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ポタリー先生、襲来

「何卒、なにとぞお頼み申し上げますぅ」

 結婚を前提としたお見合いを求める手紙、なんというか、ラブレターよりメンタル的に重いやつ、を、這う這うの体でさばききった(迂闊にも保留してしまった1件を除き、すべて丁重にお断りした)翌日、俺が属する土魔法専修の主任教授、つまり俺の上司が、俺の研究室でヘコヘコと頭を下げていた。


 栗色、言い換えると大地の色の髪――髪色が発動可能魔法を示唆している、という説は広く受け入れられている――、をゆるふわロングにしたおっとり美人教授のポタリー・ラドカザンである。


 そして、子どものころから土いじりが大好きで、農作物から観葉植物、果ては植物型モンスターまで、土から生えるものは何でも、手当たり次第育てまくっていたら土属性魔法が生えていた、という、実に研究者に向いた人物である。彼女の土への興味はそれだけにとどまらず、最近は陶芸業界にも旋風を巻き起こしているらしい。


「ターク先生、ラドカザン様は伯爵家令嬢です。なんのお願いかは存じませんが、ここで好感度を上げておくことによって将来の正室候補にーー」

 覚醒遺伝エルフメイドが何やら不穏なことをのたまうが、ラドカザン教授は絵に描いたような「研究者体質」である。よって日常生活に属する各種スキルの壊滅っぷりはそれなりに有名である。


 伯爵家かつ「魔導貴族」でもある故、そして、その庇護欲をそそる容姿故、かつては俺以上に多くの縁談に忙殺されていたらしい。が、ある事件をきっかけに片っ端から破談になってしまったそうだ。

 見合い相手が、植物型モンスターに食われかけたのだ。もちろん、彼女が手塩にかけて育てたやつに。ひっきりなしにやってくる縁談をブチ切るための自作自演だろうと俺は考えているが、食われかけたやつはご愁傷さまだ。


「私からもぜひお頼み申し上げます。お嬢様を、ポタリー様をもらってあげてください!」

 なぜか彼女の従者からも熱烈なラブコールを受けるが、

「私はこれからも趣味に生きるんですっ! ほっといてくださいぃ!」

やはり当人に全くその気はなく、

「だからぁ、私の趣味の時間を確保するためにも、ターク先生、お願いしますよぉ」

懇願に、一切の悪びれもなく全開の煩悩を載せてくる。


「それ以前に、恐縮ですが、私に何を頼みたいのか、その肝心の中身を伺っていないのですが?」

 なので、一旦俺はいなしてやることとする。

 なにしろ研究者は結論ありき。頭の回転が速すぎるのだ。自己中ともいうが。

「えっ? 言ってませんでしたっけ?」

 だいたい想像はつくが、お願いはきちんと自分の口から言わねばならない、と、トコヨさんも言っていた。まぁ、そんなふうに幼少期の俺(前世40余年+3歳児くらいのころだったか?)を導いてくれた素敵なお姉さんも、今や俺に片っ端から結婚相手を見繕おうとする昭和のおせっかいお姉さん(容姿変わらず)になってしまったが。


「ううう、学園長がぁ、学園長がぁ、」

 やっぱりか。俺はそれで大体を察する。

「またいつもの個人的思い付きから生まれる無茶振りですか。ご愁傷さまです」

 ここに就職してまだ2か月程度の俺だが、それでも、そのパワーワードで脳裏に浮かぶは我らが学園長のマッスル禿。

 およそ魔術師に似つかわしくない体躯で、その実、肉体強化魔法の達人である。その経歴や華々しく、ドラゴンを片手で絞殺した逸話が他国にも轟くリバロック王国の肉弾兵器である。…ってあれ? 魔術師じゃないかも? 魔術師の定義ってなんだっけ?


