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 おなじ名前のふたりがはじめて遊びに出かけ、次の日に別れて、二年ほど経った。


 両まぶたを上げる。

 眼前には、大きな建造物があった。見た目は神殿に似ているが、神殿ではない。

 短い階段をのぼり終えれば、出入り口、そしてその両隣に設置された二つの像が迎える。左には下半身が魚で、上半身がひとがたの男の像。右には下半身が鳥で、上半身がひとがたの女の像。どちらも神の子を象ったものらしい。

 ぼんやりと、二つの像を見上げる。別の生き物のからだが付いているのは動きにくそうだ、とか、像に関して思考したのは最初だけだった。

 あとはなにも考えずにただ見ていた。

「今帰ったとこか?」

 背後から声をかけられて、すぐには反応できなかった。

 像を見るのをやめ、一呼吸おく。

 そして──女神は振り向いた。

 女神が先ほどのぼってきた階段の下で、ひとりの男神が立っている。

 男神は大きな袋を肩に担ぎ、その重さを感じさせない動きで階段を上がる。またたく間に女神の前までやってきた。

 見た目は青年で、王女と同年代くらいだ。服の上には足首まで届く大きな布地の外衣を、片方の肩からわきの下に通し、ななめに着用している。髪は肩を少し過ぎるあたりまで伸びており、一つにまとめられていた。

(はじめて会った頃は、短髪だったのよね)

 短髪の時から癖のある毛をしていたが、長くなってもそこはなかなか変わらないらしい。

 目の前の波状にうねった髪の毛を、なんとなく観察する。

(でも。どうしてここに居るのかしら)

 前に男神が来たのはいつだったか。もう約束の時間が経過したのだったか。さて、どうだろう。

 女神は、ここ数日の記憶をたどる。

「どうしたんだよ。ずっと黙って」

 視線を、目の前の顔へと移す。

 男神がいぶかしげな表情をしていた。そういえば返事をしていなかったと、女神は思い当たる。

「ごめんなさい。ちょっと、たくさん考えごとしてて」

「たくさん考えごと? いつも起きてるのに寝てるみたいな、おまえが?」

 それは、矛盾しているのではないだろうか。女神は疑問を抱く。でも、口には出さなかった。

「まあね。あなたの髪は癖毛だな、とか」

「今さらかよ」

「確かに今日はあなたが来る日だったな、とも考えたわ」

「……おい。二日おきなんだから忘れるなよ」

 男神は、呆れた表情になる。若干、不満そうにも見えた。

「いつもはちゃんと覚えてるわよ。ただ、さっきも言ったけど。考えごとが多かったのよ。あなたのこと以外にも、いろいろとね」

 頭を使いすぎたせいで、からだが休息を必要としていた。だから出入り口の前で立ち止まってしまったのだ。

「詳しい話は、部屋でするわ」

「わかった」

 女神と男神は、横に並び、出入り口を通っていく。出入り口を挟む二つの像は、不審者が通ろうとすると警報音を鳴らす仕組みになっていた。もちろん今は無音である。

 この家に住まう神や精霊は、居場所を失い最後の最後に行き着いたここを追われるようなことがあれば、もうどこにも行けずさまようしかない者ばかりだ。そんな事態にならないよう、意外にも警備はしっかりしていた。この像も何度か役に立っている。報復し足りない執念深い神が押しかけてきて、頭が揺れそうになるほどのけたたましい音が響いた時もあったし。

 屋内に入ると、中央に受付が設けられている。大きな三日月形の台のそばに、ひとりの精霊が待機していた。台の上には白ふくろうが一羽居て、どうやら今は眠っているようだった。

 受付の精霊は女神たちを認識すると、ぺこりと御辞儀をした。男神と女神はそれぞれ短い言葉で挨拶を返す。それだけで、他の手続きなどはなかった。女神は入居者なのでともかく、男神は本当なら来客としての手続きが必要だ。しかし、あまりにも頻繁にここを訪れるため、受付の精霊が省略しても問題なしと判断してくれた。

 受付の精霊自身、入居者であり、その中でも最古参だ。女神と同じくベールをかぶっている。異なるのはベールが厚手で、しかも何枚も重ねて全体を覆い隠すようにしている点だった。

 からだに傷や、もしくは他と違う姿をしていて、疎まれてきた者は多い。

 女神は何十年か、ここに住み続けている。しかし、受付の精霊の分厚いベール、その向こうをしっかりと目にした時は、一度もない。たまにのぞく骨張った細い指と、しわのある手。事務的な会話をする際の落ち着いた声。知っているのはそれくらいだ。そして、それでよいと思う。実際の姿がわからなくても困らないから。

 わからなくても、この精霊が悪い子でないのは知っている。こうして、男神の件で便宜を図ってくれたりする、柔軟な部分もある。覆いを取らなくても、充分だった。

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