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【前編】

ーー1ーー


 俺はハイエナ獣人のクロード。どこの新聞社にでもいる三文記者だ。

 たそがれ時、たまたま寄った喫茶店のカウンターでカプチーノ片手に取材原稿の執筆に没頭していたのだが……


「開かねぇな」


 いつの間にか、窓の外には夜の帳が降りていた。そろそろ店を出るかと思った矢先、どうやら俺は閉じ込められたらしいことに気付いた。

 さっきから何度も出入り口のドアノブをつかんで押し引きしている。だが、まるでセメントで固めたかのようにびくともしない。小窓のフックに掛けられた開店オープン閉店クローズを知らせる洒落しゃれた筆記体が表裏に描かれた札と、上の角から垂れ下がっているベルだけが、カタコトカランコロンとわずかに揺れるだけだ。

 

「あのぉ、そのドアなら、たぶん開かないんじゃないかなぁって……あっ、ごめんなさい」


 ドアに執着して気付かなかったが、この店にはアライグマ獣人の少年がいたようだ。

 俺は、上目遣いでおどおどとこちらのご機嫌を伺っている少年に少しでも安心感を与えられるよう、しゃがみ込んで目線を合わせつつ、営業スマイルで話しかけた。


「教えてくれて、ありがとな。ところで、父ちゃん母ちゃんは、どこだ?」

「あのね、パパはトイレに行ってて、ママはお仕事」

「そうか。ところで、俺は新聞記者をしてるクロードというんだが、あんたの名前は?」

「ええっと、僕はポール。小学生をしてます」

「ハハッ。よろしくな、ポール」

「うん、よろしくお願いします」


 俺が片手を差し出すと、おずおずとポールも手を差し出してきた。俺は、少しでも恐怖心を和らげてやろうとその小さな手を両手で包むように握ってやった。すると、ポールは気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。


ーー2ーー


 さて。和やかな空気が流れたところで、状況整理と解決の糸口を探すことにしよう。

 出入り口からぐるっと店内を見渡してみる。四人掛けのテーブルが三つ、カウンター席が五つ、すりガラスの小窓が六つ。カウンター横のドアには、トイレを表すピクトグラムが描かれている。見上げると天井ははりがむき出しで、中央ではシーリングファンが回転し、見下ろすとタイル張りの床には年季が入っている。

 そして、カウンターの向こうでは、ウサギ獣人の若い店員がタバコを片手に雑誌を読みふけっている。よくよく注意してエプロンの胸元にある名札を見るに、青年はエドガーというらしい。

 俺は、テーブル席に戻ったポールに質問した。

 

「なぁ、ポール。あんた、腹は減ってるか?」

「う〜んと、ちょっとお腹空いてる、かな。だって、パパが戻ってきたら注文しようと思ってるのに、全然お手洗いから出てこないんだもん」

「それは困った父ちゃんだな。ちょっくら見てきてやるから、何を食うか決めときな」


 二つ折りのメニューを開いてテーブルの上に置くと、俺はトイレに向かった。

 別段催したわけでもないが、木製のドアを軽くノックした。

 返事が無いので再度ノックする。

 それでも梨のつぶてなので、ノブを回してみる。すると、中から施錠されていなかった。


「邪魔するぞ」


 おおかた子守疲れで居眠りでもしてるんだろうと高をくくってドアをあけた。すると……


「居ねぇな」


 そこには、光沢ある陶器と水面があるばかりで、いかなる種族の獣人の気配も無かった。


ーー3ーー


 いよいよ、異常な出来事に巻き込まれた。医者が背中を打診するような調子で壁をたたいてみたが、三方のタイル壁の裏に大きな空洞があるようには思えなかった。ポールに一杯食わされたか、いや、そんなことは……


「あれ、パパは?」

「ん? ああ、先に食っとけってさ。腹でも壊したんだろうな」

「えっ、大丈夫だった?」

「平気平気。そのうちケロッとした顔で出てくるさ。向かいに座って良いか?」

「ああ、うん。いいよ」


 出られない店でパニックを起こされても困ると考えた俺は、とっさに出任せを口走ってしまった。脳の片隅で後々どう辻褄つじつまを合わせるか言い訳を練りつつ、エドガーを呼びつけて注文をする。


「こいつにレモネードとホットケーキ、俺はエスプレッソとクラブハウスサンド」

「はぁい、レモネード、ホットケーキ、エスプレッソっすね」

「おい、クラブハウスサンドを忘れてるぞ」

「それ、モーニングメニューなんす」

「あっそ。それじゃ、シナモンドーナツをくれ」

「あいよ。すぐ作るから、ちょっと待ってね」


 眠そうな目に気だるげな態度だが、ちゃんとオーダーは通ったのだろうか。ここに来てから気になることばかりが増えているが、俺は無事に店を出られるのだろうか……

 ええい、空きっ腹で考えてもろくなことが浮かばない。続きは飯を食ってからにしよう。


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