第3話「リスナーの記憶」
【朝・学校への道/薄曇り】
昨日の展望台から一晩明けた朝。
空は一面、薄い雲。
光はあるのに、どこか“音を吸う雲”のように重たい。
通学路にはいつも通り制服姿の生徒たち。
だが、笑顔でしゃべる口元と、沈黙した世界のギャップはますます異様だ。
【坂道を歩く優斗】
自転車は押して歩いている。
イヤホンは首にぶら下げたまま、耳には入れていない。
優斗(心の声)
「音のない朝も、
もう3日目。
人は、意外と“慣れる”。
……でも、
慣れちゃいけない気もする。」
道端の電光掲示板には、
『緊急放送:本日も一部在宅学習を推奨』の文字。
それでも学校へ向かう生徒たち。
家にいるより、友達と一緒のほうがまだまし――
そんな雰囲気が漂っている。
坂の下、信号の前。
澪がいつもの場所で立っている。
空を見ていた視線を、優斗に向けて微笑む。
優斗も、自然と口元がゆるむ。
歩み寄りながら、片手を軽く上げる。
優斗(手話+口パク)
『おはよう』
澪『おはよう』
澪も同じ動きで返す。
二人の間に、いつもの“朝の挨拶”が
言葉ではなく、手の動きと表情だけで交わされる。
ふと、澪が優斗の胸元――
イヤホンを指でつつく。
澪(手話)
『つけないの?』
優斗、少しだけ困ったように笑い、
イヤホンのコードを指先でいじりながら首を振る。
優斗(心の声)
「もう、意味がないから――
って言えば簡単だけど」
優斗、ノートを取り出し、歩きながら書く。
優斗のノート
『これなしでも、
大丈夫な自分になれるか、
ちょっと試してる。』
澪、その文字を見て、
一瞬きょとんとしたあと、
小さく「かっこつけ」と口パクして笑う。
澪(手話)
『でも、
ちょっとだけ、好き。
そういうの。』
優斗、耳まで赤くなって視線をそらす。
優斗(心の声)
「音のない世界になっても、
心臓の“ドクドク”だけは、
ちゃんと増えるの、ずるい。」
二人が並んで歩き出す。
画面奥に、学校の校舎が静かに佇んでいる。
---
【学校・昇降口~廊下】
昇降口には、
「静粛に」ではなく「落ち着いて行動しましょう」と書かれた新しい貼り紙。
廊下には、
・掲示板の“臨時時間割”
・「音が聞こえない状態での避難経路」の図
・「筆談用ボードご自由にどうぞ」の箱
……など、数日のうちに用意されたものが増えている。
生徒たちは、
ホワイトボードやメモ帳を片手に、
無音の中でやりとりをしている。
【理科室前の廊下】
優斗と澪、
「立入許可:葉山のみ」と紙の貼られた理科準備室の前で立ち止まる。
ドアが開き、中から葉山が顔を出す。
白衣を着ているが、中は私服。
徹夜明けのような疲労のにじんだ顔。
葉山
(口パク+手招き)
『入ってきて』
二人は顔を見合わせ、
静かに頷いて中へ入る。
---
【理科準備室】
狭い部屋に、機材や古い実験道具がぎっしり。
その一角だけ片付けられ、
臨時の“作戦会議スペース”になっている。
机の上には、
・世界地図
・日本地図
・例の研究施設の古い設計図
・プリントアウトしたニュース記事
・波形グラフのようなもの
……が所狭しと並んでいる。
ホワイトボードには大きくタイトル。
『音の消失現象 調査メモ』
その下に箇条書き。
1:発生時刻(世界同時?)
