第6話「塔の上のリスナー」
【旧観測塔・内部階段】
暗い階段室。
コンクリートむき出しの壁。
螺旋状の階段が、上へ上へと続いている。
非常灯だけがところどころ点いていて、
淡い緑がかった光が
段差の縁をかろうじて照らしている。
足音は、ない。
しかし、4人分の影が
階段の曲線に沿ってゆらゆらと重なり合う。
先頭:優斗
そのすぐ後ろに澪
少し離れて健
最後尾に葉山
優斗は、
手すりに軽く触れながら
一段一段、
慎重に足を運んでいる。
優斗(心の声)
「音がないのに、
自分の鼓動だけが
階段の壁に跳ね返ってくるような気がする。
――実際には聞こえてないのに。」
澪は、
階段の吹き抜け部分を見下ろす。
暗闇の底が見えない。
視覚的には、
下のほうから 薄い“静寂の霧”が
ゆっくりと上がってきている
澪(心の声)
『塔の中は、
外よりもさらに静か。
“音が消されている”というより、
“音がここに集まってきてる”感じ。
ここは、
沈黙の“井戸”みたい。』
健は、
時々上を見上げ、
時々下を振り返りながら、
自分の腕の鳥肌をさすっている。
健(心の声)
『ホラー映画なら、
絶対このへんで
変な影とか出てくるんだけど――
出てこないのが逆に怖い。
静かすぎるほうが、
ずっと怖い。』
葉山は、
手すりと壁の継ぎ目を目で追いながら、
どこか“懐かしいもの”を見る目をしている。
葉山(心の声字幕)
『ここは、
かつてわたしたちが
“世界の音”を測っていた場所。
地上の雑踏、
海の波、
風の流れ、
遠くの雷まで――
全部この塔の耳を通して、
観測室に集めていた。
今は、
その逆をやっている?
世界中の沈黙を、
ここに集めている?』
階段の踊り場。
壁に、
古びた案内板がかかっている。
『4F 制御室
5F 観測室』
矢印が上を指している。
4人は、
一度そこで立ち止まる。
澪が、
観測室の文字を指差す。
澪(手話)
『“上で待っている”って、
この一番上?』
優斗、頷く。
額に少し汗が滲んでいる。
健は、
わざと明るくメモを書く。
健のメモ
『行きたくない人、
今ならまだ“帰るって言ったことにする”チャンスだぞ。』
誰も手を挙げない。
代わりに、
葉山が小さく息を吐き、
マーカーで短く書く。
葉山のメモ
『怖くない人なんていない。
でも、
怖くても行くのが、
LISTENERS。』
健、
「カッコよすぎ」と口パクして
苦笑いする。
4人は、
再び上を目指して歩き出す。
---
【観測室前・最上階】
階段を登り切ると、
小さな踊り場。
正面に、
丸みのあるドア。
“OBSERVATION ROOM(観測室)”と書かれているプレート。
脇に、古いカードリーダー。
すでにドアは、
少しだけ開いている。
中から漏れる白い光。
ドアの隙間からは、
何の音もしない。
優斗は、
しばらくその隙間を見つめる。
過去の断片的な記憶が、
また脳裏をよぎる。
・同じドアの前。
・子どもの背丈から見たカードリーダー。
・カードをかざす大人の手。
・ランプが緑に光る。
・「さあ、LISTENERくん」と口パクする声。
音はやはり、ない。
現実に戻る。
優斗は、
左手でノブを、
右手で自分の胸元を
ぎゅっと掴んでから、
澪たちのほうを見る。
澪は、
その手にそっと自分の手を重ねる。
健も、
拳で小さくコツンと肩を叩く。
葉山は、
頷いて背中を押す。
優斗、
ゆっくりとドアを押し開ける。
白い光が、
4人を包む
【観測室・内部】
円形の部屋。
壁一面がモニターと計器。
中央には、
丸いプラットフォームのような場所。
天井からは、
ドーム状の装置が吊られている。
細いケーブルが縦横無尽に伸び、
床のコネクタへと繋がる。
全体的に、
「かつての最先端だった研究施設」
という雰囲気。
多少の古さはあるが、
