第7話「失われたメロディ」
【朝・教室/LISTENERSフィールド開始】
いつもの教室。
黒板には「短縮授業」「在宅学習推奨」の紙がまだ貼られている。
しかし、空気は少しだけ変わっている。
生徒たちの机の上に、小さなメモ帳やホワイトボードが増え、
「変な夢」「音がした気がした話」が
落書きのように書き連ねられている。
教室後方――
健が作った「変な現象報告ボード」は、
昨日より書き込みが増えている。
『冷蔵庫が一瞬だけ“ウィーン”ってした気がする』
『教室の窓が、ゴンって鳴った(気のせい?)』
『弟が寝言で笑ってる“声”を聞いた気がする』
健が、
それらをスマホで撮りながらニヤニヤ。
健(心の声)
『よし……
LISTENERS FIELD、
地道な情報収集からスタートだな。
雑なネーミングだけど、
なんかワクワクしてきた。』
前の席。
優斗は、
新しく作ったノートの表紙に
ペンでタイトルを書き込んでいる。
『LISTENERS FIELD NOTE 01』
一ページ目には、
塔で決めたルールが書かれている。
・“点音”を感じたら、できるだけすぐ記録
・場所、時間、感じ方を詳しく
・3人以上で確認できたら「濃い点」マーク
その下に、
昨夜さっそく記録したメモ。
『自室/夜
イヤホンを見ていたら、
一瞬だけ“ジャッ”というノイズの影。
塔から戻った直後。』
優斗、ペンをくるくる回しながら
窓の外の空を見上げる。
優斗(心の声)
「MODE E。
世界中の“点音”を
俺たちが集めて、
自分たちの地図にする。
それってつまり――
世界中を歩き回るってことだ。
……まずは、この街からだけど。」
隣では、
ミオがスケッチブックを開いている。
“静寂の地図”の新しいページ。
『塔の内部/観測室
→静かな“壁の輪”が何重にも重なっている
→真ん中に、弱い音の残り香』
その右側に、
小さく塔のイラスト。
上から広がるリングの線。
そしてその下に――
空白のスペースを残している。
澪(字幕モノローグ)
『ここから、
街の“音の地図”を描いていく。
小さな点を、
ひとつずつ。
地味な作業だけど、
それがきっと――
世界の“選び直し”になる。』
教室の前。
担任が出席簿を持ちながら、
筆談で連絡事項を書き出す。
『本日の放課後、
希望者は“市の音現象アンケート”に協力してください。
体験談があれば、保健室横の特設ブースへ。』
その紙に、
クラスメイトたちの視線が集まる。
健、
すかさず小さくガッツポーズ。
健(心の声)
『市のアンケート=
音がした話を堂々と聞けるチャンス。
LISTENERSフィールドワークには
最高の口実じゃん。』
澪と優斗が目を合わせ、
自然と頷き合う。
3人の視線の先で、
廊下の窓越しに
遠くの丘の上の“旧観測塔”が
うっすらと見えている。
その塔は今、
彼らにとって
“世界の入口”になりつつあった。
【放課後・保健室横の特設ブース】
保健室の前の廊下。
パーテーションで区切られた小さなスペースに、
市の職員と学校の先生が数人。
机の上には、
「音が聞こえた気がした人へ」という紙。
・いつ?
・どこで?
・どんな“感じ”だった?
・繰り返し起きている?
…といった質問と、イラスト入りの説明。
生徒たちが順番に座って、
職員と筆談でやりとりしている。
LISTENERSの3人+葉山は、
少し離れた廊下の端からその様子を眺めている。
健のメモ
『あれ、
ぜったい“点音ログ”だよな。
市レベルでも
集め始めてるってことか。』
葉山のメモ
『国も動いている。
でも、
彼らはあくまで“現象”としてしか
見ていないはず。
LISTENERや
塔のことは知らない。
……知らないままのほうが、いい。』
優斗は、
アンケート用紙の内容を
遠目に眺めながら
小声で息を吐くジェスチャー。
優斗(心の声)
「“点音”の話は、
もう俺たちだけのものじゃない。
街全体、
たぶん世界中で起きてる。
MODE Eを選んだ時点で、
この世界そのものが
“フィールド”になった。
責任、重いな……。」
澪は、
スケッチブックを抱えたまま
近くの壁にもたれる。
目を閉じてみると――
廊下の空気の中に、
小さな点がいくつも浮かんでいるのが
見える(イメージ)。
・誰かの「聞こえた気がした」
・夜中の目覚ましの幻聴
・扉の軋みの影
それらが、
うっすらと光る粒になって
揺れている。
澪(心の声)
『“点音”はきっと、
世界中に散らばってる。
その全部を
わたしたちが拾えるわけじゃない。
じゃあ、
どこから手をつける?』
そのとき――
市職員の一人が、
アンケート用紙を整理して
ため息をつく(無音)。
机の上に置かれた紙が、
