第8話「声の残り香」
【夕方・学校帰りの坂道】
放課後。
学校から伸びる坂道を、
優斗・澪・健・葉山の4人が歩いている。
いつもの帰り道だが、
今は4人とも
スマホの“LISTENERS FIELD”アプリを開きっぱなし。
地図上には、
昨日登録したレコード店の“線音”が
黄色のマーカーとして点滅している。
しかし今日は――
地図の端に、
新しいマーカーが現れている。
『POINT:VOICE_FRAGMENT(仮)』
位置は、
市立病院の近くの歩道橋。
健
『今日のターゲットはこれだな。
“声の断片”ってなんだよ。
幽霊?』
澪は、
眉をひそめて首を横に振る。
澪(手話)
『“声”は、
音が消えてからいちばん最初に
消えた音。
“笑い声が聞こえた気がした”
“呼ばれた気がした”みたいな
“点音”は多いけど、
ここまで強く反応するのは珍しい。』
優斗は、
スマホの詳細を開く。
『POINT情報
カテゴリ:VOICE
強度:★★★☆☆
頻度:低
ログ:複数の“名前を呼ぶ感じ”の反応』
優斗(心の声)
「“名前を呼ぶ感じ”。
……タケルが廊下で感じたのと同じ系統?
でも、強度が違う。
本物の“声の影”かもしれない。」
葉山は、
歩きながら小さくメモを書く。
葉山
『病院付近の“声の点音”は、
世界的にも報告が多い。
理由はまだ不明。
……気をつけて。』
4人は、
薄い夕日の差す歩道橋へ向かって歩く。
坂の下から、
病院のガラス窓に反射する光が見える。
その無音のきらめきの中に、
ほんのわずかに“何か”が混じっているような――
そんな雰囲気が漂い始めていた。
【市立病院そば・歩道橋】
歩道橋は、
夕焼けに染まりながらも
どこか薄暗い空気をまとっている。
足音は、いつものように無音。
しかし、
空気が少しだけ“重い”。
歩道橋の階段を上りきると――
アプリが反応する。
《POINT:VOICE_FRAGMENT
距離10m》
澪は、
歩道橋の真ん中で立ち止まり、
ゆっくりと目を閉じる。
視覚イメージ。
・橋の手すり沿いに
小さな“光の揺れ”。
・それは音符ではなく、
“吹き出し”の形に近い。
中は空白。
でも揺れている。
・誰かが話そうとして
言葉が出ない瞬間の
“声の空っぽな殻”。
澪(心の声)
『これは……
“声の抜け殻”。
中身の音が全部なくなって、
輪郭だけ残ってる。
でも、
誰かの“気持ち”だけは残ってる。』
健は、
手すりにそっと手を触れる。
すると――
頭の奥に“ゾワッ”とした感覚が走る。
健(心の声)
『うわ……
なんだこれ。
怖い……のに、
優しい感じも混じってる。
なんか、
俺じゃない誰かの名前を
呼ぼうとして……
止まってる。』
優斗は、
同じ場所で自分の耳の後ろを押さえる。
すると――
ふっと、
脳内で“喉が震える前の声の気配”が
浮かび上がる。
(実際には音はない。
だが、
声が出る直前の呼吸の気配。)
優斗(心の声)
「誰かが、
ここで
“名前を呼ぼうとして”
呼べなかった。
声が消える日、
その瞬間だったのかもしれない。」
葉山は、
歩道橋から見える病院の玄関を見つめる。
救急搬送車のランプは光るが、
サイレン音はない。
葉山(心の声字幕)
『病院は、
“声”が最も多く交差する場所だった。
呼びかけ、
励まし、
別れの言葉。
そのすべてが消えた日に、
ここに“残り香”ができても
不思議ではない……。』
4人は、
歩道橋の中央に集まり、
アプリに“詳細記録”を入力しはじめる。
優斗は書く。
『・声の抜け殻
・名前を呼ぼうとする“意図”あり
・音はゼロ
・時間帯:夕方に強い
・病院方向へ細い線が伸びるような感覚』
澪は描く。
・吹き出しの形の光
・中空
・病院側へ流れていく“糸”のようなもの
健はメモ。
『幽霊よりは“気配ログ”に近い。
これ、絶対なんかある。』
葉山は、
眉を寄せながら
一番簡潔で残酷な分析を書く。
『これは、
“言い残し”。
音が消えた瞬間に
途切れた声だと思う。』
その文字を見て、
3人の表情が揃って曇る。
歩道橋に、
無音の風が吹き抜ける。
それが“悲しみの残り香”を
運んでいるような気がする。
【歩道橋下・自販機前】
4人は歩道橋を降り、
自販機の前で休憩する。
自販機は光っているが、
もちろん音はしない。
健は、
缶コーヒーのプルタブを開けるジェスチャーをし、
「あ、音しないんだった」と
苦笑する。
澪は、
歩道橋の方向を気にしながら
スケッチブックを閉じる。
葉山が、
静かに言葉を書く。
葉山
『この“声の抜け殻”は、
放っておいても消える。
自然消滅する前に、
どんな声だったのか
少しでも掴んでおきたい。』
優斗が眉を寄せて答える。
『でも、
どうやって?