まだ現役で動いている。
部屋の中央、
プラットフォームの縁に腰掛けている人物が一人。
白衣のようなコート。
痩せ型。
長い髪を後ろで束ねている。
年齢は40代後半〜50代前半くらい。
眼鏡。
そのレンズに、
モニターの光が反射して
目が一瞬見えない。
彼――志藤 慧一と思しき人物は、
ゆっくりと立ち上がり、
4人のほうを振り向く。
顔は穏やかだが、
その笑みには
どこか鋭さと狂気が同居している。
彼は、
ゆっくりと口を動かす。
音はない。
志藤
『ようこそ。
LISTENER-01。
そして――
LISTENERSのみんな。』
4人、
同時に息を呑むジェスチャー。
健が、
思わず一歩引く。
澪は、
優斗の袖を掴む。
葉山は、
わずかに震える手で
メモ帳を握りしめる。
葉山(心の声字幕)
『……やっぱり、
志藤さん。』
彼は、
4人を順に見やり、
丁寧に頭を下げる動作。
志藤
『突然のメールで驚かせてしまったね。
でも、
こうでもしないと、
君たちはここまで来てくれなかったと思う。』
優斗は、
喉が乾く感覚を覚えながらも、
一歩前に出る。
ノートを開き、
自分の字で対話を始める。
優斗のノート
『あんたが、
世界から音を消したの?』
志藤は、
そのノートを見て
口元だけで笑う。
志藤
『いい質問だ。
“世界から音を消した”というより――
“世界を君と同じ状態に近づけた”と言ったほうが、
正確かもしれない。』
優斗の眉が動く。
回想イメージ。
・幼い自分が、
ヘッドフォンのような装置をつけて
椅子に座っている。
・周囲の装置が光り、
波形が揺れる。
・大人たちの口が、
何かを叫ぶように動いている。
・世界中の街の映像がモニターに映る。
音は、ない。
しかし、
“当時の騒音”だけが
画面の揺れや光の強さで表現される。
志藤
『LISTENER-01――
世界中の音へ、
同時に耳を傾けてしまう子ども。
君は、
生まれつきそういう耳を持っていた。
普通の世界は、
君には“騒音地獄”だったはずだ。』
澪が、
息を詰める仕草をする。
健も、
視線を落とす。
澪(心の声)
『優斗は、
前に言ってた。
“世界がうるさすぎて疲れる”って。
それは、
ただの比喩じゃなかった。』
優斗は、
自分のこめかみを押さえながら
ノートに書く。
優斗のノート
『覚えてない。
そんなに、
世界の音を聞いてたなんて。』
志藤(字幕)
『覚えていないように、
そう処理したからね。
LISTENER計画の副作用だ。
君の脳は、
耐えきれない情報を
“記憶の外側”に追いやった。
でも――
耳は、
あの頃のままだ。』
彼は、
天井のドーム装置を指差す。
志藤(口パク)
『ここは、
世界中の音を集める“耳”だった。
今は、
世界中の沈黙を集めている。
どちらも、
LISTENERなしには意味を持たない。
世界が何を“聴いてほしい”のか、
それを決めるのは――
君の耳だ。』
優斗の顔に、
怒りと混乱が入り混じる。
ノートに、
力強く文字を書く。
優斗のノート
『勝手に決めるな。
俺は、
“世界の耳”なんかになりたかった覚えはない。
音を全部消してくれなんて、
頼んだこともない。』
志藤は、
その文字をじっと見つめ、
ゆっくりと首を横に振る。
志藤(字幕)
『頼んだのは、
君じゃない。
“君を見ていた大人たち”だ。
君を救いたいと願った者たち。
そして、
世界を変えたいと願った者たち。』
視線が、
一瞬だけ葉山に向く。
葉山の顔が
ハッと強張る。
短いフラッシュバック。
・若い頃の葉山。
・志藤ととともに、
モニターを見つめながら議論している。
・「この子を助けられるなら」「世界の音の偏りを」
と口パクする二人。
音はない。
葉山(心の声字幕)
『わたしも、
そこにいた。
“世界を優しくしたい”って、
本気で思っていた。
