第十二話
それからの日々は、静かで、苦しかった。
特別クラスの朝は早い。
まだ街の魔法灯が完全に消えきらない時間、学園の裏手にある演習場に集められる。
「今日も基礎からだ」
教官の声は容赦がなかった。
基礎。
魔法陣の構造理解、魔力の流れの理論、干渉係数の計算。
どれも魔力を“持つ者”のために組み上げられた学問だ。
俺には、使えない。
「榊、答えろ。この場合、第二層の魔力循環はどうなる」
黒板に書かれた式を睨む。
頭では分かる。
だが、その先がない。
「……循環しません」
教官は一瞬だけ黙り、チョークを置いた。
「正解だが、不十分だ」
教室の視線が集まる。
「循環しないなら、何が起きる」
俺は息を吸った。
「魔法が成立しない。
でも……周囲の魔法にも影響が出る可能性があります」
「どの程度だ」
「距離、規模、術式次第です。
でも、制御されていないと……歪みます」
教官は、何も言わずにうなずいた。
その沈黙が、評価だと分かった。
授業が終わると、演習が待っている。
魔力制御訓練。
普通は、自分の魔力を一定量放出し、結界内に留める。
俺は、放出できない。
だから代わりにやることは一つだった。
「榊、境界線から一歩も動くな」
地面に引かれた白線。
その内側にいるだけで、結界が不安定になる。
集中する。
呼吸を一定に。
歩幅を揃え、視線を落とす。
魔法を壊さないために、
何もしない努力をする。
これが、想像以上にきつい。
ほんの少し気が緩むと、空気が揺れる。
結界が波打ち、教官がすぐに制止をかける。
「今のだ」
「……すみません」
「謝るな。認識しろ」
何度も、何度もだ。
昼を過ぎる頃には、頭が痛くなる。
魔力を使っていないのに、疲労だけが溜まっていく。
食堂で、レオンが隣に座った。
「顔、死んでるぞ」
「元からだろ」
「いや、今日はガチだ」
トレーを置きながら、彼は小声で言った。
「無理すんな。
壊れる前に休め」
俺はフォークを握りしめた。
「壊す側が、壊れるわけにいかないだろ」
レオンは何も言わなかった。
ただ、パンを一つ俺の皿に置いた。
午後は自習だ。
資料室に籠もり、魔法理論をひたすら読む。
使えない魔法の理屈を、誰よりも理解するために。
皮肉だと思う。
でも、逃げるよりはマシだった。
夕方、街に出る許可が出た。
人通りの多い場所は避ける。
魔法灯の少ない裏道を選ぶ。
それでも、完全には防げない。
俺が通ると、魔法仕掛けの看板が一瞬だけ消える。
噴水の水流が乱れる。
立ち止まり、深呼吸する。
「大丈夫……戻れ」
誰に言うでもなく、呟く。
夜、寮の部屋で一人になると、
ようやく本音が顔を出す。
怖い。
努力しても、ゼロはゼロだ。
足し算はできない。
それでも、
何もしなければ、確実に壊す。
だから、歯を食いしばる。
魔法を使えない魔法使いとして、
魔法を壊さない訓練を続ける。
窓の外で、学園の結界が淡く光っている。
今日は、揺れていない。
それだけで、少しだけ救われた気がした。
魔力ゼロの魔法使いは、
才能ではなく、意思で立ち続けることを選んだ。
それが、正しいかどうかは分からない。
ただ、
逃げなかったという事実だけが、
この世界に残っていく。




