第9話「止まったアナウンス」
【朝・通学路の踏切】
朝。
線路沿いの道を、
優斗・澪・健が並んで歩いている。
線路の向こうには、
駅のホーム。
朝のラッシュ時刻は少し過ぎて、
人影はまばら。
遮断機は上がったまま。
警報機も、線路も、
何も鳴らない。
健
『昔はここ、
電車の音とか
警報機とか
マジでうるさかったらしいぞ。
“世界が静かになる前”の動画、
見た。』
スマホ画面に映る、
音はないのにやたら騒がしい
過去の電車動画。
アナウンスらしき字幕と、
揺れるカメラ。
優斗(心の声)
「機械音、アナウンス、人の話し声。
駅って、
“音のかたまり”みたいな場所だったんだよな。
今は、
線路がただの“線”にしか見えない。」
澪は、
踏切の遮断機を見上げる。
赤いランプ部分から、
薄い“沈黙の糸”がのびて
遠くの駅のほうに繋がっているイメージ。
澪(心の声)
『ここ、
“切られた音の道”になってる。
レコード店は“線音”だったけど、
駅はもっと太い。
“帯音”って呼びたくなるくらい。』
そのとき――
優斗のスマホの“LISTENERS FIELD”アプリが
小さく振動する。
《新規アラート:
POINT:STATION_CORE
カテゴリ:SYSTEM_VOICE/ANNOUNCE
強度:★★★★☆》
地図上で、
駅構内が赤に近いオレンジで
点滅する。
健(心の声)
『出た。
絶対ヤバい匂いしかしない名前。
“STATION_CORE”て。
ラスボスか?』
澪は、
その文字を見て眉をひそめる。
澪(手話)
『システムボイス……?
アナウンスの“残り”。
でも、
ここまで強いのは初めて。』
優斗は、
駅のほうをじっと見つめる。
優斗(心の声)
「“声の残り香”の歩道橋のすぐ先に、
“駅のコア”。
病院と駅は、
前からセットだった。
救急車、電車、アナウンス。
今は全部、無音。」
3人の視線の先で――
駅ビルのガラスが
朝の光を反射する。
しかしその光の奥で、
何か“止まっているもの”が
じっとこちらを見ている気配がある。
【放課後・駅前広場】
夕方。
学校帰り。
駅前広場。
噴水(無音)、
待ち合わせの人々(無言)、
スマホを操作する通勤客。
ここだけ切り取れば、
いつもの静かな日常。
だが、
LISTENERSたちは
アプリ画面を見ている。
《STATION_CORE:反応安定
位置:構内・中央コンコース付近
性質:SYSTEM_VOICE/ループ/断片化》
健
『“ループ”ってなんだよ。
アナウンスが永遠に頭の中で
ぐるぐるしてるみたいなやつか?
試験前の教師の声とか。』
澪が、
広場の端で立ち止まり、
駅の入り口付近を見つめる。
視覚イメージ。
・改札口の上の電光掲示板のあたりに、
薄い帯状の光。
・それが時々“電車の矢印”みたいな形に変わる。
・その帯の中に、
小さな“吹き出し”がいくつも埋まっている。
澪(心の声)
『ここ、
“止められたアナウンス”の帯。
本当は、
電車の本数、行き先、
『まもなく〜』っていう声が
延々と流れてた場所。
今は、
言葉の形だけ残って
中身が空っぽ。』
優斗は、
改札の上を見上げる。
脳内に、
かすかな“記憶の残像”が浮かぶ。
・小さい頃、母親に手を引かれて駅を歩く。
・スピーカーから流れる、
何かのアナウンス。
・うるさい、と感じる。
でも同時に、
次の電車を教えてくれる安心もあった。
音は、やはりない。
でも、
喉の奥の“響き”だけが甦る。
優斗(心の声)
「アナウンスって、
ただの騒音じゃなかった。
“ここにいていい”って教えてくれる声でもあった。
今、
その役目の残りだけが
ここに引っかかってる。」
4人(+葉山先生)が
改札の手前に集まる。
葉山は、
駅構内用の簡易許可証のようなものを
職員から受け取りながら
メモを書く。
葉山
『市の“音現象調査協力”という名目で
構内の観察許可、
一部だけ取れました。
ただし、
一般の利用者の邪魔はしないこと。』
健、
小さくガッツポーズ。
健(心の声)
『先生、
だんだん“フィールドワーク慣れ”してきたな……。
頼りにしてます。』
改札横の臨時通用口を通り、
LISTENERSは駅の中へ。
---
【駅構内・中央コンコース】
広いコンコース。
天井は高く、
白い光が均一に降り注ぐ。
電光掲示板は、
