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(6)

 学校二日目も、晴れやかな青空が田舎の空に広がっていた。一歩外に出れば、澄んだ空気と仄かな土と草の香りが胸をいっぱいに満たす。

 昨日歩いた道を、静樹は昨日より少し早い時間に歩いていた。理由は二つ。学校で勉強するためと、待ち伏せを避けるためだ。

 そう思った矢先、バスの停留所のベンチに座る人影が静樹の目に飛び込んできた。身構える静樹。だが、その緊張はすぐに溶けた。

 ベンチに座っていたのは、膝の上でパソコンを開きながら少し眠たげに眼鏡を押し上げる京介だった。

「よう。京介、おはよっ!」

「……また、無茶してるみたいだな」

 京介は静樹を見るなり、溜息を零しながら首を横に振った。まぁ、それもある意味仕方ないだろう。静樹の目元には、ばっちり徹夜しましたと言わんばかりにクマが浮かんでいたのだから。

「いや~、高校一年の全範囲って、予想以上に広いな。ちょっと、舐めてた。んで、京介は何でここに? 家、全然違うだろ?」

「決ってるだろ、情報収集だ。今、君の情報は高値で売れるからね」

「だから、友達を売るなっての。……なんだよ?」

「5千円の3割引きで3500円」

「だから、金とんなってのっ!」

 ああ……怒鳴ると頭に響く。

 静樹が頭を押さえてよる。一方の京介はまるで悪びれたようすもなくパソコンを片づけて立ち上がると、「まぁ、こちらもただで情報をもらう気はないさ」と言いながら歩き始めた。

「等価交換だ。静樹の情報をもらう分、ちゃんと静樹には情報を渡してあげるよ」

「本当かっ!?」

「ああ。ただ、静樹にとっていい情報になるか、分からないけどね」

 京介はそう言うと、パソコンの代わりにスマートフォンを取り出し、静樹に情報を流し始めた。

「まず、情報だけを端的に言うなら。今、八斗高校の二年生の勉強時間が跳ね上がった。打倒、君を目指してね。それで、僕独自のカオス理論で考えた結果。静樹が学校に残れる確率は0,01%。つまり、万に一つってことさ。僕に言わせれば、校長の弱みを握って課題内容を変更させる方がよっぽど現実的……。って、何笑ってるんだ?」

 足を止め、京介が怪訝な顔をして振り返る。そこには、肩を震わせて笑いを堪える静樹の姿があった。

「いや、だってさ。京介が俺の心配してくれるんだな、って思ってよ」

「心配してるわけじゃない。金づるにいなくなられるのが困るだけだよ」

「くはははは。はいはい、そうですか。わかったよ。でもな、京介。俺は真っ向勝負でいくぞ。男として当り前だ。当然、弱みを握るなんてしねぇよ。かっこ悪い。それに、おもしれぇじゃん」

「面白い? 何が?」

「絶対に出来ないことをやって、周りの奴らを驚かすのが。だよ」

「ふぅ。相変わらず、理解に苦しむな。静樹は」

 にっしっしっしっし、とまるで子供のように笑う静樹に、京介が苦笑交じりにスマートフォンをポケットにしまう。その時、隣を歩いていた静樹が突然走り出した。

「おい、静樹。どうした」

 声を上げながら、京介が静樹の後を追いかける。辺りはすでに市街地に入っていた。ファンクラブの奴らでも現れたのかと思ったが、周りを見てもそんな人影はない。

「ハァ……ハァ……ヒァ……。な、何してるんだ。静樹っ……」

 やっとの思いで静樹に追いついた京介が、腰を折りながら膝に手をつき荒い息を吐く。京介はまったく運動が出来ない。走っても幼稚園児が乗った三輪車より遅い。

 追いついた静樹は、何を思ったのか狭い路地に頭を突っ込んでいた。四つん這いになって、大通りにお尻を突き出している。なんだ? この期に及んでMに目覚めたのか?

 京介が再びスマートフォンを取り出し新しい情報を追加していると、「くぅ~ん」というか細い声が、静樹のお尻から上がった。

「だれが、Mに目覚めたって? 心の声が漏れてんぞ」

 静樹が頭を路地から引っ張り出す。埃が付いた制服には小さな子犬が抱かれていた。

「何だい、それは?」

「見ての通り、犬だよ。首輪をしてるところを見ると迷子だろうな。ほら、リードが切れてる」

 静樹が首輪から垂れ下がったリードを持ち上げる。確かに、リードの先端がほつれたように切れていた。

「壁の角とかにガリガリやってると、新品のリードでも切れたりするからな」

「うん。それは分かって。で、君はそれをどうするつもりだい?」

「どうするって、決ってるだろ。交番に届ける」

「ふぅ、せっかく早起きして学校へ向ってるっていうのに」

「迷子の子犬がいたら交番に連れて行くのは当たり前だろ。京介は先に行ってろよ。俺もすぐに行くから」

「……まてよ、静樹。君は交番の場所が分かるのか?」

「あ……」

 間抜けな声を漏らす静樹に、京介は心底呆れながら首を横に振った。

「案内料、300円。忘れるなよ」

「だから、金とんなって」

 静樹を先導して走り出す京介。その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。


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