クロスホース准教授、ゼミをする2
これ、どっちかって言うと傀儡師じゃね?
バリバリドサドサと、本棚が崩壊し、書物が床に落ちていく音を聞きながら、前世のゲームやファンタジー小説、TRPGなんかの知識で彼女の魔法系統を分類する。
名付けの瞬間、魔力の塊であるネズミゾンビに、彼女の両手から糸のような魔力が接続されたのを俺は見ている。というか、アッパーカットポーズで固まっているのはネズミだけでなく、ユネ・シズルカその人も、なのだ。
己の動きをトレースするのか?
「ごごごごご」
「ん?」
アワアワとネズミが踊りだす。いや、ユネが怪しい踊りを踊っている。
「ごめ、ごめ、ごめんなさいぃぃぃ〜!!」
やはり、傀儡師っぽい。その傀儡すらも己の魔力で生み出せるって、すごくね?
などと、俺が魔力の流れを探っていると、
「あ」
ぽしゅぅ、と空想ネズミゾンビが消滅する。
集中力というか、魔力操作に割くべき理性が全力土下座に投入されたためだ。
「ユネ、いいからいいから。それよりネズミが消えちゃったよ。もう一回呼んでよ」
「は、はぃぃ。おいで、ミッチー」
ぽむん、と、ファンシーな音がして、彼女の手のひらの上に現れる空想ネズミ。しかも、ゾンビ属性が失われている。もふもふふわふわなネズミだ。
「おお、いいね。これ、再現できる? もう一回消して、呼び出せる? 今度は机の上に呼んでよ」
こう見ると、召喚師っぽくもある。
「は、はい、ミッチー」
このようなやり取りを繰り返すこと小一時間。
「もう、ミッチー召喚は完璧だな」
かくして、シルクハットに燕尾服のジャンガリアンハムスター的なネズミが、ステッキをくるくる回して机の上で可愛く一礼するまでに、彼女の魔法を昇華することができたのだ。
「さて、どう感じた?」
俺は色んな可能性を見たが、それは、俺が持っているバックグラウンドが生み出した形だ。彼女は、彼女の知識の中でこの現象をどう感じたかを発露し、規定し、再現しなければならない。それがこの世界において術理として承認され、魔術として刻まれる。
「ミッチーは、生前の姿になって、私を手伝ってくれるって」
なるほど。やはり彼女の魔術の原点は死であり、今も死に惹かれるか。
その時の俺は、その程度に、軽く考えていた。
「私は、死者と、その、お話のできる、魔法使いになりたいんです」
「いいね。その魔法に、なんて名前をつける?」
「ふぇ?」
「それは君だけの魔法だ。君が名付けていいんだよ」
そしたら魔法省の役人が飛んできて、追試をして、独自性と再現性が認められれば正式に「魔導貴族」の称号と各種特権が与えられる。そのための申請書を、俺が書いてやろう。とは言わない。そんなことを言おうものなら気弱な彼女はひっくり返るだろうし。
「じゃ、今日は一旦ここまでとしようか。成果としては十分だ。次回までに魔法の名前を考えておいで。そして、もう問題ないだろうけど、ミッチー召喚は毎日練習を続けること。いいね?」
「は、はい。あの⋯」
いつも縮こまっている感のあるユネが、背筋を伸ばして俺を見る。
「先生、ありがとう、ございましたっ!」
勢いよく、ぴょこんと一礼。
その拍子に、ぱっつん前髪の間から紫の瞳と目が合って、思わずどきりとする。
「お、おう、また次回な」
そして俺は真理を知った。
目を合わせなくていいから、彼女は話しやすいんだ、と。それは、別に知りたくもなかった、前世分も加算された、骨の髄まで染み込んだオタク男子の心理であった。
「ターク先生」
テンション下降業務が、トコヨさんのデキる秘書ボイスで中断される。
「ああ、ありがとうトコヨさん、本棚の片付け、任せてしまったね」
「いえ。これも私の仕事です」
ユネの空想ネズミゾンビ(仮)に吹っ飛ばされた俺のマイクロゴーレム。そいつがバキバキ破壊した本棚は、何故か元通り綺麗になっている。
まぁ、トコヨさんだから。
なんだ、トコヨさんだったのか。
やっぱりトコヨさんだったんだね。
この3段活用が、クロスホース家の常套句だったので、俺は特に驚かなかったのだが、不意にいやな予感に襲われる。
そんなトコヨさんを、俺は連れ出してしまったのだが、実家は大丈夫だろうか?
