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専修免許課程、素案

「わっはっは、そりゃひどい目に遭いましたな、先生」

 ブルド・ドゴル教授はドワーフである。

 ザ、おっさん、それも、小さいおっさん的な外見で、焦げ茶色の豊かな口ひげとみっしりとした筋肉をたくわえている。専門は鉱物学。希少な、ミスリルに代表される魔法鉱物や、まだ見ぬ未知の鉱物に出会うため、深く、安全に坑道を広げる研究をしている、そんな、実に典型的な土魔法使いである。


 また、趣味が高じすぎて、もはや趣味を研究するアラサー女史しかいなかったこの土魔法専修の、魔法免許の課程をほぼ一人で支える苦労人でもある。


「ま、そんなときは落ち着いて、一杯やりませんかね?」

「え? い、いえ、これから授業なので」

 種族特性以上に酒が好きすぎるのが玉に瑕だが。


「しかし、上位免許ですか。確か、魔導貴族またはそれに準ずる者を2名以上専任教員に置かねばならない、でしたかな?」


 国家が設置した魔法学園では、その課程終了の証として免許状を発行している。

 下位から上位まで、ランクが3つあり、最低位の2級免許状、一般的な1級免許状、最上位の専修免許状に区分されており、2級免許保持者であっても、騎士団や研究所、冒険者ギルドに魔法省等、就職先は数多にある。


「ラドカザン嬢は授業をしませんからなぁ」

 そして学園の教授ともなれば、そのほとんどが魔導貴族だ。この酒飲みドワーフも基本土魔法以外に彼独自の魔法体系を構築している。


 よって、これまでも上位専修免許課程は置けたのだが、置いた以上、専任教員はその魔法課程を支える存在なのだから、何か授業を持たなければならない、というのが魔法省のルールであった。


「本人の観察日記が、かなりの研究成果として扱われてますので、学園としては居てくれるだけで十分な感じですしね」

 『ポタリー・ラドカザンの観察記録』といえば、土魔法学と農学の必須テキストとして市井に広く流通している。精緻かつ広大な内容で、他者が許諾を得て部分要約した、テーマや、植物種ごとの抽出版は一般の園芸愛好家にも好評なのだ。


 よって、彼女は執筆業だけでも、もう十二分に生活できる。へそを曲げて、学園を退職されようものなら大きな損失なのだ。知名度的にも、魔法省から支払われる補助金的にも。


「独自魔法使いの在籍数も、学園の格を決める重要な指標ですからの」

 グビリ、とドゴル教授は2つ用意されていた杯のうちの一つをあけ、俺が固辞した満たされているもう一つの杯を手に取る。当然中身は酒だが、ドワーフにとって飲酒は水分補給と同義だ。


「だから、演習か、実験・実習にしてしまえばいいんですよ」

「ん? おお、なるほど、そういうことか。冴えとるの」

 俺の結論だけの提案に対し、アルコールが入って頭が回り始めたドゴル教授がすかさず察して手を打つ。

「たしかにあれは実習といえよう」

 ポタリー・ラドカザン教授。彼女は趣味に生きる女ゆえ、授業はしないが趣味には寛容。よって学園内の園芸サークル顧問をかって出ている。このサークル活動を演習または実習授業に仕立て上げようというのだ。

「実際、サークルのレベルじゃないですしね、あれ」


 土魔法から、彼女が派生させた独自魔法、それは植物魔法と粘土魔法である。園芸サークル所属者の大半は、その教えを乞うために日々、土いじりをしていると言っても過言ではないのだ。


「陶芸サークルも立ち上げればよいかと。で、園芸と陶芸で、8コマくらい用意すれば十分でしょう。シラバスは、私がそれっぽく用意します」

「じゃあ、わしは一種免許同様基本8コマを担当して、ターク先生、お主がもう8コマだの」

「お互い座学4単位演習4単位で、十分行けそうですね」


 バカとハサミは使いよう。そして、バカと天才は紙一重。

 つまり「天才も使いよう」なのだ。

 研究者の尖りに尖った部分を削って「120点は取らなくていいから、みんなで80点取ろうね」、なんて政策は、天才の、天才たる部分を失わせしめる愚策に等しい。

 かつて流行った「2位じゃダメなんでしょうか?」の回答は、この文脈において、明確に、これ以上ないくらいに「ダメ」なのだ(なお、他の文脈であれば効率化につながることが多いので、視点としては大切である)。


「整理しようかの」

 2杯目をあけ、ブルド・ドゴル教授は感術紙を広げる。

 そこにゴツい手のひらをかざすと、印刷物のような美しいカリキュラム表が浮かび上がる。


 印字魔法。

 世界で魔法学園が生まれる契機となった由緒正しい無属性魔法である。

「24科目32単位、これで問題なさそうかの?」

 術式の内にフォントデータが取り込まれており、誰が唱えても同じような外観の、整った文字を出力する事務魔法だ。俺以外にも、転生者ってちらほらいるんじゃないのか? と思えるほど地球文明チックな魔術構成である。

「うーん」

 単位数には問題ないが、もう少しドゴル先生と俺の授業負担を減らしたい。

「ラドカザン先生のサークル、座学もありそうですし、全部1単位の実習ではなく、2単位の基礎と演習も入れときませんか?」

「おお、そうか」

「あと、一種免許状用の冒険実習とダンジョン実習は、こっちにも組み込んで合同開講にしましょう。上位課程の学生には、一種の学生を率いてもらって指揮能力や危機対応能力を育てるんです」

「いいのぅ、いいのぅ。そうなると、わしらの授業負担を少し減らしても良さそうだの?」

 ドゴル教授も正しくその意図にたどり着く。

「4単位増えたのでお互い2単位ずつ削りましょう」


では改めて。

専修免許状(土)

ポタリー・ラドカザン教授

・樹木魔法講義 2単位

・樹木魔法演習 2単位

・樹木魔法実習 1単位

・樹木魔法実験 1単位

・粘土魔法講義 2単位

・粘土魔法演習 2単位

・粘土魔法実習 1単位

・粘土魔法実験 1単位


ブルド・ドゴル教授

・射出放出魔力特論 2単位

・展開維持魔力特論 2単位

・土魔力操作演習  2単位


ターク・クロスホース准教授

・親和物体操作概論 2単位

・操作魔法概論   2単位

・操作魔法演習   2単位


専修全教員

・魔術師冒険実習  4単位

・魔術師迷宮実習  4単位

 


 最上位の免許種、すなわち「専修免許」が要する追加修得単位数は24単位である。そのカリキュラムを構築しさえすれば、学園長ことマッスル禿のオーダーは達成だ。


 まぁ、実際はこれを魔法省に出すまでの、これでもかというくらいのねちっこい書類作成と、出したあとの、これでもかというくらいのねちっこい指摘と、認定を受けたあとの、これでもかというくらいのねちっこい法改正対応を、SAN値をゴリゴリ削られながら遂行していかなければならない運命、もとい、特級の呪いを課せられる行為にほかからない、というジレンマはあるが。


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