第七話
――それは、まだ彼女が
“姉”でいられた頃の話。
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最初に違和感を覚えたのは、夢だった。
何度も同じ夢を見る。
石の街。
高い塔。
知らない言葉で書かれた本。
そして、
扉の前に立つ自分。
「……また、これ」
目を覚ますたび、胸がざわついた。
理由は分からない。
でも、その夢はただの空想じゃないと、
直感だけが告げていた。
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決定的だったのは、両親が失踪する少し前。
父が、ぽつりと言った。
「この家系はな……
“向こう側”に縁がある」
冗談めかした口調だった。
でも、
目は、笑っていなかった。
「善太郎には、まだ早い」
母は、そう言って話を終わらせた。
彼女は、その時思った。
――じゃあ、私なら?
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調べ始めたのは、大学に入ってからだった。
古い文献。
失われた民間伝承。
ヨーロッパ各地に残る、
“現れなかったはずの国”の記録。
そして、
チェコのとある地方で見つけた一文。
鍵は、血縁を選ぶ。
先に踏み込んだ者が、後を閉じる。
意味は分からなかった。
でも、
なぜか涙が出た。
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扉は、あっさりと見つかった。
観光地から少し外れた、
使われていない礼拝堂。
床に刻まれた、古い紋章。
夢で、何度も見た形。
「……やっぱり」
震える手で、触れた瞬間。
世界が、裏返った。
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目を開けたとき、
彼女はこの国にいた。
サンセント・シルヴァ公国。
魔法が、
当たり前のように存在する国。
恐怖よりも先に、
理解が来た。
「ああ……ここだ」
帰ってきてしまった、
という感覚。
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彼女は才能があった。
それは、
幸運でもあり、
呪いでもあった。
魔法はすぐに扱えるようになり、
学園でも頭角を現した。
代償も、理解していた。
感情が、薄れていく。
記憶が、削られていく。
それでも。
「……戻れない」
戻れば、
この国の存在を、
善太郎に悟らせてしまう。
“鍵”は、
血縁に反応する。
なら、
自分がここに居続ければいい。
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ある日、告げられた。
「いずれ、次の“鍵”が現れる」
「それは、あなたと深く繋がった存在」
その瞬間、
弟の顔が浮かんだ。
胸が、張り裂けそうになった。
「……連れてきたく、ありません」
「選択権はない」
そう言われた。
だから、
彼女は選んだ。
――自分が、すべてを背負う。
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手紙を書いた。
何度も、書き直した。
真実は書けない。
でも、嘘だけにもしたくない。
航空券。
“魔法のチケット”。
それは、
帰り道を示すものじゃない。
――覚悟を試すためのもの。
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「もし来なければ」
その時は、
自分が完全に“向こう側”の人間になるつもりだった。
姉であることも、
弟の記憶も、
すべて捨てて。
でも。
彼は、来た。
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塔の最上階。
彼女は水晶を見つめながら、
静かに息を吐く。
「……ごめんね」
守るために、
遠ざけた。
傷つけないために、
拒絶した。
それでも、
運命は、容赦なく追いついてくる。
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彼女は知っている。
善太郎が“思い出した”瞬間、
この国は、
取り返しのつかない選択を迫られる。
だから。
まだ、
その時じゃない。
「……もう少しだけ」
姉は、月に向かってそう呟いた。
弟が、
魔法を嫌いにならないまま、
いられる時間を――
ほんの少しでも、延ばすために