2:例の施設の波形データ
3:優斗の“反応”
4:澪の“感覚”
優斗と澪、それを見て一瞬固まる。
優斗(心の声)
「なんか、
自分の名前が研究対象みたいに並んでると、
落ち着かない……」
葉山、マーカーを置き、
メモ帳を二人に見せる。
葉山のメモ
『ここを、
わたしたちの“基地”にしましょう。
世界の音を取り戻す情報を、
ここに集める。』
優斗も澪も、真剣に頷く。
澪、ホワイトボードの「4:ミオの“感覚”」の部分をじっと見つめる。
そして、机の端に置かれたスケッチブックを開く。
中には、
・音の消えた街
・飛行機雲の網
・展望台から見た施設
・そして、昨日ミオが見た“誰かの影”
……が、色と線で描かれている。
澪(手話)
『わたし、“音”はわからない。
でも、
この静かさが、
どこから来てるかは、
なんとなく“分布”みたいに感じる。』
そう言いながら、
世界地図に視線を落とし、
指で軽くトントンと特定の場所を叩く。
・日本の自分たちの街
・その少し離れた海の上
・遠く離れた別の大陸の都市
トントンする場所に、
葉山が赤い丸をつけていく。
葉山のメモ
『ニュースでも、
“音の戻りかけ”が
何件か報告されている。
場所はバラバラ。
でも、共通しているのは――』
彼女は別の紙を持ち上げる。
そこには「局所的な音の復活」という見出し。
『一瞬だけ車の音が聞こえた』
『子どもの泣き声を聞いた気がする』
『波打ち際で、さざ波の音がした』
いずれも「一瞬」「すぐ消えた」「錯覚かもしれない」と書かれている。
葉山のメモ
『これを、仮に“点音”と呼ぶ。
世界のどこかで、
ときどき“音の点”が浮かんでは消えている。』
優斗、思わず口パク。
優斗(心の声)
「点音……
昨日、俺の頭の中で聞こえた“叫び”も、
そのひとつなのか?」
澪、自分の胸に手を当て、目を閉じる。
静かな動き。
画面に、ミオの“イメージ”として、
黒い世界の中に、小さな光の点が浮かんだり消えたりする映像。
それぞれが、かすかな波紋を生んでいる。
澪(字幕モノローグ)
『“音の代わりに”
わたしが感じているのは、
光の点のようなもの。
でも、
全部バラバラじゃない。
どこかで、
一つに“結ばれてる”気がする。』
澪、ゆっくり目を開けて、
施設の設計図の上に手を伸ばす。
中央のタワー部分に、そっと指を置く。
澪(手話)
『ここに、
糸の“結び目”みたいなのがある。
点と点を結んでる場所。
そんな感じ。』
葉山、その指先を見つめ、
小さく息を呑むような表情。
葉山のメモ
『……本当に、
普通の生徒じゃないわね、二人とも。』
優斗、苦笑。
だがすぐに、真面目な顔に戻る。
優斗
『“点音”があるなら、
それを辿れば、
音の“元”まで行けるってことですよね。』
葉山、力強く頷く。
葉山のメモ
『そのために必要なのが――
“LISTENER”と、
“感じる人”』
優斗と澪、同時に顔を上げる。
視線がぶつかる。
---
教室の隅、
クラスメイトたちが筆談でやりとりしている中、
タケルが廊下から理科準備室のほうをじっと見ている。
健(心の声)
『最近、
優斗、よくあの部屋に行くよな。
澪と一緒に。
なんか、
“秘密基地”っぽくてムカつく。』
彼の表情には、
心配と嫉妬が混ざったような、複雑な感情。
健の手には、
「音が戻った気がする」と書きかけて
消されたメモ用紙が握られている。
再び理科準備室へ戻る。
【理科準備室・情報整理】
ホワイトボードの前。
葉山がマーカーを走らせて、
簡易的な“相関図”を描いていく。
<世界の音>
↓
[音響エネルギー研究機構]
↓
[LISTENER計画]―?―[音の消失]
↓ ↘
[点音(Point Sound)]
↓
「優斗の反応/澪の感覚]
図がだんだんと線で繋がっていく。
葉山のメモ
『あなたたちは、
多分この図の“真ん中”にいる。』
優斗、
“真ん中”という言葉に少し身じろぎする。
優斗(心の声)
「中心にいるってことは、
“巻き込まれてる”だけじゃなくて――
