第六話「同じ曜日、同じ時間」
一週間というのは、こんなに長かっただろうか。
あの日から、まだ三日しか経っていない。
そう思ってスマートフォンの日付を確認したのは、一度や二度ではなかった。
別に、約束をしているわけじゃない。
誰かと会う予定があるわけでもない。
そもそも――
あのカフェに行ったところで、何かが分かる保証なんてなかった。
それなのに。
朝、目が覚めると日付を確認した。
仕事をしていても、ふと考えた。
あと四日。
あと三日。
あと二日。
気づけば、指折り数えていた。
まるで子どもの頃、遠足の日を待っていたときみたいだった。
ただ、あの頃と違うのは――
何を楽しみにしているのか、
自分でも分かっていないことだった。
あの香りに、
もう一度会いたいのか。
それとも――
あの香りを纏っていた誰かに、
会いたいのか。
もし、もう一度あの香りに出会えたら。
美月が話していた、十年前の誰かと、
何かつながるものが見つかるだろうか。
名前でもいい。
声でもいい。
ほんの些細なことでもいい。
あの香りが、誰のものだったのか。
何も分からないまま、もう一度あの香りが消えてしまうことだけは、嫌だった。
そして、一週間後。
東京は、
今日も雨だった。
この一週間、
空はずっと、灰色のままだった。
強く降るわけでもない。
かといって、
傘を閉じられるほど弱くもない。
そんな雨が、
今日も街を濡らしていた。
僕は傘を閉じ、
再びあのカフェの前に立った。
同じ曜日。
同じ時間。
扉を開ける。
カラン――
小さなベルの音が鳴った。
店内を見渡す。
先週と変わらない。
柔らかな照明。
コーヒーの香り。
雨粒のついた窓。
僕は先週と同じ、
窓際の席に座った。
注文したのも、
同じコーヒーだった。
白いカップから、
ゆっくりと湯気が立ち上る。
一口飲む。
そして、
入口を見る。
時計を見る。
また、入口を見る。
自分でも、
何をしているんだろうと思った。
カラン――
扉が開いた。
反射的に顔を上げる。
一人の女性が入ってきた。
濡れた傘を畳み、
僕の近くを通り過ぎる。
無意識に息を吸った。
……違う。
しばらくして、
また扉が開く。
違う。
また一人。
違う。
扉が開くたびに、
僕は顔より先に、
香りを探していた。
そのたびに、
少し期待して。
少しだけ、
がっかりした。
そこで初めて気づいた。
僕はもう、
香水を探しているんじゃない。
僕が探しているのは――
その香りを纏っていた、
誰かだった。
でも、
その人の顔を知らない。
名前も知らない。
声も知らない。
いや――
本当に、
知らないんだろうか。
胸の奥が、
微かにざわついた。
十年前。
僕には、誰か特別な人がいたらしい。
美月は、その人の話を僕から聞いていた。
けれど、カフェで感じた香りが、
本当にその人のものなのかは分からない。
それでも、確かめたかった。
あの香りを知っている理由を。
そして、もし本当に十年前の誰かとつながっているのなら。
どうして、その人のことを思い出せないのかを。
窓を見る。
雨粒が、
ゆっくりとガラスを伝っていた。
気づけば、
一時間近く経っていた。
コーヒーは、
すっかり冷めていた。
結局、
あの香りはしなかった。
「……帰るか」
僕は席を立った。
そのときだった。
レジに立つ店員を見て、
足が止まった。
見覚えがある。
先週、
僕の席にコーヒーを運んできた人だ。
僕は、
ふと先週のことを思い出した。
あの香りがしたのは――
この人が、
僕の席にコーヒーを運んできた直後だった。
僕はレジへ向かった。
「あの」
『はい?』
「……変なこと聞いてもいいですか?」
店員は、
少し不思議そうに僕を見る。
『はい』
僕は一度、
息を吸った。
こんなことを聞かれても、困るだろう。
それは分かっていた。
けれど、確かめずにはいられなかった。
「香水って――」
「つけてますか?」