アップで映される。
『商店街の古いレコード店で、
シャッター越しに音楽がした“気がする”。
店はもう閉店しているのに。』
その一文に、
優斗の視線が止まる。
優斗(心の声)
「レコード店……
音楽の“点音”。」
彼は、
気づかれないように
そっと澪の腕をつつく。
澪も紙を見て、
ぱちっと目を開く。
澪(手話)
『“音楽”。
もしそれが、
ただの幻覚じゃなかったら――
“点音”の中でも
かなり重要なものかもしれない。』
健は、
すかさずメモ。
健のメモ
『初任務、決定。
リスナーフィールド第1号は、
“商店街の幽霊レコード店”。』
3人の視線が重なり、
決意のようなものが共有される。
葉山は、
職員たちの様子を一瞥してから
静かにメモを書く。
葉山のメモ
『市のアンケートから
リスナーフィールド用の情報を
“横流し”してもらうのは
難しいけど――
このくらいの情報なら、
先生の足で拾える。
今日の放課後、
商店街に寄ってみましょう。』
健が、
小さくガッツポーズ。
優斗と澪も頷く。
廊下の窓の外。
夕方の光が
商店街のアーケードを
オレンジ色に染め始めていく
【夕方・商店街の古いレコード店の前】
古びたアーケード街。
シャッターを降ろした店が多い。
営業中の店も、
音楽や呼び込みの声はなく、
ただ人の出入りだけがある。
アーケードの端に、
ひとつの店。
看板には
かすれた文字で「ミヤシタレコード」。
ガラス戸の内側に
シャッターが降りている。
窓には、
色あせたポスター。
誰も知らないバンドのジャケット。
古いアニメ映画のサントラ情報。
“音楽”の残骸だけが、
そこに貼り付いている。
店の前で、
LISTENERSの4人が立ち止まる。
優斗は、
シャッター越しに
店内を覗こうとする。
優斗(心の声)
「俺が昔、
通ってた店じゃない。
でも――
見覚えのあるジャケットがいくつかある。
音が聞こえていた頃の世界に、
確かに存在していた場所。」
澪は、
店の前の空気を感じようと
目を閉じる。
視覚イメージ。
シャッターの隙間から、
薄い光の粒が
“音符”のような形で
ふわふわと漏れ出している。
粒はすぐに消えるが、
またすぐ新しい粒が現れる。
それはまるで、
止められた蛇口から
まだ少しずつ水がにじみ出ているよう。
澪(心の声)
『ここ、
“点音”じゃない。
“線音”。
ぷつぷつ切れながらも、
続こうとしている音。』
健は、
シャッターの前にしゃがみ込んで
耳を当てるジェスチャー。
もちろん、
何も聞こえない。
その代わり――
耳を押しつけていると、
頭の中に
“何かが鳴り出しそうな感じ”だけが
伝わってくる。
健(心の声)
『今にも、
流れ出しそうで流れない。
“イントロの手前”みたいな
変な緊張感。
これが、
“音のない世界”の音楽かよ。』
葉山は、
店の前に貼られた張り紙を読む。
『閉店のお知らせ
長らくのご愛顧ありがとうございました』
日付は、
音が消える少し前の日付。
葉山(心の声)
『この店は、
音が消える“前”に
閉まっている。
なのに今、
中で音がする“気がする”。
ということは――
“記憶の音”が、
ここに残っている?』
4人は、
互いの顔を見合わせる。
その時――
アーケードの奥から、
一人の老人がゆっくり歩いてくる。
買い物袋を提げた、
腰の曲がったおじいさん。
レコード店の前で立ち止まり、
懐かしそうに看板を見上げる。
健が、
すかさずメモ帳を構える。
健のメモ
『すみません。
ここで“音楽がした気がした”って
聞いたんですけど、
本当ですか?』
老人は、
驚いたように目を丸くし、
ゆっくり頷く。
自分のポケットから
折り畳まれたメモを取り出して
見せる。
『数日前の夕方。
ここを通ったとき、
シャッターの中から
レコードの針の“ザザッ”という音と
古い歌のサビの“手前”の
伴奏みたいなものが聞こえた気がした。
気のせいかと思ったが、
何度も同じ時間に通ると
同じような“気配”を感じる。
音楽好きの老いぼれの幻聴かもしれないが――。』
その文字に、
優斗の胸がきゅっと締まる。
優斗(心の声)
「“サビの手前の伴奏”。
俺も、
あの“溜め”の感じが好きだった。
これが本当に幻聴じゃないなら――
ここに、
“音の欠片”が残ってる。」
澪は、
スケッチブックに
レコード店の外観と、
シャッターの隙間から漏れる
音符のような光を描く。
老人は、
少し照れくさそうに笑って
メモに一行書き足す。
『もし本当に音楽が残ってるなら、
もう一度聴けたら嬉しいね。
耳が悪くなる前に。』
澪は、
その文字を見て
胸のあたりを押さえる。
澪(心の声)
『“耳が悪くなる前に”。
わたしには、