“原因側”に近いってことかもしれない。」
葉山、机の引き出しから
古びたUSBメモリを取り出す。
葉山のメモ
『これは、
施設を離れる直前に、
こっそり持ち出したデータ。
LISTENER計画の一部が入ってる。』
優斗と澪、
ごくりと唾を飲むジェスチャー。
葉山、ノートPCにUSBを挿す。
画面に古いインターフェースが立ち上がり、
フォルダ名が並ぶ。
『LISTENER_01_LOG』
『AUDIOFIELD_SIM』
『PSI-RESPONSE_DATA』
『RESTRICTED』
などの文字。
優斗、画面の「LISTENER_01_LOG」に視線が吸い寄せられる。
クリック。
古いログファイルの一覧が開く。
『day_001』
『day_002』
『day_010』
『…』
葉山、スクロールして一つのファイルを開く。
画面に文字が並ぶ。
『被験者コード:LISTENER-01』
『年齢:推定5歳』
『症状:極度の音過敏、聴覚過負荷』
『備考:世界の多地点の音声信号を同時に感知している可能性』
その文字を見た瞬間――
優斗の視界が揺らぐ。
短いフラッシュ。
・小さな手が、耳を押さえる。
・泣き叫んでいるが、声は聞こえない。
・それでも、周囲の大人たちの口元は「ごめんね」「大丈夫」と動いている。
・天井のライトがチカチカと点滅し、
その点滅が“音”のように刺さる。
優斗(心の声)
「うるさい。
全部、うるさい。
音が、世界から溢れてる――」
現実に戻る。
理科準備室の天井の蛍光灯が、
ほんのわずかに瞬く。
澪が、すぐにユウトの顔を覗き込む。
優斗の額には薄く汗。
澪(手話)
『また、感じた?』
優斗、震える手でノートに書く。
優斗のノート
『記憶みたいなものが、
頭の中に流れ込んできた。
“小さい頃の自分”だったかもしれない。』
葉山、唇をかむ。
PCの画面をスクロールする。
『day_010 記録』
『被験者の音過敏はさらに悪化。
世界中の音声データに“同期”している疑い。
睡眠中も覚醒時も、
あらゆる地点の“音情報”が流入。
※本人の発語:「ぜんぶ聞こえる」「やめて」』
“やめて”の文字がアップになり、
画面が一瞬ホワイトアウトしそうになる――が、
澪が優斗の手をぎゅっと握るカットで引き戻される。
澪
『優斗は、
“音が嫌い”って言ってた。
もしかして――
それは、
世界がうるさすぎたから?』
澪、優斗の手を離さないまま、
葉山を見る。
澪(手話)
『LISTENER-01は、
どこへ行ったの?
どうなったの?』
葉山、目を伏せる。
画面には、ログの最後の行。
『最終実験準備中――
被験者を“サイレント・フィールド”に移送』
そこでファイルは途切れ、
以降のデータは見つからない。
葉山のメモ
『ここから先は、
データが消されている。
あるいは、別の場所に隠されている。
わたしも知らない。
本当に。』
沈黙。
(世界は元から沈黙だが、
ここでは“息を呑む沈黙”として演出)
優斗、ゆっくり呼吸を整え、
ノートに新しく書く。
優斗のノート
『俺がLISTENER-01かどうかは、まだわからない。
でも、
もしそうだとして、
音の世界を――
一度壊したのが俺だとしても。
今、ここで何もしないほうが、
もっと嫌だ。』
澪、その文字を見て、
強く頷く。
澪(手話)
『わたしは、
“音がない世界”しか知らない。
優斗は、
“音がある世界”も、“ない世界”も知ってるかもしれない。
だから、
その間をつなぐのは、
優斗しかいない。』
葉山も、静かに頷く。
葉山のメモ
『LISTENERは、
“世界中の音を一度に聴いてしまう子ども”だった。
その子が今、
“世界中の沈黙”の中で、
何を聴くのか。
それが――
この現象を解く鍵かもしれない。』
ホワイトボードに、新たな項目。
5:LISTENER=“世界の耳”
と書き足される。
廊下のほうから、
誰かが理科準備室のドアをノックする“仕草”。
音はしないが、ドアがわずかに揺れる。
三人、そちらを見る。
---
【廊下・健の乱入】
