第三話
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窓の外では、雪が降っていた。
この国では珍しい。
だからこそ、嫌な予感がした。
「……やっぱり、来たのね」
彼女は、静かにそう呟いた。
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塔の最上階。
円形の部屋には、古い魔法陣が床一面に描かれている。
中央には、小さな水晶。
その中に、かすかな光が揺れていた。
「測定、終わったみたいね」
水晶に手をかざす。
すると、光が一瞬だけ強まった。
――閉じている。
やっぱり。
「善太郎……」
その名前を口に出すと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
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彼女は、椅子に腰掛ける。
机の上には、数通の手紙。
一番上の封筒には、日本語で宛名が書かれている。
書いたのは、半年前。
何度も、何度も、書き直した。
「本当は……」
連れてきたくなかった。
この国は、美しい。
魔法は便利で、人々は穏やか。
でもその裏で、
どれだけのものが失われてきたかを、彼女は知っている。
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「お姉ちゃん、って……」
小さく笑う。
自分がそう呼ばれる資格があるのか、分からない。
彼女は、先にこの国へ来た。
選んだのは、自分だ。
――善太郎は、選んでいない。
それが、何よりも辛かった。
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扉が、ノックされる。
「入って」
ミーシャが入ってきた。
「測定結果、予想通りでした」
「ええ」
「やはり、完全封鎖型ですね」
「……ええ」
沈黙。
しばらくして、ミーシャが言う。
「それでも、よろしいんですか?」
「……何が?」
「彼を、学園に」
姉は、目を閉じた。
「それしか、道がない」
「もし、目覚めたら」
「その時は――」
彼女は、はっきりと告げた。
「私が、止める」
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ミーシャが出ていく。
一人になると、部屋は静かだった。
水晶の光が、ふっと揺れる。
姉は、それを見つめながら、心の中で語りかけた。
(ごめんね)
(でも――)
(あなたは、ここに来る“役目”がある)
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窓の外、雪は止んでいた。
その代わり、雲の切れ間から月が覗く。
彼女は、その月を見て思った。
――まだ、思い出さないで。
――まだ、魔法を、好きにならないで。
それが、
この世界で、
たった一つの、姉の願いだった