そのためなら、
LISTENER-01の負担も
受け入れるべきだと――
そう、自分に言い聞かせていた。』
ゴクリ、と
喉が動く。
澪が、
耐えきれず一歩前に出て、
手話で訴える。
澪(手話)
『世界を優しくしたいなら、
なんで、
こんなに怖い方法を選ぶの。
なんで、
みんなから“大事な音”まで奪うの。』
志藤は、
澪の手の動きを
興味深そうに目で追う。
志藤(字幕)
『君が澪くんだね。
耳の代わりに、
“静寂の形”を感じる子。
LISTENERとは、
別種の才能だ。
世界が沈黙した今、
君のような存在は
とても貴重だよ。』
澪は、
眉をしかめて
スケッチブックを握りしめる。
澪(心の声)
『この人、
“才能”とか“貴重”って言葉で、
人を枠に閉じ込める。
わたしは、
そういう優しさが
いちばん怖い。』
健が、
ずっと黙っていたが、
ついに我慢できなくなって
メモを叩きつけるように書く。
健のメモ
『世界がどうとか、
LISTENERがどうとか、
正直、
よくわかんねー。
でも、
音が消えたせいで困ってる人が
山ほどいるのは知ってる。
それは、
あんたの“優しさの実験”の
巻き添えなんだろ?』
志藤は、
そのメモを読み、
少しだけ目を細める。
志藤(字幕)
『“巻き添え”か。
いい表現だ。
世界規模の変化には、
いつだって巻き添えがつきものだよ。
ただ――
その結果、
目指している場所が
今より“まし”になるなら、
それは必要な痛みだ。』
4人の顔に、
さまざまな感情。
怒り、
悲しみ、
罪悪感、
そして――
わずかな理解の影。
そこに、
天井のドーム装置と
志藤の姿が映り込んでいる。
【観測室・LISTENERの真実】
志藤は、
操作卓に近づき、
いくつかのスイッチやスライダーに触れる。
モニター群が一斉に切り替わる。
・世界各地の街の映像
・海岸線
・砂漠
・山頂
・大都市の交差点
・病院のICU
どの映像も、
相変わらず完全な無音。
しかし、
画面の隅に
波形グラフのような表示が現れる。
どれも“0”に近いフラットな線。
志藤(口パク)
『見ての通り、
世界は“静か”だ。
君たちが知っている通りの、
沈黙の世界。
けれど――
ゼロではない。』
彼が、
別のキーを押す。
中央のモニターに、
新しい画面。
『POINT SOUND LOG(点音ログ)』
世界地図上に、
いくつもの点が瞬く。
『猫の鳴き声』『ドアの衝撃』『風鈴』『笑い声』
『名前を呼ぶ声』『雷の残響』『波音』
その中に、
最近追加されたログとして
「SCHOOL」「MALL」「TOWER NEAR」の表示。
志藤(口パク)
『“点音”。
君たちがそう呼んでいる現象だね。
世界中で、
ときどき音がこぼれる。
それを、
私は“意図的に”増やしたり、
集めたりしている。』
優斗、
眉をひそめる。
優斗(心の声)
「やっぱり――
モールの“塊音”も、
教室のドアの音も、
全部この人が……?」
志藤は、
さらに説明を続ける。
志藤(字幕)
『LISTENER-01。
君はかつて、
世界中の音を一度に聴く耳だった。
それは、
君にとっては地獄だったかもしれない。
でも、
私たちにとっては
“世界の状態を一度に理解する”
唯一の方法だった。』
モニターの一つに、
小さなグラフ。
『LISTENER-01 INTERNAL FIELD』
そこに、
波形のような形が描かれている。
志藤(口パク)
『君の中には、
まだ“内的音場”が残っている。
世界の沈黙と、
世界の残響が、
その中に重なっている。
だからこそ――
君が何を“うるさい”と感じ、
何を“必要だ”と感じるのか。
それを知ることが、
世界の今後を決める指標になる。』
優斗の顔が
さらに歪む。
優斗(心の声)
「俺の感覚ひとつで、
世界の行き先を決める?