昔の名残で
「○○行」「△△行」を
無音で表示している。
その下を、
無言の人々が行き交う。
優斗のアプリが
強い反応を示す。
《STATION_CORE:ここ》
澪が、
掲示板の真下で足を止める。
視覚的な“見え方”。
・コンコースの空間全体に
縦長の“帯”がいくつもぶら下がっている。
・それぞれが、
途中で言葉を切られたアナウンスの
“息継ぎ前の空白”の形をしている。
・一部の帯から、
時々“吹き出しの粒”が落ちる。
それが床で弾けて消える。
澪(心の声)
『ここ、
“止まったアナウンス”の森。
たぶん、
電車が来ない今でも
“来るはずだった電車”を
ずっと呼び続けようとしてる。
でも、
声がない世界だから
永遠に準備だけして
言葉が出てこない。』
健は、
その真下で頭を掻きながらメモ。
健のメモ
『“電車の来ない駅”と
“声が出ないアナウンス”。
めっちゃSFだな。
でも、
利用してる人たちは
それなりに困らないように
慣れちゃってるのが
また怖い。』
葉山は、
コンコースを見回しながら
静かに分析を書く。
葉山
『ここは、
LISTENER計画とは別に
“人間の生活が作った音場”が
自然に蓄積した場所。
世界が静かになったことで、
その“残り香”だけが
浮かび上がった。
塔から見える“世界の音”と違って、
ここはローカルな記憶。
……大事にしないと。』
優斗は、
ゆっくりと目を閉じる。
耳の奥に、
いくつかの“言いかけの音の影”が
重なって響く。
『まもなく――』
『○番線に――』
『ご乗車ありがとう――』
最後まで聞こえない。
いつも途中で途切れる。
でも、その「途切れる場所」が
どれも同じだと気づく。
優斗(心の声)
「どのアナウンスも、
“ありがとう”とか
“お願いします”とか、
“呼びかけの一番大事な部分”の
前で止まってる。
……まるで、
世界が“遠慮”したみたいに。」
【コンコース・アナウンスの「核」】
コンコースの一角。
天井近くに設置された
古いスピーカー。
その下で、
アプリの反応がひときわ強くなる。
《STATION_CORE:SUB_NODE
フラグ:MANUAL_ANNOUNCE》
ミオが、
スピーカーを見上げる。
視覚イメージ。
・スピーカーの内部に、
ひとつだけ他と違う“吹き出しの光”。
・それは帯ではなく、
丸い。
“人間の口”に近い形。
・吹き出しの中に、
何か細かい文字の粒。
澪(心の声)
『ここだけ、
自動じゃない。
誰かが“自分の声”で
話していた場所。
たぶん、
駅員さんのアナウンス。』
健の頭の中にも、
ふっとイメージが浮かぶ。
・マイクの前に立つ駅員。
・紙の時刻表を片手に、
何かを一生懸命読み上げている。
・声はない。
けれど、
喉の動き、
呼吸、
汗。
健(心の声)
『“仕事の声”。
この人、
自分の声が世界中から消えたとき
何を思ったんだろ。
“仕事を奪われた”って思ったのか、
“楽になった”と思ったのか。』
葉山は、
昔見たような資料を思い出しながらメモに書く。
葉山
『世界が静かになった日、
駅でパニックが起こった記録がある。
アナウンスも警報も使えない中で、
駅員たちが
手振りだけで誘導したと。
……このスピーカーには、
その“最後の呼びかけ”が
残っているのかもしれない。』
優斗が、
スピーカーの真下に立ち、
そっと目を閉じる。
脳内に、
ひとつだけ
他のアナウンスと違う“影”が浮かぶ。
『お――
あ――
り――』
音にはならない。
でも、
「ありがとう」と言おうとした形だけが
強烈に残っている。
その途中で、
世界の音が途切れた。
優斗(心の声)
「“ありがとう”。
最後の言葉を言い切れなかった
駅員さんの声。
世界の音が止まった瞬間、
このスピーカーの中で
時間も止まったんだ。」
澪のスケッチには、
スピーカーから
一文字だけ浮かび上がる。
『あ』
前回の「り」と違って、
今度は最初の文字。
健が、
震えながらメモ。
健のメモ
『“あ”で止まった“ありがとう”。
歩道橋の“り”と
どっかで繋がってる気がして
やな予感しかしない。
でも、
繋がっててほしいとも思う。』
澪は、
吹き出しの光をじっと見つめる。
澪(心の声)
『この声が
誰に届くはずだったのか、
わたしには分からない。
でも――
“届かなかったこと”が