声が聞こえないのに。』
葉山は、
澪を見てから
優斗を指差す。
『澪の“静寂の地図”と、
優斗の“内的音場”。
2つを重ねれば、
声の“断片”くらいは
何かわかるかもしれない。』
澪は、
驚いたように目を開く。
澪(手話)
『重ねる……?
わたしの地図は“線”だけど、
ユウトのは“音の影”。
合わさるの?』
優斗は、
胸のあたりを触りながら答える。
優斗(心の声)
「俺の中にあるのは、
世界の“残響”の断片。
志藤が言ってた。
“音の層”が消えたあとも、
俺の中にはいくつか残っているって。
それが、
誰かの声の欠片を拾えるなら――
試す価値はある。」
4人は、
再び歩道橋へ戻ることを決める。
夕日は沈み、
街に夜が降り始める。
そのとき――
アプリのマーカーが
いつもより強く光る。
《POINT:VOICE_FRAGMENT
強度アップ》
澪のスケッチブックに、
吹き出しの光が
はっきりとした形になって現れるイメージ。
澪(心の声)
『今なら……
“声の影”が掴める。』
【夜・歩道橋・声の残り香の正体】
歩道橋に、
夜の街灯が無音で灯る。
4人は、
中央に立ち、
ミオとユウトが向かい合う。
ミオはスケッチブックを、
ユウトはノートを開く。
葉山が静かに言う。
(字幕)
葉山
『ミオは“声の形”。
ユウトは“声の残響の気配”。
2つを同時に感じて。
きっと交差点ができる。
それが――
その声の“意味”を示す。』
澪、目を閉じる。
優斗、深く息を吸う。
健は心臓を押さえながら見守る。
視覚イメージ。
・澪の前に浮かぶ「吹き出しの光」
・優斗の周囲に揺らめく「音の残響の影」
・2つが近づくと、
わずかに色がつき始める
青と、
ほんの少しの温かいオレンジ。
そして――
吹き出しの中に、
うっすらと“1文字の形”が浮かぶ。
『り』
それだけ。
でも、確かに文字の気配。
澪が息を呑む。
澪(心の声)
『……“り”。
日本語の、
“り”の形。』
優斗は、
記憶の奥の波を辿るように目を見開く。
優斗(心の声)
「“り”。
呼びかけの最初か、
途中か、
終わりかもしれない。
“り”で始まる名前?
“り”が入る愛称?
“り”の音が、
最後に残った声……?」
健が、
震える手でメモを書く。
健のメモ
『誰かを呼ぼうとして
“り”のところで止まった。
ここには、
“り”で始まる誰かがいた?』
澪は、
吹き出しの光が
ふっと弱くなるのを見つめる。
澪(手話)
『この“声の残り香”は、
本当は今日か明日で
消えるはずだった。
“り”の文字だけを残して。』
優斗は、
ノートにそっと書く。
『リ、の文字。
→名前“り○○”か“○○り”。
→呼びかけ。
→病院に向けた気持ち。
→お別れの直前の可能性。』
4人は、
歩道橋の端から見える病院を
黙って見つめる。
誰かが、
誰かを呼ぼうとして、
声が消えてしまった場所。
その記憶のかけらだけが
“り”の形で残った。
夜風。
吹き出しの光が
ゆっくりと溶けて消える。
アプリのマーカーも、
強度が下がっていく。
《POINT:VOICE_FRAGMENT
STATUS:FADE OUT》
葉山が、
静かにスケッチブックを閉じたミオの肩に手を置く。
葉山(心の声)
『これは、
救えた声じゃない。
でも――
“誰かの気持ちが確かにあった”
ということを
世界は忘れないでいられる。
LISTENERSの記録がある限り。』
優斗は、
夜の歩道橋に深く息を吐く。
優斗(心の声)
「音を取り戻す旅って、
こういうことなんだ。
失われた声を全部救うことはできない。
でも――
覚えておける。
世界の“静寂の裏側”に
こんなにもたくさんの気持ちが
置き去りになっていたなんて
知らなかった。」
健が、
メモを掲げる。
健のメモ
『“り”の声の人。
LISTENERS FIELDで記録。
消えた声、
無駄にしない。』
澪は、
吹き出しの光が消えた場所に手を伸ばし、
小さく手話で呟く。
澪(手話)
『また、会えるといいね。
あなたの“サビ”に。』
歩道橋の夜景が、
静かに写り込む。




