【後編】
ーー4ーー
端的に言おう、提供された料理はどちらも美味かった。グルメコラムの担当ではないので詳細を語らないが、ポールと半分ずつ分け合うくらいのレベルとだけ伝えておけば、賢明な諸氏なら察するにあたうはずだ。
閑話休題。腹も膨れたところで、睡魔に襲われる前にちゃちゃっと聞き込んでいこう。俺とポール以外に客が居ない以上、質問相手は自ずと一人に絞られる。
「ゴホン。ああ、雑誌を読んでるところ悪いが、いくつか聞きたいことがある」
「なんすか? 自分、ただのアルバイトなんで、ここのことには詳しくないっすよ」
「わかる範囲で結構。まず、一点目……」
灯り一つ無い部屋で眼鏡を探すような質問と、波間をたゆたう小舟のような回答を簡潔にまとめると、こうだ。
エドガーは調理系の職業学校に通う学生で、下宿先の先輩の紹介で、この店で働いてるのだという。基本的に店長は客が多い週末だけホールに立って常連たちの相手をしているそうで、平日不在らしい。
「そこのドアが開かなくなってるんだが、心当たりはないか?」
「ええ、それ本当っすか? 困るなぁ。店の前のバイク盗まれたら、アパートまで帰れないっすよ」
どこまでも自己本位というか、当事者意識が低いと言おうか。慌てられても困るが、こうも他人事のように捉えられては、まったく話にならない。嘘でも謙遜でもなく、本当に何も知らないのだろうな。
ーー5ーー
「……ロードさん。クロードさん!」
「おおっと、いけねぇ。寝ちまったか」
ポールに肩を揺すられて起きると、皿もカップも片付けられていた。会計も済んでいた。ついでにエドガーの姿も消えていた。
「あれ、店員は?」
「ウサギのお兄さんなら『遅番終わったから帰る』って言ってたよ」
「そうか、帰ったか。えっ、どうやって?」
「あっちに降りてったよ。窓の外でバイクがブルンブルンいう音がしてたから、もうお家にかえったんじゃないかなぁ」
ちょっと待て。従業員用出口があるなら、教えてくれても良いだろうに。ポール以外に誰も居ないのを確かめた俺は、スイングドアを押してカウンターの内側に入った。
「あっ、待って。僕も、僕もぉ」
ホールからは見えない位置にある業務用冷蔵庫の背後に下へ続く階段を見つけた俺は、喜び勇んで駆け下りた。その背中を追うようにポールもパタパタとついてきた。踊り場を折り返して一番下まで降りると、俺とポールの目の前に、緑の非常灯が照らす鉄製のドアが現れた。
「よし、開けるぞ」
開かれた間口の向こうに平和な街が広がってることを祈りつつ、俺はドアノブを回して外へと押した。
ーー6ーー
ドアの向こうには、朝焼けに染まる街が広がっていた。そして、ポールによく似た顔のアライグマ獣人が立っていた。姿を認めた瞬間「パパだぁ」と駆け寄って抱き着いたので、ポールの父ちゃんで間違いないだろう。
感動に水を差すとは思いつつ、立て替えたホットケーキとレモネードの代金を回収すると、二人とは手を振って別れた。
「ああ、目がかすむ。夕方の仕事に備えて、帰って寝直すとしよう」
安アパートに戻った俺は、ベッド代わりにしてるボロカウチで日暮れまで泥のように眠った。
*
あれから何度か、あの店があった街に立ち寄ってみている。だが、何度探しても見つからず、誰にたずねても知ってる人に巡り会えず、あの店に再びたどり着くことがかなわずにいる。あまりにも情報が乏しいものだから、最近では、編集長から「過労で観た幻覚だったのではないか」と疑われ始めてるほどだ。
店名は、喫茶「ひので」だ。もし、知ってる奴がいたら名乗り出てくれ。なんならエドガーという名のウサギ獣人に関することでも構わない。どんな些細な気付きでも、ぜひ「エドゥアルド&エドガー新聞」まで一報を。