ドアの向こうにいたのは、健。
腕を組み、
少しムスッとした顔で立っている。
優斗がドアを開けると、
健はすぐにメモを突き出す。
健のメモ
『お前、
最近なんか隠し事してない?』
優斗、ぎくり。
健
『この状況で、
“秘密基地ごっこ”かよ。
冗談じゃない。』
葉山がタケルの後ろに回り込み、
穏やかな笑み(無音)でメモを書く。
葉山のメモ
『ここは先生の私物スペースだから、
あまり勝手に出入りしないでね。
心配してくれるのはありがたいけど。』
健、葉山のメモを一瞥し、
少しだけ怯んだような表情を浮かべつつも、
引き下がらない。
健のメモ
『俺も、
“変な音”聞いた。
昨日の夜。
一瞬だけ。』
三人、固まる。
優斗(心の声)
「“変な音”……?」
健、新しい紙に勢いよく書く。
健のメモ
『部屋で、
ゲームの音を“思い出してた”ときに、
ほんの一瞬だけ、
足音みたいなのが聞こえた。
幻聴だと思ってたけど――
さっき廊下で、
お前の名前を呼ぶ声も、
一瞬だけ聞こえた。』
優斗、息が止まりそうになる。
優斗(心の声)
「俺の……名前?」
葉山、真剣な目になる。
葉山のメモ
『それ、いつ?』
健、時計を見るジェスチャーをしてから、
大体の時間を書き込む。
その時間――
ホワイトボードに書かれた「昨日 展望台での反応」の時刻と
1~2分ほどしか違わない。
葉山のメモ
『“点音”は、
ここ(優斗)だけじゃなくて、
周りにも飛び火してる。
かもしれない。』
健、眉をひそめてホワイトボードを見やる。
そこに書かれた
「LISTENER」「音の消失」「施設」「点音」の文字。
健のメモ
『……なんだよこれ。
俺にも説明しろ。
友達に隠し事されるの、
マジでムカつく。』
澪が、優斗を見る。
“どうする?”という視線。
優斗、少しの間考え――
ノートを開き、タケルのほうへ向く。
優斗のノート
『ごめん。
でも、
もう隠してる余裕、
ないかもしれない。』
【理科準備室・即席ブリーフィング】
机の周りに、
優斗・澪・健・葉山の4人が座る。
ホワイトボード前に立つ葉山が、
マーカーでポイントを示しながら
“無音のプレゼン”をする。
テロップ1
『①世界中から音が消えた』
テロップ2
『②原因はおそらく、あの研究施設』
テロップ3
『③ユウトは“LISTENER”かもしれない』
テロップ3の瞬間、
健の視線が優斗に刺さる。
健(心の声)
『おいおい……
いきなり重すぎだろそれ。』
葉山、さらに書き足す。
テロップ4
『④“点音”=一瞬だけ音が戻る現象が世界中で起きている』
テロップ5
『⑤それを感じる能力を持つのが、優斗と澪』
健、両手を広げてメモを書く。
健のメモ
『で、
俺は?』
優斗、思わず笑いそうになりながら、
ノートに書く。
優斗のノート
『巻き込まれた被害者代表。
……じゃなくて、
たぶん、“証人”』
健、眉をひそめる。
健のメモ
『その“点音”、
俺も聞いた。
ってことは、
俺も“感じてる”側だろ。』
葉山、少し考えてから、
ホワイトボードに新たな項目を書き足す。
6:第三のタイプ “証聴者”候補
葉山のメモ
『自分から世界の音を引き寄せるタイプ(LISTENER)
世界の静寂の“形”を感じるタイプ(ミオ)
そして、
その狭間で“偶然聞いてしまう”タイプ(タケル)。
3つ揃えば――
きっと、見えるものがある。』
健、
「悪くない役じゃん」と
ちょっと得意げな顔をする。
健のメモ
『つまり俺も、
なんかの“主人公サイド”ってわけね。
よし、許す。』
優斗、思わず吹き出しそうになり、
肩を震わせて笑う(無音)。
ミオも、口元を押さえて笑っている。
一瞬だけ、
音のない世界の中に、
確かな“笑いの気配”が生まれる。
---
【作戦の方向性】
ホワイトボードに、
大きく3つの矢印。
A:学校・街で“点音”情報を集める
B:施設の情報を掘り下げる(葉山の記憶・データ)
C:優斗の記憶を少しずつ取り戻す
それぞれにメモが書き込まれていく。
葉山のメモ
『A:タケル、お願いできる?