そんなの、
おかしい。
――でも、
世界は今、
この実験の中に閉じ込められてる。」
澪が、
スケッチブックを開いて
震える手で塔と世界の絵を描く。
塔の上から、
細い線が世界地図に伸び、
点音の光に結びつくイラスト。
澪(心の声)
『この塔から、
世界の“沈黙”と“音の残り”が
結び直されてる。
この人はそれを、
“調弦”してる。』
健は、
なにかに気づいて
波形グラフを指差す。
健のメモ
『これ、
俺が“聞いた音”のログも
入ってるってこと?
廊下で“名前呼ばれた”やつとか。』
志藤は、
少し意外そうに目を瞬く。
志藤(字幕)
『ほう……
君が、“証聴者”か。
LISTENERの周囲に現れる
新しいタイプ。
想定より、
ずっと早く発現したね。』
健、
「何それ」と口パク。
健のメモ
『俺の役職、
勝手に増やさないでくれる?
ただの一般人代表でいたいんだけど。』
志藤は、
薄く笑う。
志藤(字幕)
『一般人など、
もうどこにもいないよ。
世界がこれだけ変わってしまった以上、
誰もが“実験の被験者”なんだ。
その中で、
君たちは“自覚のある被験者”だ。
それは大きな違いだよ。』
葉山の手が、
震えたままマーカーを握る。
葉山のメモ
『志藤さん。
あなたは、
いつから“世界規模”に
この実験を広げるつもりでいたの?
LISTENER-01の時から?』
志藤は、
一瞬だけ視線を宙に泳がせる。
そして――
正直に答えるように、
字幕。
志藤(字幕)
『あの子――
LISTENER-01と初めて塔に登った日からだ。
世界中の音に苦しみながらも、
街の灯りを見下ろして
ぽつりと言った。
“全部うるさい。
でも、
あの光はきれいだ”と。
私はそのとき確信した。
“音だけ変えればいい”。
光はそのままでいい。
世界の姿はそのままで、
音のレイヤーだけを書き換えればいい――と。』
優斗の脳裏に、
断片が繋がる。
塔の上から見下ろした夜景。
目に染みるほどの光。
どこまでも続く街の明かり。
その上に被さる、
見えない騒音の層。
幼い自分の口が、
確かに何かを言っている。
『うるさい。
でも、光はきれい。』
音はない。
だが、
その感情だけが
じかに胸に刺さる。
優斗(心の声)
「……俺だ。
俺が、
そんなことを言った。
それを、
この人はずっと覚えていた。
そして、
“世界の音を変える”理由にした。」
胸の奥が
焼けるように痛む。
澪が、
そっと優斗の袖を握る。
健も、
拳をギュッと握りしめる。
葉山は、
目を閉じたまま、
自分の罪悪感と向き合うように
眉間にしわを寄せる。
観測室の空気が、
さらに重くなる。
---
【観測室・提案】
沈黙を破るように――
(世界は元から沈黙だが、
ここでは“会話の切り替え”として)
志藤が、
モニターの前に立ち、
新しい画面を映し出す。
タイトル。
『PROPOSED WORLD SOUND MODELS(世界音響モデル案)』
いくつかのモードがリストとして表示される。
MODE A:部分復元
MODE B:選択的フィルタリング
MODE C:完全静寂維持
MODE D:周期的“音の雨”
志藤(字幕)
『ここからが、本題だ。
世界の音をどうするか――
その“選択肢”を、
LISTENER-01と、
LISTENERSに提示しよう。』
4人の顔が、
同時に画面へ向く。
志藤は、
一つひとつ説明を始める。
志藤(字幕)
『MODE A:部分復元。
元の世界の音を、
音量を絞った状態で全復活させる。
ただし、
LISTENER-01の脳には
かなりの負荷がかかるだろう。
君は再び、
世界中の音を
同時に“聞きかける”ことになる。』
優斗の表情に、
