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第11話「波のない海で」

【放課後・海へ向かう電車】


ガタン――とは鳴らない電車。

窓の外で、街並みが郊外へと変わっていく。


ー車内ー

四人が同じボックス席に座っている。


窓側:澪、優斗

通路側:健、葉山


電車の揺れだけが、

座席のきしみや体のバランスで伝わる。


    メモ

 『“海のコア”とか

  名前からしてボス戦なんだけど。

  大丈夫か俺たち。

  レベル上げ足りてる?』


澪は、

車窓から見える空と遠くの光を眺めながら

スケッチブックを開く。


ページの上に、

さっきアプリに表示されていたログを書き写す。


 『FIELD_0010:海岸音場コア

  強度:★★★★★

  性質:NATURAL/WAVE/DISTORTION』


その下に、

自分の感覚を書き足す。


 『まだ見てないけど、

  きっと“とても大きな静寂”。

  でも、

  なぜか怖くはない。

  ちょっとだけ、楽しみ。』


    澪(心の声)

『わたしは“静寂”が好き。

 でも、

 世界中の静寂の中で

 いちばん“うるさい静けさ”は

 たぶん、海。

 まだ見ぬ静寂の音。』


優斗は、

スマホのLISTENERS FIELDアプリで

塔から送られてくる追加情報を確認する。


 《海岸コア情報:

  ・世界規模で観測されている“自然音の歪み”の一部

  ・この地域では特に強い波動

  ・LISTENERS FIELDの“テストポイント”として適性あり》


    優斗(心の声)

「“テストポイント”。

 つまり、

 ここでうまく扱えなかったら

 自然音の復元そのものが危ない。

 でも逆に、

 ここでコントロールできれば――

 世界の海の音に

 少しだけ手が届く。」


葉山は、

膝の上のノートに静かに書く。


    葉山メモ

 『自然音の復元は、

  人工音やシステムボイスより

  ずっと危険。

  理由:

  “終わりがない”から。

  波、風、雨――

  それらは、

  常に鳴りつづける音。

  世界に戻す時、

  どこまでの“音量・範囲”にするかが

  とても重要。』


健は、

わざと気楽そうな表情でメモを掲げる。


    メモ

 『はい、じゃあ今回のミッション内容。

  1:海の“音のコア”の状態を確認

  2:世界ぶっ壊れない程度に触る

  3:ミオの静寂地図アップデート

  4:全員、生きて帰る

  以上。』


澪と優斗が、

思わず笑ってうなずく。


電車は、

海の近くの駅へと近づいていく。


窓の外に、

夕日に染まり始めた水平線の光が

少しずつ見え始める。


【夕方・海岸線】


海岸。

水平線まで続く水面。


だが――波が、ほとんどない。


風は吹いている。

雲は流れている。

それなのに、水面は妙に“おとなしい”。


ところどころ、

静寂の表面に小さな「ゆらぎの点」が

ぽつぽつと浮かんでいる。


LISTENERS4人は、

防波堤の上に立って海を見下ろす。


アプリ画面。


 《FIELD_0010:海岸音場コア

  強度:★★★★★

  状態:安定/歪み有》


澪は、

海を前にして立ち尽くす。


視覚イメージ。


・本来なら波が打ち寄せるはずの場所に、

 巨大な“透明の壁”のような静寂。

・その表面に、

 細かい亀裂のような線。

 そこから時々、

 微小な“水音の影”が漏れては消える。


    澪(心の声)

『ここ、

 “波が封じられている”。

 音だけじゃなくて、

 揺れのリズムも。

 海が、

 息を止めているみたい。』


優斗は、

少し顔をしかめる。


耳の奥に、

かつて聞いた波音の記憶が

薄く蘇る。


 ザザーッ

 ザザーン


音としては聞こえない。

けれど、

足元の砂の感触や

湿った空気の重さが

そのリズムを教えてくる。


    優斗(心の声)

「俺、

 波の音、そんなに意識してなかった。

 海の近くで育ったわけでもないし。

 でも――

 “世界のどこかではいつも鳴っている音”として

 俺の耳の中に

 ずっとあったのかもしれない。」


健は、

砂浜に降りて

靴を脱ぎ捨てる。


素足で砂を踏みしめ、

水辺のぎりぎりまで歩く。


水は冷たい。

でもその冷たさに

“音の衝撃”が欠けている。


    健(心の声)

