4話 ふたりの距離、少しずつ
夕暮れの帰り道、ふたりは商店街に立ち寄った。
コロッケ、きんぴら、ポテトサラダ、甘めの卵焼き。素朴なお惣菜の袋をぶら下げて、寄り道しながら家へ戻る。
「この卵焼き、甘くて美味しい〜!」
夕食を囲んで、ユイが嬉しそうに微笑む姿を見て、俺も自然と頬が緩む。
ああ、こういうのっていいな。まるで――家族みたいな、そんな温かい気持ち。
夕食を終え、俺は食器を片付ける。ユイはお風呂へ。
やがて脱衣所の扉が微かに開き、タオルのかけ直しにでも出たのだろう――。
ふとした拍子に、その扉が完全に開いた。
湯気の向こう。濡れた金髪がふわりと光を反射し、肌は湯上がりで桃色に染まっていた。
肩にかかった髪のしずくが、滑るように鎖骨を伝う。
思わず息をのむ――というより、全身が固まった。
ユイも同じようにこちらを見ていた。動けず、言葉もなく。沈黙が流れる。
…………。
「きゃっ!?」
はっと我に返ったのは、ユイの小さな悲鳴。慌てて俺はドアを閉めた。
「ご、ごめんっ!!!」
ドアの向こうから、しばしの沈黙の後――
「……み、見たぁ!? ねぇ……見たでしょっ」
少し怒ったような声。でもどこか、照れているような響き。
「いや、ちが、ちが――違うっていうか、なんというか、偶然で……!」
「もうっ……バカ……見たなら責任とってよねっ……」
ユイの声はますます小さく、でも確かに聞こえた。
風呂上がりの出来事は、しばらく尾を引いた。
それからユイは、少しだけ態度が変わった。
どこかよそよそしくなったかと思えば、妙に距離が近い時もあって。
「べ、別にあんたのことなんか、意識してないんだからねっ」
ある日、そんな“ツン”を放ってきたかと思えば――
「……でも、変な夢とか、見ないでよね……」と、頬を染めながら小さく言うのだった。
ふたりの関係が、少しずつ“変わり始めた”のは、きっとこの日からだ。
――翌朝。
いつもと同じはずの朝なのに、どこか空気が違った。
ユイはキッチンの隅に座って、トーストを見つめながらもくもくと食べていた。
こちらに視線を向ける様子はない。でも、視線を感じる。
こっちもどう声をかけていいかわからず、コーヒーを啜るしかなかった。
……あれから、完全に気まずくなった。
「……あのさ、昨日のことだけど――」
「っ! な、なにも言わなくていいからっ!」
ぴしっとユイがスプーンを置く音。顔を真っ赤にしているのが分かる。
けど、その瞳はほんの少し潤んで、拗ねた子どもみたいに見えた。(実際、子どもなんだけど……)
「いや、でもさ……見たっていうか……事故というか、な……」
「うるさいっ!それ言わないでって言ったのにっ!」
わかりやすく怒ってるけど、耳が赤く染まっていた。
……これ、怒ってるんじゃなくて照れてるな。
「じゃ、今日……散歩でも行く?あの自然公園、もう一回。」
「……べ、別に……行ってあげてもいいけど?あんたが寂しそうだから、仕方なくだからっ」
やっぱり照れてる。
でも、ちょっとだけ俺の方を見て、口の端だけ笑ったのを見逃さなかった。
公園への道のり。話しかけるタイミングを互いに探りつつも、結局ふたりとも無言が続く。
だけど、時おり指先が触れるたびに、互いにそっと手を引っ込めたり、気まずそうに視線を逸らしたり。
「……昨日の私、恥ずかしかったの。見られたのも……でも……」
「でも?」
「……嫌じゃなかったって言ったら、変かな……?」
その一言に、俺は歩く足を少しだけ止めた。
「ううん……ちょっと、嬉しかったかも……」
顔を伏せながら、ユイがぽつりと呟いた。
昼下がりの帰り道。並んで歩くユイの姿が、ふとした瞬間、目に焼きついた。
柔らかく風に揺れる金色の髪。その色は日本では滅多に見ない――まるで陽だまりをすくい取ったような、自然に輝く金髪だった。
彼女の肌は健康的な白さでほんのりと桃色がかって、陽射しに照らされるたびにほのかに透けるほど繊細で、思わず目を奪われる。
街行く人がちらりと視線を送るのも無理はない。彼女の姿はまるで絵画の中から抜け出してきたような――そんな幻想的な美しさを宿していた。
「ユイって、やっぱ……目立つな」
俺がつぶやくと、ユイは驚いたようにこちらを見た。
「え……そんな、こと……」
潤んだ青い瞳がゆらりと揺れて、小さく首を横に振る。
「目立ちたくて、こうなったわけじゃないし……わたし、ただの普通の――」
「いや、特別だよ。いい意味で。……すごく、綺麗だと思う」
ぽつりと口をついた言葉に、ユイは耳まで真っ赤に染まった。髪の間から覗くその白い肌が、桃のように淡く色づいていく。
「ば、ばか……!」
そしてぷいっと視線を逸らす。
――その仕草すら、どこか気品を感じさせた。
……と、そこへ。
「やーん、あんたたち、いい雰囲気じゃな〜い♡」
後ろからからかうような声が飛び込んできた。見ると、近所に住む佐倉さんが笑顔で手を振っていた。
俺たちはそろって固まり、しばし沈黙。
ユイの手が、そっと俺の袖をつまむのが分かった。
その距離が、少しだけ近づいていることに、俺もまた――気づいていた。
ちょこっと連投ですっ✨
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