恐怖がよぎる。
志藤(字幕)
『MODE B:選択的フィルタリング。
“必要な音”だけを残し、
“不要な音”をカットする。
例えば、
会話の声だけ、
音楽だけ、
自然音だけ――
そんな世界も作れる。
ただし、
“何を必要とするか”の基準は、
誰が決める?』
健が、
思わずメモに書く。
健のメモ
『そんなの、
ゲームのオプション設定じゃねーか。
世界をメニューひとつで
いじれるもんじゃないだろ。』
志藤(字幕)
『MODE C:完全静寂維持。
今の状態を永続させる。
世界は、
音のないまま新しい文化を
作り直していくだろう。
手話、光、振動。
音に頼らない文明だ。
君たちのような子どもたちにとっては、
もしかすると
“楽”かもしれない。』
澪が、
一瞬だけ目を伏せる。
澪(心の声)
『“楽”かもしれない。
でも、
それはきっと、
“楽なまま動かなくなる世界”だ。
わたしは――
ユウトの“音楽の話”を、
まだちゃんと聞いたことがない。
それを知らないまま、
静けさだけを選ぶのは、
やっぱりいやだ。』
志藤(字幕)
『MODE D:周期的“音の雨”。
世界は基本静寂のまま。
ただし周期的に、
“音の雨”が降る時間が訪れる。
例えば、一日のうち一時間だけ
全ての音が戻る世界。
あるいは、
特定の場所だけ局所的に
音が戻る聖域。
――どうだい。
どれも悪くない選択肢だろう?』
4人は、
しばし呆然と画面を見つめる。
世界の未来が、
まるでゲームのモード選択のように
並べられている。
優斗(心の声)
「こんなふうに、
決められるものなのか。
でも今、
俺たちが何も決めなければ、
きっとこの人が
勝手に選ぶ。
そのほうが、
もっと嫌だ。」
志藤は、
穏やかな笑みを浮かべながら、
最後にこう字幕を出す。
志藤(字幕)
『決めるのは、君たちだ。
私は、
その決定を実行に移す装置にすぎない。
LISTENER-01。
さあ――
世界の“音のあり方”を、
選びなさい。』
観測室のモニター群が、
4つのモードの画面で
静かに明滅する。
優斗の手に、
冷たい汗が滲む。
澪は、
震える指でスケッチブックを開く。
「静寂」と「音の雨」を
どう描くか、
まだ線が引けないでいる。
健は、
“正しい言葉”が見つからず、
何度もメモをぐしゃっと丸めては
新しい紙を取る。
葉山は、
自分が長年追いかけてきた
“優しい世界”が
実はこういう形で
提示されていたのだと気づき、
胸を締めつけられている。
観測室の静寂は、
今までで一番
重く、苦しい。
それでも――
その沈黙の中でしか
出せない答えもある
【観測室・LISTENERSの答え(前夜)】
時間経過を感じさせるモンタージュ。
・優斗、
観測室の床に座り込み、
ノートに何度も書いては消す。
・澪、
スケッチブックに
「完全静寂」「部分復元」「音の雨」
それぞれのイメージを描き分けてみる。
・健、
自分のスマホに保存されている
“音楽プレイリストのタイトル”を
無音のまま眺める。
そこには、
聞けなくなった曲の名前が
ずらりと並んでいる。
・葉山、
昔の研究ノートを開き、
「世界を優しくする音の配分」と書かれた
稚拙な図を見つめる。
その間、
志藤はただ
観測装置を見守っている。
自分の選択を
もう終えてしまった者の顔で。
しばらくして――
優斗が、
ゆっくりと立ち上がる。
手には、
何度も書き直したノートのページ。
彼は、
みんなのほうを見て
深く息を吸うジェスチャーをする。
そして、
自分の文字で
答えを書く。
優斗のノート
『“モード”で
世界を決めたくない。
音があるか、ないか。
全部か、ゼロか。
雨か、晴れか。
そういうスイッチで