『海って、

 もっと“うるさい場所”だったって

 動画で見た。

 でも俺にとっては、

 最初から“静かな大きな水たまり”。

 ……おかしいんだよな。

 世界で一番でかい水が

 こんなにおとなしいの。』


葉山は、

資料と照らし合わせながら

ノートを書く。


    葉山メモ

 『世界規模で、

  海岸線の“音の消失”は

  人々の心に大きな影を落としている。

  波音=安眠・安心の象徴だった地域も多い。

  ここでの観測結果は、

  きっと遠くの誰かの救いにも繋がる。』


四人は、

防波堤の上に円を描くように座り込む。


中央に、

スマホ(アプリ画面)と澪のスケッチブック、

優斗のノートが並ぶ。


LISTENERS FIELD、

“海バージョン”の準備が始まる。


【海岸・LISTENERS FIELD:WAVEモード】


澪が、

スケッチブックを水平に持ち、

海を真っ直ぐ見つめる。


優斗は、

目を閉じて“内的音場”を開くイメージ。


健は、

砂の上に簡単な円を描いて

その中に立つ。


葉山は、

四人を見守りながら

塔と連絡を取るようにアプリに指を走らせる。


 《塔からのサブメッセージ:

  “自然音コア接触時、

   LISTENER-01の負荷に注意。

   無理に復元しようとせず、

   “輪郭”の観測に留めること。”》


    葉山(心の声)

『志藤さんなりの“セーフティライン”。

 でもこの子たちはきっと、

 ギリギリまで踏み込もうとする。

 止めるタイミングを見誤れない。』


澪の目には、

海岸線に沿って

巨大な“青白いリング”が見える。


リングは、

本来なら波のリズムに合わせて

規則正しく上下しているはず。


しかし今は、

途中で“空白ゾーン”があり、

そこで動きが途切れている。


リングの切れ目から、

微かな水しぶきの光が

飛ぶように消えていく。


    澪(心の声)

『この海の静寂は、

 完全な“沈黙”じゃない。

 “動きを止められた音”。

 波が、

 途中で凍らされてるみたい。』


優斗の頭の中には、

過去に塔で感じさせられた“世界の自然音”の束の

ごく一部が浮かび上がる。


・遠くの雷

・風に揺れる木々

・雨粒がアスファルトを叩く音

・そして、

 どこまでも続く波音。


その中から、

“波音”だけを掴み出そうとする。


    優斗(心の声)

「もし、

 波の音を全部一気に戻したら

 世界中の海岸で

 とんでもないことになる。


 だから今は、

 “ここだけ”、

 “小さく”、

 “少しだけ”。


 まるで、

 壊れたスピーカーのボリュームを

 ゼロから一まで上げるみたいに。」


澪が、

スケッチのリングに

そっと鉛筆を走らせる。


・止まっていたリングの一部に、

 弱い揺れを描き込む。

・それは“現実を書き換える”のではなく、

 “残っている動きの線をなぞる”イメージ。


健は、

砂の上の円の中で

水のほうを向き、

目を閉じて集中する。


頭の中に、

“まだ聞いたことのない波音のイメージ”が

ぼんやり浮かぶ。


    健(心の声)

『俺は波の音を知らない。

 でも、

 きっとこんな感じっていう

 “想像の波音”なら出せる気がする。

 それを

 澪の静寂地図と

 優斗の記憶の残響に

 混ぜる。

 ……それ、ズルじゃね?

 でも、“ズルい想像力”も

 LISTENERSの武器だろ。』


四人の意識が、

“海のコア”に向かって

ゆっくりと重なっていく。


アプリ画面が変化する。


 《WAVE FIELD:

  LISTENER-01:LINK

  LISTENER-04:LINK

  LISTENER-?(証聴者):PARTIAL LINK

  補助:FIELD CONDUCTOR(H.)》


海岸線の空気が、

少しだけ重くなる。


風が、

ほんの一瞬止まる。


静寂の中――


“それ”は、

確かに動いた。



---


【海岸・“波の影”が立ち上がる】


水面。


今まで、

ただ平らに揺れていただけの海。


しかし、

岸から数メートル先――

一筋の“影の波”が

小さく立ち上がる。


音はない。


でも、

まぎれもなく“波の動き”。


すぐに消えてしまうが、

次の瞬間、

また別の場所で

小さな影の波が立つ。


・子どもがバシャッと水を蹴るような波

・船が通り過ぎたあとの細い余韻の波

・穏やかな凪の中で、

 岩に当たるささやかな波


どれも音はない。

けれど、

視覚と空気の震えで

“波音のリズム”だけが伝わってくる。


澪のスケッチブックには、

連続する細い線が

少しずつ太くなっていく様子が描かれる。


    澪(心の声)

