10話 朝の照れ隠し
――気づけば、窓の外が少しだけ明るくなっていた。
カーテンの隙間から漏れる、ほんのりとした朝の光が、部屋の空気をすこしずつ染めていく。
ユイはまだ、俺の隣で小さな寝息を立てている。
ほんの少しだけ、頭を預けてきたユイの重さが、心地いい。
その無防備な寝顔を見るたびに、胸の奥が温かくなる。
怖い夢を見たのか、それともただ寂しくなったのか。
それを全部言葉にしなくても、こうして寄り添ってくれたことが、なんだか嬉しかった。
ユイの髪が、朝の光にふわりと照らされて、金色に揺れる。
指先が、その髪に触れそうになって――やめた。
こんなに近くにいるのに、何も触れられない。
触れたら、きっとこの距離感が崩れてしまいそうで。
それが少しだけ、怖かった。
「……ん……ユウ……」
小さな寝言のような声が、唇の端から漏れる。
思わず心臓が跳ねた。名前を呼ばれただけなのに、それがやけに特別に思えてしまう。
俺は、静かに息を吐いて、そっと目を閉じる。
胸の中にまだ残るざわつきを、少しずつ静めるように。
ユイの存在が、だんだんと大きくなっていくのを感じていた。
でも、それが恋なのか、守りたいという気持ちなのか、まだ自分でもはっきりしない。
ただ――
この時間が、もう少しだけ続けばいいと、そう願っていた。
やがて、ユイがゆっくりとまぶたを開いた。
「……ん……あ……」
小さな声と共に、体をもぞもぞと動かす。俺の肩にもたれかかっていたことに気づいたのか、ユイはぱっと身を引いた。
「ご、ごめんなさいっ……!」
慌てて距離を取ろうとするその姿に、俺はつい笑ってしまった。
「謝らなくていいよ。ちゃんと眠れた?」
ユイは一瞬、口をへの字に曲げたあと、こくんと頷いた。けれど、頬がうっすら赤く染まっているのは隠せない。
「……うん。……あったかかった……から……」
その一言が、心にふわっと染み込んだ。
「そっか。それならよかった。」
俺が優しく返すと、ユイは恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ユウが、そばにいてくれると、安心するんだ……」
心がまた、軽く跳ねた。
「俺も、ユイのこと、守りたいって思ってるよ。」
その言葉に、ユイはちょっとだけ口元を緩めた。
でも、次の瞬間、真剣な表情でこちらを見つめてくる。
「……ねえ、ユウ。わたし、変かな? こんなふうに、一緒にいてほしいって思うの……」
その問いに、俺はしばらく言葉を探して――でも、すぐに笑って答えた。
「ううん。変じゃないよ。ユイは、ユイのままでいい。俺も、そんなユイが好きだよ。」
「……!」
ユイの瞳が見開かれる。
そして、言葉を失ったように黙ったあと、ふわりと、微笑んだ。
「……ありがとう、ユウ」
朝の光が差し込む部屋の中、
ささやかな「ありがとう」の声が、心に優しく響いていた。
朝ご飯を一緒に食べたあと、ユイはどこか落ち着かない様子で、ユウの服の裾をそっと掴んできた。
「ユウ……今日は、いっしょに、どこか……おさんぽ、行きたい」
「ん、もちろん。じゃあ、少し歩こうか」
休日の午後、二人はのんびりと住宅街の道を歩いていた。ユイはまだ少し眠たそうだったけれど、時折空を見上げては小さく微笑んでいた。
「昨日は、ありがとうね……」
ぽつりとこぼれた言葉に、ユウは横を向く。
「なにが?」
「……夜、隣にいさせてくれて……ほんとに、安心した」
ユウはその言葉に、一瞬だけ胸が詰まった気がした。
「俺も、隣にいてくれてよかったよ。嬉しかった」
ユイは少しだけ驚いたように目を見開き、そしてほんのりと頬を赤らめる。
それからしばらく、二人は静かに歩き続けた。
帰り道、夜風が頬を撫でる頃――
ユウはそっとユイの手を握った。
「……!」
ユイは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔を浮かべて、その手を握り返した。
「ユウ……」
「うん、手を繋いでみたくて」
「……嬉しい」
そう言って笑ったユイの表情は、昨夜の涙を忘れるくらい、明るくてあたたかかった。
しっかりと繋がれたその手のぬくもりが、夜の寒さよりもずっと、心を包んでくれていた。
そして、二人の歩みは――そっと重なって、新しい関係のはじまりを告げていた。
《おわり》