ここに残っている。』
優斗は、
アプリに新しいログを打ち込む。
『FIELD_0002:STATION_CORE/SUB_NODE
・手動アナウンスの残り
・“ありがとう”の頭、“あ”だけ
・病院側の“り”と、
時間帯・位置的に関連がある可能性
・→後日、病院側のログと照合すること。』
アプリの画面に、
歩道橋のPOINTと
駅のCOREが線で結ばれるイメージ。
《TEMP_LINK:VOICE_FRAGMENT_“あ”↔“り”》
葉山が、その線を見て
静かに頷く。
葉山(心の声字幕)
『世界は静かになった。
でも、
“ありがとう”の途中で切れた声は
まだどこかに残っている。
それを拾って繋ぎ直すことが
LISTENERS FIELDの役目だとしたら――
この子たちは、
とんでもない仕事を引き受けたことになる。』
【夜・ホーム/止まったアナウンスの終点】
時間が少し経ち、
夜のホーム。
電車は、
昼間よりさらに少ない本数。
ホームに立つ人も少ない。
ホームの端で、
LISTENERS4人が並んで線路を眺めている。
電光掲示板には、
「次の電車」の表示。
そこに、
小さく
「遅延」「調整」などの文字が並ぶ。
音は、やはりない。
澪が、
線路の上を流れていく
“静寂の帯”を見つめる。
視覚イメージ。
・線路の上に、
かつて走っていた電車の
“音の残像”が薄く残っている。
・ガタンゴトンのリズムの線。
・でも、それもだんだん薄くなり、
今はほとんど見えない。
澪(心の声)
『世界の“音の線”は、
だんだん薄くなってる。
いつか全部消えるかもしれない。
だから、
今のうちに
できるだけ沢山、
覚えておきたい。』
健が、
ポケットから取り出した
イヤホンを眺める。
自分のプレイリストをスクロールしながら、
小さく笑う。
健(心の声)
『“通学電車専用プレイリスト”。
電車で聴く用に
作ったやつ。
もう、
意味ねーな。
でも――
いつかまた電車の中で
音楽聴ける日が来るなら、
このプレイリスト残しといてやっても
いいか。』
優斗は、
ホームのスピーカーを見上げる。
駅員がマイクを持って
何かを話している姿が
一瞬だけ重なって見える(幻影)。
その口元が、
ゆっくりと動く。
『あ――
り――』
音はない。
だが、
“ありがとう”と言おうとする形だけが
確かに見える。
歩道橋の“り”と、
駅の“あ”。
それぞれが、
別々の場所で
途中で止まっている。
優斗(心の声)
「いつか、
“あ”と“り”の間を
埋められる日が来るのかもしれない。
オルゴールの“サビ前”も、
この“ありがとう”の続きも。
LISTENERS FIELDは、
ただ音を戻すだけじゃなくて――
“言いかけの言葉”を
最後まで届かせるための
旅なのかもしれない。」
葉山は、
ホームの天井を見上げる。
葉山(心の声)
『世界の静寂の上に、
少しずつ“未完の言葉”が
見えてきた。
もしその全てを繋ぎ直せたら――
音が戻らなくても、
世界は今より
少しだけ優しくなるかもしれない。』
そのとき、
遠くから電車がホームに滑り込んでくる。
車体が光を反射しながら、
静かにブレーキ。
金属が軋むはずの場所。
モーターが唸るはずの場所。
すべてが、無音。
でも、
LISTENERSには
一瞬だけ
“ガタン”という音の影が見える。
アプリの画面に、
小さなログ。
《POINT:TRAIN_STEP
カテゴリ:MECHANICAL/残響》
澪が、
線路の上に
小さな丸を描き込む。
『列車の音の残り香
→また来る。』
4人は、
同じ車両には乗らない。
ホームで顔を合わせて、
それぞれ手を振るジェスチャー。
澪は、
手話で。
澪(手話)
『“あ”と“り”。
また、探しに行こう。』
健はメモで。
健のメモ
『次のターゲット、どこかな。
海とか、空港とか、
学校のチャイムとか。
世界中、
“止まった音”だらけだし。』
優斗は、
心の中で静かに答える。
優斗(心の声)
「どこからでもいい。
一つずつ。
世界の音を“戻すんじゃなくて、
聴き直す”。
それが、
LISTENERSの仕事だ。」
電車のドアが、
無音で閉まる。
画面は、
駅のホームを俯瞰で映す。
無音の駅。
そこに、
小さな“あ”と“り”の文字が
ふわりと重なってから
ゆっくりと消える。