『これは――

 “波の影”。

 音が戻ったわけじゃない。

 でも、

 静寂の中に

 波のリズムだけが戻り始めた。

 海が、

 ちょっとだけ呼吸した。』


優斗の胸の奥で、

何かがザワっと震える。


昔、

テレビの前で見た海の映像。

そのとき知らないうちに

耳に染み込んでいた波音が、

今、

“幻”として揺れ始める。


    優斗(心の声)

「これが――

 “自然音の戻し方”。

 一気に音を戻すんじゃなくて、

 “波の呼吸”を

 思い出させる。

 LISTENERS FIELDの、

 海バージョン。」


健は、

砂浜で思わず笑う。


    メモ

 『なんか今、

  頭の中で“波のSE”が鳴った。

  実際は静かなままなのに。

  でも、

  嫌な感じじゃない。

  むしろ、

  ずっとここに座っていたくなる。』


葉山は、

海と子どもたちを交互に見ながら

胸の奥が熱くなるのを感じる。


    葉山(心の声)

『世界中の海で今、

 同じような“波の影”が

 少しずつ立ち上がっているのかもしれない。

 LISTENERSの選んだMODE Eが、

 静かに世界を書き換え始めている。』


海のコアは、

完全には解けていない。


だが、

巨大な“静寂の壁”の表面に

細かなひびが入った。


その隙間から、

“波音になる前の揺れ”が

少しだけ漏れている。


アプリ画面に新しいログ。


 《FIELD_0010:海岸音場コア

  STATUS:

   静寂のまま/波の影の復元開始

   LISTENERS FIELD:PARTIAL APPLY》


【夕暮れの海・LISTENERSの選択】


太陽が沈みかけ、

空はオレンジから群青へ。


波打ち際には、

ときどき“影の波”が立ち、

すぐに消える。


音はない。

でも、

そのリズムだけで

“穏やかな波音”を

脳が勝手に補完し始める。


澪は、

スケッチブックを閉じて

少しだけ笑う。


    澪(手話)

『わたし、

 静寂が好き。

 でも――

 この静寂は、

 “波が息をしている静けさ”。

 前より、

 あたたかい。』


優斗は、

海を見ながらノートに書く。


 『俺たちは、

  音を“完全に戻した”わけじゃない。

  ただ、

  自然が自分で音を思い出すための

  “きっかけ”を作っただけ。


  それでいい。

  たぶん、それが

  LISTENERSのやり方だ。』


健は、

自分のスマホで

“波音アプリ”のアイコンを眺める。


前はBGMとして使っていたであろうアプリ。

今は押しても何も鳴らない。


    健(心の声)

『いつか本物の波音を

 この耳で聞けるようになったら――

 このアプリ、消そ。

 本物で、お腹いっぱいにしてやる。』


葉山は、

防波堤の上から

三人を見下ろし、

静かに目を細める。


    葉山(心の声)

『LISTENERS。

 世界の静寂の中で、

 “音の影”と“静けさの形”を

 同時に見つめている子どもたち。


 この子たちが描く地図が、

 世界が“音をどう取り戻すか”の

 最初の指標になる。

 ……大人たちは、

 それを邪魔しないように

 ただ見守るしかない。』


遠くの空。


塔の観測室のモニターに、

海岸の波形グラフが表示される。


完全な直線だったラインに、

微細な揺れが追加されている。


志藤の横顔。

眼鏡の奥の目が、

その揺れをじっと見つめている。


    志藤(字幕)

『……LISTENERS FIELD。

 自然音への“最初の一手”としては、

 悪くない。


 さあ、

 世界中の海で

 どんな夢が見られるだろうね。

 波音のない眠りから、

 人々は何を思い出すだろう。』


海岸に視点が戻る。


四人の影が、

伸びた波の影と

重なるように砂浜に映る。


上空から引きの画。


静かな海。

だが、

水面のあちこちで

“波の影”が小さくきらめき始めている。


    ナレーション(字幕のみ)

『――世界はまだ静かだ。


  それでも、

  静寂の中に“リズム”が戻り始めた。

  それは、

  音が戻る前の“予告編”のようなもの。


  LISTENERSたちは今日、

  世界最大の静寂の前で

  小さな一歩を踏み出した。


  波のない海で。

  それでも、

  確かに波を感じながら。』


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