その感覚は分からない。
でも――
“聴きたかった音”があることは
わかる。』
老人は、
4人に軽く頭を下げて
去っていく。
アーケードに、
また静けさが戻る。
しかし今や、
その静けさの下に
“何かが鳴ろうとしている気配”が
確かに存在している
【レコード店前・LISTENERS FIELD初起動】
シャッターの前。
優斗は、
スマホを取り出して
塔と繋がっている“LISTENERS FIELD”用アプリを開く
(簡易UIのイメージ)。
画面には、
塔の位置と街の簡単な地図。
現在地が点滅している。
その周辺に、
微弱な点音反応のマーク。
『POINT:CAT』『POINT:DOOR』『POINT:VOICE』
そして――
レコード店の場所に、
別の色のマーカー。
『LINE:MUSIC?(仮)』
優斗(心の声)
「塔の装置が、
この店の“点音”を
いつもと違う種類として
認識してる。
やっぱり、
ここは特別だ。」
澪は、
スケッチブックを開き、
「音の線」を描き出す。
視覚イメージ。
レコード店の中に、
古いターンテーブル。
その上で、
誰もいないのにレコード盤だけが
ゆっくり回っているような映像。
針は、
まだ置かれていない。
だから、
音は出ない。
でも――
今にも針が落ちそうな
ギリギリのところで
止まっている。
澪(心の声)
『“針が落ちる前”。
その瞬間が、
この店に凍ってる。
塔の実験の結果じゃなくて、
ここを愛してた人たちの
“気持ち”が
音の形で残ってるみたい。』
健が、
シャッターの前で
両手を広げるジェスチャー。
健のメモ
『で、
俺たちはここで何をする?
シャッターぶっ壊して入るわけには
いかないよな。』
葉山は、
静かに首を振り、
塔で志藤が言っていた言葉を思い出すように
メモを書く。
葉山のメモ
『LISTENERS FIELDは、
“世界を直接いじる”ための力じゃない。
“どうなっているかを聴き取る”ための耳。
ここではまず、
“この音の線がどこから来てどこへ行こうとしているか”
を聴く。
無理に鳴らそうとしない。』
優斗は、
シャッターにそっと手を当てる。
目を閉じる。
視覚イメージ。
暗い店内。
壁一面のレコード棚。
埃をかぶったスピーカー。
カウンター。
そして、
カウンターの上に
小さなオルゴール。
蓋の内側には、
色あせた写真。
若い頃の店主と、
誰かの笑顔。
オルゴールのゼンマイは、
最後の一巻きだけ残っている。
いつ回されるかを
ずっと待っている。
優斗(心の声)
「“音楽がした気がした”のは、
レコードじゃなくて――
オルゴールかもしれない。
しかも、
サビのちょっと前で止まる曲。
いつも、
そこで途切れるから、
みんな“聞こえた気がした”ところで
目を覚ます。」
彼は、
スマホのアプリに
新しいメモを打ち込む。
『FIELD_0001:ミヤシタレコード前
・線音(MUSIC?)
・中にオルゴールらしき“残り音場”
・強く刺激すると壊れそう
→しばらく観察、
同じ時間に再訪して経過を見ること。』
澪は、
その内容を聞いて
スケッチページの下に
こう書き込む。
『“失われたメロディ”
――まだサビに届かない歌。』
音符の形をした点が、
シャッターの前でかすかに光る。
健は、
大きく伸びをして
メモを掲げる。
健のメモ
『LISTENERS FIELD:
第1ターゲット登録完了。
ミッション名
「サビ前で止まった歌」。』
優斗は、
少しだけ笑う。
優斗(心の声)
「世界の全部を
一度に何とかしようとするのは
無理だ。
でも――
一曲、一枚のレコード、一つのオルゴール。
そういう“小さい音”からなら、
拾い上げられるかもしれない。
それを重ねていけば、
いつか“世界の音”になる。
……そう信じるしか、ない。」
夕焼けが、
アーケードの隙間から差し込み、
レコード店の看板を赤く染める。
塔の上の観測室。
モニターに、
新しいログが表示される。
『FIELD_0001:SHOP_DISTRICT_MUSIC_LINE
STATUS:OBSERVE
TAG:MELODY_FRAGMENT/MEMORY/REQUEST?』
志藤が、
それを見て微笑む。
志藤(字幕)
『“失われたメロディ”か。
LISTENERSらしい
最初の足跡だ。
さて――
世界中のどこに、
次の“音の線”は現れるかな。』
画面は再び街へ。
夜になり、
電気だけが灯る商店街。
人影はまばら。
レコード店のシャッターの向こう――
ほんの一瞬だけ、
錆びたゼンマイが回る“影”が見える。
音は、
まだ聞こえない。
だが、
確かに“何かが鳴りたがっている”気配だけが
そこにある。