世界を切り替えるんじゃなくて――
“戻し方を探す時間”を
ちゃんと世界ごと
取りたい。』
志藤の眉が
わずかに動く。
優斗は、
続けて書く。
『今のままは、いやだ。
でも、
あんたの用意したモードのどれかを
選ぶのも、いやだ。
だから――
MODE E:
“LISTENERSが世界中の点音を集めて、
自分たちで音の地図を作る”
そのための時間と、
装置へのアクセス権がほしい。』
4人の視線が、
ノートの文字に吸い寄せられる。
澪の目が、
大きく見開かれる。
澪(心の声)
『“音の地図”。
わたしの“静寂の地図”と
ユウトの“記憶の音”を
重ねていく。
それなら、
モードじゃなくて“物語”として
世界の音を描ける。』
健は、
思わず笑うジェスチャー。
健のメモ
『それ、
めんどくさいけど、
超いい。
“どうせなら自分たちで決めてやる”って話だろ。
賛成。』
葉山の目に、
涙が浮かぶ。
葉山(心の声字幕)
『研究者として、
こんなにも“答えを先延ばしにする選択”は
怖いはずなのに――
子どもたちは
それを選ぼうとしている。
世界を、
モードじゃなくて
“聞き直し”から始めようとしている。』
志藤は、
しばらく黙ったまま、
4人を見つめる。
観測室に、
一層深い沈黙。
やがて――
彼はゆっくりと息を吐く動作をし、
口元にわずかな笑みを浮かべる。
志藤(字幕)
『……やはり、
LISTENER-01だ。
いや――
LISTENERSと言うべきか。
私の用意したモードの外側に、
自分たちのモードを作ろうとする。
研究者としては
厄介な被験者だが……
世界の未来を託すには、
悪くない。』
彼は、
操作卓に手を伸ばし、
新しい項目を打ち込む。
モニターに、
新たな行が追加される。
『MODE E:LISTENERS FIELD
(世界中の点音を観測・記録・編集する権限)』
志藤(字幕)
『いいだろう。
MODE E――
LISTENERS FIELD。
世界中で起きている“点音”を
この塔と、
君たちの耳と、
君たちの感覚を通して
記録していく。
その地図が、
ある程度描き上がるまで――
私は、
他のモードを発動しないと約束しよう。』
4人の胸に、
少しだけ光が差し込むような感覚。
それでもなお、
不安と責任の重さは消えない。
優斗は、
ノートに最後の一行を書く。
『約束は、
塔だけじゃなく、
“世界”にもしてもらう。
勝手にまた、
実験を動かすな。』
志藤は、
その文字を見て
目を細める。
志藤(心の声)
『LISTENER-01。
君は、
“小さな頃の君”とは
まるで違う答えを出すようになった。
――成長とは、
こういうことか。』
彼は、
天井のドーム装置に手をかざす。
装置から、
微かな光のリングが
塔全体に広がり、
外の世界へと溶けていく
イメージ。
世界中の点音ログに、
新たなタグが付与される。
『LISTENERS FIELD:ACTIVE』
観測室の光が
少しだけ柔らかくなる。
優斗、澪、健、葉山。
4人の影が、
中央のプラットフォームの上で
重なり合う。
塔の外。
夜の街のどこかで――
ほんの一瞬だけ、
子どもの笑い声の“影”と、
誰かがドアを閉める“音の残像”が
小さく弾けては消える。
音はまだ、
完全には戻らない。
でも、
“戻り方”を探す旅が
始まった。
画面は、
塔の上から見下ろす夜景へ。
無音の街。
灯りだけが、
確かなリズムで瞬いている。
ナレーション
『――世界はまだ、
沈黙の中にある。
けれど今、
その沈黙の中を歩き回り、
失われた音の痕跡を集める
小さな“耳たち”が生まれた。
彼らを、人はこう呼ぶ。
LISTENERS――と。』




