第十四話
事故の翌日。
学園は昨日よりさらに静かだった。
誰も表面上は気にしていない。
だが、俺の胸の奥には重い違和感が残っていた。
演習場に着くと、教官たちの視線が鋭く、昨日の異常をじっと観察している。
俺の心臓は早鐘のように打ち、手がわずかに震える。
「榊、昨日の件について、説明してもらおうか」
教官の声は穏やかだが、その威圧感はいつも通りだ。
説明……できるわけがない。
俺は魔力ゼロだ。
手を動かしても、魔法は出せない。
それでも、昨日の結界の揺らぎを起こしたのは俺だ。
「……特にありません」
言葉が、思ったよりも震えていた。
教官は黙って頷く。
その目は何も疑わないように見えるが、確実に昨日の“揺らぎ”を記録している。
俺は安心するような、でも冷たい感覚に襲われた。
結界に触れただけで事故が起きる。
それを見過ごすことができるはずがない。
そのとき、背後で微かな気配を感じた。
振り返ると、黒衣の影。
「……ミーシャ?」
姉はいつもの冷静さをまとっている。
しかし、目はわずかに光っていた。
演習場に入るや否や、俺の位置に手をかざす。
手を下げると、結界の揺らぎが不思議と収まった。
空気が落ち着き、魔法の流れが再び安定する。
「……どうやって?」
「私の魔力で、補助しただけ」
声は淡々としている。
でも、震えていることを俺は感じ取った。
姉もまた、この行動が規則違反であることを理解している。
「規則違反だろ……?」
「ええ。
過去編纂局に知られれば、大目玉です」
姉は、俺の肩に軽く触れ、視線を逸らした。
「でも、止めなければ事故が拡大する。
あなたが無自覚でいる限り、私は黙って見ていられません」
その言葉は姉としての愛であり、監査官としての裏切りでもある。
俺は胸が詰まるような感覚に襲われた。
「……ありがとう」
言うしかなかった。
言葉は弱々しい。
でも、姉は微笑まず、ただ短く頷いた。
その後の授業は、いつも通りに進む。
生徒たちは昨日のことなど覚えていないかのように、魔法を扱い、笑い、議論する。
俺はただ、自分の存在がまた小さな揺らぎを作らないように、必死で足を止め、息を整える。
昼休み。
姉は俺を呼び止め、校庭の片隅で話をした。
「今回の件は、あなただけの責任ではありません」
「……でも、俺がゼロだから、何もできずに揺らぎを起こしたんだ」
「それでも、あなたは戦っています。努力しているのだから、失敗も許されるのです」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。
だが同時に、規則違反をした事実が、姉にどれほどのリスクを背負わせたかを考えると、胸が痛む。
「姉さん……俺、もっと……」
「はい、もっと自覚して、もっと制御して。
でも、焦らなくていい。私がそばにいる限り、あなたは守られています」
姉の魔力が、今日も俺を支えてくれる。
それは温かく、力強く、そして、罪深い力だった。
夕暮れ。
学園の屋上に座り、街の灯りを見下ろす。
昨日より微かに揺れる街灯が、俺の存在を知らせている。
でも、今は揺れが小さい。
姉の介入で、被害は最小限に抑えられたのだ。
努力しても世界は反応する。
でも、守る人がいることも、確かに事実だった。
魔力ゼロの魔法使いは、
今日も、立ち続ける。
そして、姉が背後で手を差し伸べてくれていることを、ひっそりと心に刻んだ。




