第五話
魔法学園での生活は、静かに始まった。
朝は鐘。
昼は座学。
夕方は基礎訓練。
どれも退屈で、どれも新鮮だった。
僕だけが、少しだけ浮いている。
それを皆が気にしているのも、分かる。
でも、直接何か言われることはない。
それが、逆に怖かった。
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三日目の朝。
「今日は合同講義を行う」
教壇に立った教師が、そう告げた。
「特別講師を招いている」
教室が、ざわつく。
特別講師。
この学園でその言葉が出るとき、意味は一つだ。
――上級魔法使い。
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扉が開く。
一歩、足音が響いた瞬間。
空気が変わった。
冷たくなったわけじゃない。
張り詰めた、というのとも違う。
ただ、
“正しく整えられた”感覚。
ローブの裾。
無駄のない歩き方。
顔が見える前に、
胸が、強く締め付けられた。
「……」
女性が、教壇に立つ。
銀色に近い淡い髪。
落ち着いた瞳。
――姉さん。
喉が、ひくりと鳴った。
声が、出ない。
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「本日は、魔力制御の基礎について講義します」
彼女の声は、冷静で、淡々としていた。
聞き覚えがある。
夢で、何度も聞いた気がする声。
なのに。
彼女は、一度も僕を見なかった。
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講義は完璧だった。
理論。
実例。
失敗例。
すべてが整理され、無駄がない。
生徒たちは食い入るように聞き、
教師でさえ、口を挟まない。
「魔法とは、感情を使うものではありません」
彼女は言う。
「制御できない感情は、魔力を歪める」
「歪んだ魔法は、必ず持ち主に返る」
その言葉を聞いた瞬間、
なぜか胸が痛んだ。
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視線が、ほんの一瞬だけこちらに向く。
目が合った。
――間違いない。
その目は、
僕を知っている人の目だった。
でも、すぐに逸らされる。
まるで、
「見てはいけないもの」を見てしまったかのように。
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講義が終わり、拍手が起こる。
彼女は一礼し、教室を出ていった。
身体が、勝手に動いた。
気づいたら、廊下に出て、
彼女の背中を追っていた。
「……待って」
声が、震えた。
彼女は、立ち止まる。
ゆっくりと振り返り、
初めて、正面から僕を見た。
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「……何か?」
冷たい声。
知らない人を見る目。
「えっと……」
言葉が、出てこない。
何を言えばいい?
姉さん?
会いたかった?
どうして?
全部、喉の奥で詰まる。
「すみません、人違いでした」
彼女はそう言って、踵を返そうとした。
思わず、叫んだ。
「姉さん!」
――しまった。
一瞬、
ほんの一瞬だけ。
彼女の表情が、崩れた。
けれど、すぐに元に戻る。
「……その呼び方をする人を、私は知りません」
静かな、拒絶。
「あなたは、学園の生徒ですね」
「なら、距離を保ちなさい」
それだけ言って、
彼女は去っていった。
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その場に、立ち尽くす。
足が、動かない。
胸の奥が、ひどく冷たい。
やっぱり、
会えたら全部分かる、なんて思うのは甘かった。
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その夜。
ミーシャさんが、寮を訪ねてきた。
「……会いましたね」
「……はい」
「彼女は、この国でも指折りの魔法使いです」
「姉、なんですよね」
「……ええ」
短い沈黙。
「彼女は、あなたを守るために“姉であること”を捨てました」
「……」
「それを、無駄にしないでください」
言葉が、重かった。
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一人になって、窓を開ける。
夜風が、冷たい。
遠く、学園の塔の上で、
小さな光が揺れている。
――見られている。
そんな気がした。
姉は、近くにいる。
でも、
一番遠い場所にいる。
それが、今の現実だった