 そんな学園における学園長職は、基本、実績ベースで年功序列。つまり、歴代学園最強魔術師が年齢の上から順に、引退するまで座る、半分くらい名誉職だったのだ。

 我らがマッスル禿も、名実ともに最強であったため、引退年齢までの3年任期で学園長の椅子に座った。そうしたら、その瞬間に、晴天から霹靂が降ってきた。


 あろうことか魔法省が、学園の「ガバナンス改革」を促進するため(と、婉曲表現で本来の意味を巧みにぼかしながら)、学園長の「リーダシップを強化する」方向に魔法教育法と、学園法を改正しやがったのだ。馬鹿じゃないのか? 頭狂ってんのか? 優れた研究者は優れた経営者で優れたリーダだと、本気で思ってんのか? 俺の目の前で、新任教員に仕事を丸投げしようとしているラドカザン先生を見てからものを言え!


 確かに、それでうまくいった学園も少数あった。が、それはもともと魔法省に物申すことのできる力のある学園。つまり、もともとその「ガバナンス」とやらが文化に組み込まれていた学園だ。大半がひどいことになった。そう、おのれの全能感に酔ってしまった学園長が独裁政権を構築してしまったのだ。


 ただ、幸か不幸か、前述のとおり独裁政権のトップは研究者である。

 彼らの生態を紐解けば、彼らの魂を駆動させる最大要因は「興味関心」でしかない。


 ゆえにその多くが根っからの善人で、純粋で、そしてひどく好奇心旺盛である。結果、魔法省には従順(魔術は徒弟性。上下関係は厳しいのだ)で、学内には思い付きの指示を出す(研究には仮説と検証が必須なのだ)、とんでも経営者が多数出現したのだ。


 一方で、魔法省の目的は達成されたとみてよい。学園長は学園のガバナンス改革(?)を行い、魔法省は学園長のガバナンス改革(?)を行う、つまり、学園長に多くの権力を集めることで、魔法省の意を通しやすくした、より悪意を持って表現すれば、学園長を介した魔法省の学園支配体系が確立したのである。


「で、そんな学園長は主任に、なんと仰られたので?」

「はいぃ。ターくん先生が着任されたので、土魔法専修でも上位免許を出せるようにしろってぇ…」

 キラキラと瞳に星を溜めながら、キュルルン、という擬音とともに上目遣いで俺を見るポタリー・ラドカザン専修主任。ちなみに彼女はアラサーである。アラが、サーの前を指すのか後を指すのかは永遠の謎としておかねば命が危うい。一方俺は転生の結果、現在16歳で、成人の仲間入りをしたばかりのルーキーだ。

 ゆえに冒頭のトコヨさんの一言から始まる一連の「もらってください」騒動は、俺が着任した当初から鉄板のボケツッコミなのだが、趣味に生き続けた結果、ストレス知らずでお肌ツヤツヤな彼女のキュルルンは、大人の女性にしか出せない色香も加わって、今も、いや今だからこそ、唯一無二の破壊力を持っているのもまた事実。


「学園長にしてはまっとうな指示ですね」

 とはいえ、転生前の年齢と合わせると、還暦に至る程度には人生経験を有する俺である。いまさらこの程度の精神攻撃に屈するほど…。

「ターくん先生、お顔が真っ赤ですよ? 可愛いわぁ」

 屈するほど…。

「これは、意外に脈アリですかぁ?」

 ちなみにこの脈は、仕事を丸投げできそうな脈である。色恋方面の脈ではないのがポタリー・クオリティー。

「そういえば、お坊ちゃまは昔から年上の女性にあこがれる傾向がありましたね」

「お嬢様、速やかにターク先生を園芸沼か陶芸沼に叩き落とすのです。お互い魔法属性はお揃いなんです。あとは趣味が合えばどうとにでもなります」

「あらまぁ、その手は考えたこともありませんでしたねぇ」

 いやちょっと待て、そこの3人娘。あと、トコヨさん、お坊ちゃま言わない。ラドカザン先生、ターくんやめて。


「じゃ、じゃぁ、俺はこれから4コマ目の授業だから失礼しますね。上位免許の課程認定についてはドゴル先生にも相談しときますんで」

「「「あっ、逃げた」」」

 肉食動物の気配を感じた草食動物は、速やかに逃げ出さなければ食べられてしまう。それが自然の摂理だ。三十六計逃げるに如かず。4時間目開始にはまだ時間があるが、先にブルド・ドゴル教授に報告しとけばいいだろう。

 そう考えた俺は、肉食動物の縄張りとなってしまった自分の研究室から一目散に逃げ出すのだった。


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