クラスメイトやSNSで、
“音が聞こえた気がする”話を集めてほしい。』
健のメモ
『任せろ。
噂話、集めるの得意だからな。』
葉山のメモ
『B:これは、主に先生担当。
古い知り合いにも、
コンタクトを試みてみる。
危ない橋だけど。』
葉山(心の声風字幕)
『今さら、
“あの頃の同僚”に顔向けできるかどうか――
それでも、
もう逃げてる場合じゃない。』
葉山のメモ
『C:これは、
優斗と澪の仕事。
“点音”を感じたとき、
必ず記録する。
いつ、どこで、どんな感覚だったか。』
澪、
スケッチブックを掲げる。
そこには新しいページ。
『点音ノート』
とタイトルが書かれている。
右ページは文字用、左ページは絵用のレイアウト。
澪(手話)
『感じたら、
すぐここに描く。
ユウトも、
同じノートに書いて。
2人分の感じ方を、
並べて見たい。』
優斗、
少し驚いた顔をしてから、
力強く頷く。
優斗(心の声)
「澪が描く“静寂の地図”に、
俺の“うるさすぎた記憶”を重ねる。
そうしたら、
何か見えてくるかもしれない。」
健が指を鳴らすジェスチャーをして――
「あ、音鳴らないんだった」と
自分で苦笑い。
健のメモ
『じゃあ、
俺の役目は、“現場取材班”ってことで。
“音が戻った店”とか、
“変な夢を見たやつ”とか、
片っ端から聞いてくる。』
葉山、
4人を見渡して深く頷く。
葉山のメモ
『チーム名、
つける?』
一瞬、全員固まって――
視線が優斗に集まる。
優斗(心の声)
「なんでこういうとき、
俺を見るんだよ……」
優斗、仕方なくノートに書き始める。
優斗のノート
『“SILENT SEARCHERS”とか?
――ダサい?』
健、即座に首を横に振るジェスチャー(=ダサい)。
澪、少し考えてから、
スケッチブックに小さな文字を書く。
ミオの文字
『“LISTENERS”』
“聴く人たち”という英単語。
複数形。
澪(手話)
『音がない世界で、
それでも何かを“聴こうとしてる人”たち。
それが、
わたしたち。』
一拍の沈黙。
やがて、
3人ともその名前を受け入れるように頷く。
ホワイトボードの隅に、
葉山がマーカーで書く。
【LISTENERS】
その文字が、
この物語の“チーム名”として刻まれる。
---
【放課後・校舎屋上】
夕方。
屋上のフェンス越しに見える街。
音はないが、車、電車、人々の動きで“都市の脈動”が伝わってくる。
優斗と澪。
二人並んでフェンスにもたれている。
タケルは少し離れたところで、
スマホを片手にクラスのグループチャットを眺めている。
画面には、
『音が聞こえた気がした人いる?』
という健の書き込みに、
いくつか返信がついている。
『夢の中ならあった』
『風鈴が鳴ったような気がした』
『猫の鳴き声、したよな?』
などなど。
健、ニヤッと笑う。
健(心の声字幕)
『よしよし……
ネタは集まりそうだ。』
フェンスのほう。
澪が、目を閉じ、
静かに両手を胸の前で重ねる。
澪(字幕モノローグ)
『“音がない世界”は、
前から知ってる。
でも――
今の静けさは、
いつもの静けさと違う。
何かが、“隠れてる”静けさ。』
画面に、
澪の感覚イメージ。
黒い空間に、
遠くに光の点が3つ、4つ、5つ……
ゆっくりと点滅している。
そのうちのひとつが、
急に近づき、画面いっぱいに広がる。
それと同時に――
優斗が、眉をひそめる。
優斗(心の声)
「……今、
誰かの“笑い声”が、
一瞬聞こえた気がした。」
優斗、澪を見る。
澪も同時に目を開く。
澪(手話)
『今、
ひとつ、“点”が近づいた。』
優斗、フェンスに手を当てる。
鉄の冷たさが指先に伝わる。
その瞬間――
画面が一瞬、微細にノイズを帯びる。
遠くの空の一角。
薄い雲の切れ目から、
