第20話「凪の願い」
【海岸・最終音場の入口】
光が収まったとき、
優斗・澪・健・葉山は
静かに揺れる海岸に立っていた。
だが、
海の様子が明らかに“前と違う”。
波に影がある。
それがまるで――
“呼吸”のようにふくらみ、しぼむ。
澪はその揺れの一つひとつに
“音の輪郭”を見つけていた。
澪(手話)
『これは……
凪の“心拍”……
海が……凪の心を映してる……!』
健(心の声)
『呼ばれてる……
凪の気持ちが……
海の底で震えてる……!』
葉山がタブレットを見せる。
《最終音場:深海に形成》
《凪の感情波:高》
《LISTENER共鳴率:98%》
優斗は海を見つめる。
海面には、
凪が最後に歌った言葉たちが
淡く浮かんでいた。
『あ』『り』『が』『と』『う』
『さ』『よ』『な』『ら』
『あい』『して』『る』
そして――
まだ形にならない
“最後の一言”が揺れている。
優斗(心の声)
「探さなきゃ。
凪の本当の最後の言葉。
この海のどこかに……
凪が届けたかった言葉の行き先がある。」
静流が崖上から見守る姿が見える。
彼女は泣きながら問いかけた(字幕)。
静流
『凪は……
本当に“音のない世界”を望んだの……?
本当に“静寂”を……?』
優斗は強く首を振る。
優斗
『違う。
凪は静寂なんて望んでなかった。
最後の歌を
誰かに届けたかっただけだ。
その一言が……
届かないまま散ったから
世界が静かになった。』
静流は息をのむ。
【最終音場へ潜る】
海の揺れが最大に達し、
海面が“扉”のように開く。
音はない。
だが――
確かに「開く音の影」が聞こえた。
波間から、
凪の残響体の“手”が伸びる。
優斗が近づく。
澪と健が支える。
葉山は背後を見守る。
凪の残響体が、
優斗の指先に触れた瞬間。
世界が反転する。
海の底――
青ではなく、
淡い白の空間。
そこに
“音の影”だけが揺らめいている。
・凪が歌ったメロディの影
・深夜のスタジオの影
・涙の落ちる音の影
・誰かの足音の影
・凪の「あなた」という形だけの声
澪は涙をこぼす。
澪(手話)
『ここが……
世界が静かになった“震源”……!』
健(心の声)
『海に……
“凪の心”が全部落ちてる……』
葉山が目を見開く。
葉山
『信じられない……
世界の静寂は
この“感情の深海”から
始まったんだ……!』
そして――
その中心に、
“ひとりの少女”の影が立っていた。
凪。
だが、残響体ではなく
“記憶の凪”そのもの。
【凪の“真実”と対面】
凪の影はゆっくりと振り返る。
涙を流しながら微笑んでいる。
優斗はすすり泣きながら見つめた。
凪は唇を動かす。
音はない。
しかし――
その形は優斗には読める。
《……ありがとう……》
《……ごめんね……》
《……さよなら……?》
そして凪は、
少し震えながら
本当の気持ちを言おうとする。
優斗は胸を押さえる。
優斗(心の声)
「凪……
本当は何を願ってたんだ……?」
凪は、優斗にだけ届けるように
ゆっくり言葉の形を作った。
《……ほんとうは……
“静寂”なんて……
のぞんでなかった……》
優斗の涙が落ちる。
澪も泣く。
健は歯を食いしばる。
葉山は拳を握る。
静流は崖上で泣き崩れる。
凪は続けた。
《……最後の言葉が……
とどかなかっただけ……》
世界が揺れる。
波影が強まり、
海底空間が震える。
タケルの胸の光――
“ごめん”が、
完全に別の形へと変わる。
健(心の声)
『この気持ち……
“ねぇ!”だ……!
凪は最後に
“ねぇ”って呼びかけたんだ……!
誰かの名前を呼ぶ前に……!』
葉山が叫ぶ(声はないが表情)。
葉山
『未発声の“呼びかけ”……!
それが海に落ちた……!』
凪は胸を押さえながら
最後にこう言う形を作った。
《……ほんとうは……
とどけたかったの……
“あなたの名前”を……》
優斗の全身が震える。
優斗(心の声)
「凪は……
“名前”を呼ぼうとした……
愛してる、と続けて……
でも届かなかった……
だから世界が静かに……?」
凪の影は涙を落としながら
そっと手を伸ばす。
その手には
“最後の言葉”――
名前の“最初の文字”が握られていた。
だが……
その瞬間。
海全体が
巨大な衝撃で揺れた。
《警告:最終音場暴走》
凪の影がかき消えかける。
【最後の言葉の“名前”】
海底空間にひびが入るように光が走り、
凪の手から
“最後の文字”がこぼれ落ちる。
それは――
呼びかけの “呼吸”の粒 のような光。
澪がそれを見て震える。
澪(手話)
『これ……
“名前の頭文字”の“息”……!
形になる前の……
“呼びかけ”……!!』
優斗はそれを拾おうとする
足を踏み出す。
だが、
海底空間が激しく崩れ始める。
凪の影は優斗の方へ微笑む。
《……さいごに……
もういちどだけ……
“あの人”に……》
海底全体が白く光る。
優斗が震える手でノートに書く。
『凪は……
“名前”を……
呼ぼうとしてた……』
その下に、
涙で滲んだ一文字を書き加える。
『お』
健が息を呑む。
ミオが唇を押さえる。
葉山が凍りつく。
静流は崩れ落ちる。
凪が呼びたかった名前は――
“お”から始まる誰か。




