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7話 甘くてほろ苦い時間

 ユイは少し照れくさそうに目を逸らす。心の中で、彼の言葉に暖かさが広がるのを感じていた。


「……ありがとう、ユウ」


 その後、二人で楽しくカレーを作り終え、テーブルに並べた料理を見て、また笑い合う。ユイはようやく、心からリラックスしてカレーを食べ始める。


「おいしいね!ユウ、料理上手!」


「ありがとう!ユイも手伝ってくれて、すごく助かったよ」


 二人の距離は、確実に縮まっていく。今日の出来事は、二人にとっての大切な一歩だった。


 夕食のカレーを食べ終え、片づけもひと段落した頃。リビングのソファーに、風呂上がりのユイがちょこんと座っていた。

 ふんわりしたパステルピンクのルームウェアは、袖口に小さなリボンがついていて、どこか子猫のような可愛らしさがあった。髪はまだ少し湿っていて、柔らかな金髪が肩にかかっている。その頬はほんのり桜色に染まり、湯上がりの余韻が残っていた。


 ユイは膝を抱えるようにしてスマホをいじっていたが、時折くすっと微笑んでいる。その仕草があまりにも無邪気で、つい目が引かれてしまう。


 俺は食器を洗い終え、ふとソファの後ろを通りかかった。そのとき、ちらりとスマホの画面が目に入った。

 画面には、可愛らしいハートマークがいくつか並び、誰かと楽しげにやり取りをしているようだった。


「ユイ、そういう相手がいるんだな」

 何気なくつぶやいたつもりだったが、すぐにユイが慌ててスマホを隠すように胸元に引き寄せた。


「ち、ちがうしっ! 勝手に見ないでよっ! ユウには関係ないでしょ!」

 顔を真っ赤にして抗議するその姿は怒っているようで、でもどこか必死で――。


 俺は小さく笑って、少し肩をすくめながら言った。

「わるい、わるい。俺には関係ないんだな……」


 そのまま背を向けてリビングを出ようとした――そのときだった。


「……関係なくない」

 か細い声とともに、ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。

 振り返ると、ユイが少し涙ぐんだ瞳で俺を見上げていた。


「……ごめんなさい」


 その言葉には、素直な気持ちと、何かを伝えたくてうまく言葉にできないもどかしさがにじんでいた。


 その一言に、俺の足が止まった。


 ユイは小さな拳で自分のパジャマの裾をぎゅっと握りしめ、潤んだ瞳を伏せたまま、ぽつりとつぶやくように言った。


「ユウが出ていこうとしたの……すごくイヤだったの」


 その声は震えていて、でも真っ直ぐで。

 どう返していいかわからず、俺は戸惑いながらも顔をゆるめた。


「そっか……イヤだったか」


 ゆっくりとユイの前にしゃがみこむ。

 目線を合わせると、ユイは驚いたように少しだけ目を見開いた。


「……俺もさ、ユイが誰かと仲良くしてるの、ちょっとだけ気になった。おかしいかな」


 そう言うと、ユイはぱちぱちと瞬きをし、それから――


「おかしくなんか、ないもん」


 そっぽを向きながらも、顔がほんのり赤く染まっているのがわかる。

 頬をふくらませて、でも口元には照れたような笑み。


「ユウは……ユイの味方でいてよ。ずっと」

「もちろん」


 それがどんな意味なのかは、まだはっきりとは言えないけれど――

 この小さな空間で、確かに何かが変わり始めていた。


 朝。リビングに差し込むやわらかな日差しの中、ユイがソファで膝を抱えていた。

 食卓の向こうで、俺はコーヒーを啜りながら、ちらりとその様子を盗み見る。


「……なに?」

「いや、なんでも」


 いつもよりちょっと長めの寝間着の袖から、細い腕が覗いている。金髪は寝癖で少し跳ねていて、それが妙にかわいかった。


「ふーん……」

 ユイはぷいっと横を向いたけれど、ちらっと俺の方を見ているのがバレバレだった。


 ――距離が近くなった分、逆にどう接すればいいのか分からない。

 昨日のあの出来事が、互いの距離を確かに変えていた。


 やがてユイが立ち上がり、何気ないふうを装ってキッチンへ歩いてくる。


「ユウ……今日って、お昼いるの?」


「んー、いるよ。何か食べたいのある?」


「……なんでもいいけど、ユウが作るやつなら」


「お、甘えてきたな?」


「ち、違うし! ただ……あんまり変なの作らないでって言ってるだけ!」


 顔を真っ赤にして言い返すその表情に、つい笑ってしまう。


「はいはい、じゃあオムライスとか?」


「……うん、それでいい」


 小さく頷いたあと、ユイは背を向けたまま――ほんの少し、声を落とす。


「……名前、書いてくれてもいいからね」


「え?」


「な、なんでもないっ!」


 パタパタと逃げるように部屋に戻っていくユイの背中に、俺もつい笑ってしまった。


 甘くて、じれったい。

 でもこの日常が、少しずつ色づいていくのがわかる。


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