ごく小さな“光の縦線”が落ちてくるような演出。
だが、
雷鳴はない。
優斗(心の声)
「どこかで、
誰かが、
“音を思い出した”のかもしれない。」
澪、スケッチブックを開き、
今日の屋上の景色の中に、
小さな光の点と線を描き始める。
その横に、
優斗がペンでメモを書き込む。
『屋上/夕方
頭の中で“笑い声”の影
雲の切れ目/光の縦線』
二人の記録が、
一つのページに並ぶ。
【夜・優斗の部屋】
机の上。
開かれたスケッチ兼メモノート。
その横に、USBを挿したままのノートPC。
画面には、
LISTENER計画の別のファイル。
『PSI-RESPONSE_DATA』
クリック。
グラフや数式が並ぶ画面。
読み解くには専門知識が必要そうだ。
だが、一つだけ簡単なテキスト。
『LISTENER-01の“内的音場”は、
外界からの音情報を遮断しても、
決して完全な静寂にはならなかった。
常に“残響”が存在する。
それは、
外の世界の音の“残り香”なのか、
それとも――
別の“音の源”なのか。』
優斗、画面を見つめる。
自分の胸に手を当てる。
鼓動は感じる。
だが、音は聞こえない。
優斗(心の声)
「俺の中には、
まだ“残響”があるのか。
それとも、
世界のどこかから届いてる
“誰かの声”なのか。」
ふと、机の上のイヤホンを手に取る。
迷った末、
片方だけ耳に差し込む。
もう片方は、
机の上に置いたまま。
優斗(心の声)
「世界の片耳は、
澪に預けてる。
……なんて、
ちょっとくさいか。」
再生ボタンを押す。
プレイリストが動き始める。
曲名が表示されるが、音はしない。
その瞬間――
ほんの一瞬だけ、
画面が揺らぎ、
“ジャッ”というノイズの影が、
波形として映る。
優斗の瞳が大きく開く。
優斗(心の声)
「今の、
……“音”?」
すぐに何も起きなくなる。
静寂。
しかし、
ノートPCの隅には小さくウィンドウがポップアップ。
『接続要求:REMOTESRV-Λ』
聞き慣れない名前のサーバー。
LISTENER計画とは別の、
何者かがこちらを見ている気配。
優斗、マウスに手を伸ばそうとして――
一瞬ためらう。
その時、
スマホが机の上で光る。
バイブレーション。
画面に表示されたメッセージ。
『澪:
さっき、窓の外が少しだけ“うるさく”感じた。
きっと、
どこかで“点音”が増えてる。
明日、また屋上で記録しよう。
――LISTENERSより』
最後の一文に、
優斗の口元がわずかに笑う。
優斗(心の声)
「チーム名、
本当に使うのかよ……」
返信を書く。
『了解。
LISTENER-01(仮)より。』
送信。
同時に、
ノートPCの“接続要求”ウィンドウが
ふっと消える。
まるで、
“誰か”がそれを見て、
引き下がったかのように。
優斗、
窓の外を見る。
夜の街。
音のない世界。
そして――
その奥で、
微かに瞬く点音の光。
画面が、
夜空に滲む飛行機雲の光へと重なっていく。
---
【エピローグ・施設内部】
例の制御室。
モニターに、
世界中の“点音”候補地点が点滅している。
その中で、
日本の一角――
優斗たちの街の周辺だけが、
特に激しく明滅している。
謎の人物が、
その部分を拡大する。
モニターには、
・学校の屋上
・理科準備室
・優斗の部屋
……が、粗い映像として映し出される。
画面隅に、文字。
『LISTENERS-CLUSTER:形成中』
人物は、
その文字を指でなぞりながら、
ゆっくり口を動かす。
謎の人物(字幕)
『やっと、
“聴き返してくれる耳”が揃った。
さあ――
どんな“音”を返してくれる?
LISTENER-01。』
モニターの中の優斗の顔が、
ノイズの向こうで
こちらを見返しているように見える。




