6
海辺での昼食を終え、休憩を少し挟んだのち。ふたりは後片付けをする。
女神は干したイチジクとナツメヤシの実が入っていた袋や、敷いていた毛織の布を畳んで、もともと入っていた大きな籠に戻す。王女は、料理の入れ物にしていた長方形の籠を大きな籠へと仕舞ったり、周りにごみを落としていないか確認した。
後片付けも終了すると、来た道をゆっくり歩いて帰ろう、という話になった。
「ねえ、りーちゃん。帰りなのだけど……歩きながら、りーちゃんのお話を聞かせてくれないかしら」
立ち上がった王女が、大きな籠を抱えながら、そう切り出す。女神は既に立って、今は太陽の位置を確かめていた。
「私の? いいけれど、例えばどんな話?」
「よければ、家族の話が聞きたいわ。わたしの家族の話は前にしたし。さっきも、おばあさんの御家族の話をしてもらったじゃない? だから、りーちゃんの所はどんな感じか知りたくなったの」
女神の表情が、思案するものに変わる。純粋に、ただ悩んでいる。
しかし黙り込んだ女神を見て、王女は、嫌なことを訊いてしまったと勘違いした。
「ごめんなさいね。それは、できないのよ」
「そう、よね。わたしこそ、ごめんね。嫌な気持ちにさせちゃって……」
「ああ、違うわ。家族の話ができないのは、別の理由。私、家族の記憶がないから」
ふだん通りの声色で、女神は言った。対照的に、王女は平常とは異なる、戸惑った声色で言葉を返す。
「えっ。家族の記憶がないって、どうして。なにかの事故で、記憶がとんじゃった、とか?」
「それも違うわ。……記憶の女神って、知ってる?」
「ううん。知らないけれど……」
「私より、ずっと昔からいる女神でね。今は、ほとんど隠居の身だけど。力は衰えていないし、記憶のことならなんでもできるの。別のからだへ記憶を移したり、記憶をよみがえらせたり。逆に、記憶を消したり」
女神の言葉のあと。わずかに遅れて、王女の双眸が見開かれる。
「だから、お願いして、消してもらったの。家族に関する記憶。まるごと全部ね」
百年は前の話よ、と、女神は付け加えた。
王女はというと、なにも返さなかった。なにも返すことができなかった、とも言える。
「家族の話じゃなくて、家族の記憶を消したことに関係する話ならできるわ。でも、悲しい話かはわからないけど、楽しくない話なのは確かだから。えーちゃんがやめておきたいなら、別の話をしましょう」
沈黙が、場に満ちる。
うつむき、答えを探していた王女が、決心したように顔を上げた。
「その話、聞かせてくれる?」
「わかったわ」
女神は頷く。そして、歩いてきた道を見遣った。
また、少々思案して。王女へと視線を戻す。
「とりあえず。その話を始めるのは、整備された道へ出てからにしましょう。道が悪い中でたくさん話すと、たぶん私、舌を噛むわ」
至極真面目な表情の女神。
王女は、ここに着くまでの、なめらかとは言いがたい女神の足取りを思い浮かべる。
最終的に、「確かに、そうかも」と、同意するほかなかった。
というわけで。ふたりはまず、あの道を怪我なく通過することを優先したのだった。