思わず、追放系主人公の、主人公を追放した側の「阿鼻叫喚なその後」を想像してしまったのだ。そして、追放系主人公って座敷童っぽくね、とか、古典と現代娯楽小説の間の不思議な関係性に思いをはせ、今度の長期休みはトコヨさんを連れて実家に帰ろうと決意する。
そして、そこまでの間の数瞬。
俺はどうやらトコヨさんの呼びかけに応答していなかったようで、
「お坊ちゃま」
「ふぁいっ!?」
「やはり、おぼっちゃま呼びがよろしいようですね?」
と、嬉しそうに微笑まれる。
「脳が実家モードになっていただけだ。いや、実家でもお坊ちゃまはやめてくれって言ってただろ」
「私にとってお坊ちゃまは、たとえお爺さんになられてもお坊ちゃまなんですけどね?」
「ひぃ」
げに恐ろしきは長命種。
老人になっても、トコヨさんに若かりし頃の黒歴史を発掘、開陳され続ける未来が見える。
ああ、でもずっとトコヨさんと一緒な未来はそんなに悪いものであるとは感じられない。なにしろ、現時点で唯一、俺が挙動不審にならなくてもよい女子である。
まぁ、さすがに生きる時間が違うから、トコヨさんにもいつか素敵なエルフ男性が現れることを祈っておこう。俺は、まさにゆりかごから墓場まで、延々とお世話をされる側である。…あれ? なんだろう、このちょっぴり切ない気持ちは? もらってばかりだからだろうか。なんか恩返しを考えねばならんかな、これは?
「聞いてますか、お坊ちゃま」
「え、あ、はい、聞いてませんでした」
そこはかとないデジャブ感。
「この部屋の3代前の主は、テイマーとして名を馳せたハモク様です。グリフォンの女帝という二つ名が有名ですが、偵察や情報収集にはネズミの使い魔を好んで使っていたそうです」
「え? いきなりどゆこと?」
トコヨさんが、きれいに直った本棚から取り出したのはキンバー魔法学園教員総覧。
どこの研究室にも常備されている、魔法学園の歴代教師とその得意魔術を記した、いわゆる学園の血統書である。ちなみに俺は一度も目を通したことがない。
「彼女は今から20年ほど前に亡くなられ、彼女の魔力によって延命されていた最後の使い魔、ネズミのオハナと一緒に埋葬されました」
「なんで知ってるの?」
教員総覧の彼女の記載ページを捲っても、そんなことは書いていない。いや、グリフォンの女帝、は書いてあるけどさ。
「個人的に親交がありましたから」
「…まて、ネズミ? ちょっと待て。今整理するから」
驚きポイントは2つである。
ひとつ、なんでトコヨさん、そんな人と知り合いなんですか?
しかし、これは「まぁ、トコヨさんだから。なんだ、トコヨさんだったのか。やっぱりトコヨさんだったんだね」の三段活用で先送りすることとする。
喫緊の問題はこっちだ。
「トコヨさん、ネズミのオナハって、シルクハットに燕尾服でステッキ持ってた?」
俺がそう聞くと、
「はい。もう二度と出会えないと思っていた古い友人に、出会えたような気持ちになりました」
トコヨさんは嬉しそうにそう答えるのだった。