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2話 雨の日の読書

 きっと親父も「そっか、気をつけてな」とか適当に返してるんだろうな。まったく、どいつもこいつも。


「そっかー。ま、俺たちも……適当に、のんびり楽しく過ごそうぜ。な?」


 そう言いながら、気づけば自然と手が伸びていた。

 ユイの頭にそっと触れて、軽く撫でる。


(わっ……すごい、サラサラでフワフワだ……)


 柔らかな感触に驚きつつも撫でていると、ユイがふと顔を上げた。


 そして――

「えへへ」と、恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに微笑んだ。


 その笑顔は、まるで春の陽だまりのように柔らかくて、優しくて――

 俺の胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じた。


 それにしても……家に美少女がいるというだけで、なんだか空気が変わるというか、落ち着かないというか……いや、むしろ癒されている気もする。

 非日常のようでいて、でも不思議と心地よい――そんな感覚に包まれていた。


 ――夕方。

 ユイはキッチンの隅で、そっと様子を伺うように立っていた。俺が冷蔵庫から食材を取り出していると、興味を引かれたのか、静かに一歩、近づいてくる。

「なに作るの?」

 控えめながらも、好奇心のにじんだ声に思わず振り向いた。


「カレーかな。簡単で美味いし、失敗も少ないしな」

 そう答えると、ユイは少しだけ眉を上げて考えるような顔をした後、口元を小さく開いた。


「……わたしも、やってみたい。手伝ってもいい?」


 意外な申し出に驚きつつも、自然と頬が緩む。

「もちろん!じゃあ、一緒に作ろうか」


 エプロンを手渡し、包丁の持ち方から、野菜の皮むきまで一つひとつ丁寧に教える。

 慣れない手つきながらも一生懸命に取り組むユイの姿は、なんとも微笑ましかった。

 時折、「できた!」と嬉しそうに報告してくるその笑顔には、達成感と純粋な喜びが溢れていて、見ているこちらまでつい笑ってしまう。


 玉ねぎを切るときには目から涙をぽろぽろこぼして、「これって修行?」と真剣な顔で聞いてきたのには、思わず吹き出してしまった。


 鍋の中でカレーを煮込む頃には、スパイスの香りが部屋中に広がっていた。ユイはその香りに鼻をくすぐられながら、瞳をきらきらと輝かせている。まるで、すべてが新鮮で楽しいと言わんばかりだった。


 出来上がったカレーを皿に盛り、二人並んでテーブルについたころには、あのぎこちなかった空気はすっかり消えていた。

 気づけば、なんとも自然で穏やかな空気が、俺たちの間に流れていた。


「これ、本当に美味しいね!」

 一口食べたユイは、ぱっと顔を輝かせる。


 その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 言葉では言い表せない、確かな幸せが、そこにあった。



 窓の外では、しとしとと雨が降り続けていた。

 静かな午後のリビングは、雨に湿った空気と穏やかな静寂に包まれ、どこか心地よい空間を作り出していた。


 ユイはソファに座り、じっと窓の外を見つめていた。

 まるで、何かを考え込んでいるようなその横顔に、俺は言葉をかけるのを少しためらう。

 けれど、ふと本棚の前で目に留まった一冊を手に取りながら、自然と口を開いた。


「こういう雨の日には、読書ってのも悪くないだろ。気になる本、あるか?」


 その声にユイはふっと振り向き、少しの間を置いてから、そっと立ち上がって俺のそばまで歩いてくる。


「読書……いいね。選んでも、いい?」


 微笑みながら見上げてくる彼女に頷くと、ユイはゆっくりと本棚を見渡した。

 淡い金髪が肩のあたりで揺れ、雨音と溶け合うように静かに揺れる。その何気ない仕草が、どうしようもなく穏やかな気持ちにさせてくれる。


 やがて、彼女が一冊の少し厚めのファンタジー小説を手に取った。


「これ、面白そう」


 その瞳には、先ほどまでの物思いとは違う、ほんのりとした明るさが宿っていた。

 まるで、ページの向こうにある世界をすでに想像しているかのような眼差しだった。


「いい選択だな。じゃあ、ソファでゆっくりしようか」


 俺はそばのブランケットを手に取り、軽く広げてユイに渡す。

 二人でソファに腰を下ろし、彼女が本を開くと、すぐにその瞳は物語の世界に吸い込まれていった。


 ページをめくる指先と、わずかに綻んだ口元。読み進めるごとに、楽しさがその表情ににじみ出ている。


「わたし、こういうの……好きだよ」


 小さく呟いたその言葉に、俺の口元にも自然と笑みが浮かんだ。


 しとしとと降り続ける雨音を背景に、俺たちは言葉少なに、けれど同じ時間を静かに過ごしていた。

 外の喧騒から切り離されたような、優しく、穏やかな午後――。

 そのひとときが、何気ないようでいて、どこか特別な時間に思えてならなかった。


 ――昼下がり、ふと目をやると、ユイが窓辺に佇んでいた。

 柔らかな日差しが彼女の金髪を優しく照らし、その瞳はどこか遠くの景色を見つめているようだった。


「外に出てみるか? 近所を案内してやるよ」


 声を掛けると、ユイは少し驚いたように振り向き、そして恥ずかしげに微笑みながら、小さく頷いた。


「うん……行ってみたい」


 俺たちは並んで靴を履き、玄関を出た。空は穏やかに晴れ、心地よい風が頬を撫でていく。

 ユイは周囲の景色に目を輝かせ、小さな歓声を漏らしたり、不思議そうに街並みや草木を見つめたりしていた。そんな姿を見ているだけで、こっちまで嬉しくなってくる。


「ここ、公園だよ。休みの日には、子どもたちがよく遊んでる」


 公園の入り口に差し掛かると、ユイは足を止めて、その緑あふれる風景に見入った。


「わぁ……きれい」


 その一言には、混じり気のない感動が込められていて、思わず俺の頬にも笑みがこぼれた。


 ユイはゆっくりとベンチに腰を下ろし、静かに周囲を眺めている。

 風に揺れる木々の葉、遠くから聞こえる子どもたちの笑い声、鳥のさえずり――

 彼女の姿は、まるで一枚の絵画のようで、時間がふと緩やかに流れ出したように感じられた。


「近くに、美味しい焼き立てパンの店があるんだ。寄ってみるか?」


 そう提案すると、ユイはぱっと顔を上げて、嬉しそうに頷いた。


 パン屋に着くと、ふわりと広がる香ばしい香りに、ユイの目がさらに輝いた。

 彼女は小さな袋を手に取り、うれしそうに顔を寄せて呟いた。


「これ……すごくいい匂い。早く食べたいな」


 帰り道、俺たちは焼き立てのパンを少しずつ分け合いながら歩いた。

 頬張って笑い合うその時間は、何とも心地よく、あたたかかった。


 ユイがこの場所に、少しずつ馴染んでいくのを感じながら、俺の心も自然と和らいでいく。

 特別な出来事があったわけじゃない。ただの穏やかな午後の散歩――

 けれど、その何気ないひとときが、どこか特別に思えたのだった。


お読みいただきありがとうございます(≧▽≦)

続きは……夜にっ✨

……たぶんっ(❁´◡`❁)

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