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 翌日。朝早くに出発した女神と王女が歩くのは、民家が建ち並ぶ、のどかな場所だった。

 昨日ふたりで相談した結果、市場のように人が多い所は避けたほうが無難だ、という話になったのである。

 王女は両腕に籠を抱えている。女神と合流した時から持っていたもので、中身はまだ王女以外知らない。

「こっちに行ってもいいかしら」

 分かれ道に差しかかって、女神が王女に訊いた。王女は、二回のまばたきで返す。

 女神の希望した道を進んでいく。

 一軒の、二階建ての民家の前を通ろうとする。そこで声をかけられた。

「あら、エレウテリアさん?」

 ふたりして同時に振り向けば、あの老女が立っていた。

 二階建ての民家は、老女の家だった。今しがた帰宅したようで、王女と同じく籠を携えている。

「まあ、おばあさん。おひさしぶりです。奇遇ですね」

 呼び声に答えたのは王女だ。

「おひさしぶりね。またこの町に居るってことは、旅の帰り?」

「はい。明日の昼までは滞在する予定なので、今日は少し、このあたりを歩いてみようかと。……あ。おばあさんは、このあと神殿へ?」

 王女が、隣の女神をちらりと見遣る。

 女神は、王女が聞き慣れない名で呼ばれたことへ首を傾げていたが、王女からの意味ありげな視線に、今度は逆向きに首を傾げた。

「そうしたかったんだけどね。実は、水汲みへ行った時、足をくじいてしまって。治るまで無理はできないから、ここ数日は神殿にも行けてないのよ。御近所さんにチーズを貰いに出るくらいで。今が、その帰りなの」

 老女は携えていた籠を、王女へと見せた。中には、羊乳から作った白っぽい色のチーズが入っている。

「足をくじいたって、大丈夫なんですか?」

「もう時間も経ってるから、痛みはほとんどないわ。腫れもひいてきたし。だけど、いつも手伝いに来てくれる、御近所の娘さんがね。孫と同世代で、仲が良くて。孫が都へ働きに出ても、手紙のやり取りをしているのよ。それで……娘さんが、わたしが捻挫したことを、孫に知らせてしまったみたいなの。近い内にわたしの様子を見に、帰ってくるって」

「お孫さんが? それは、おばあさんにとってよい便りではありませんか」

「そうね。孫と会えるのは、楽しみだけれど。せっかく都で働く夢を叶えたのだから、わたしのことは気にしなくてもいいのに……」

 老女は言葉を切り、自身の背後に建つ二階建ての家を見上げた。素朴だが、りっぱな煉瓦造りの家である。一階の窓は換気と採光のためにいくつか開かれているが、二階の窓はすべて閉ざされていた。老女は足を怪我しているので、二階まで上がるのは辛いのだろう。

 この家で、老女はひとり、暮らしている。

「ここ。わたしだけだと、広すぎる家でしょう? もとは、息子と、息子のお嫁さんと、孫。そしてわたしの、四人で住んでいたのよ。わたしが夫に先立たれてひとりきりだから、息子とお嫁さん揃って心配してくれてね。一緒に住もうと言われて、最初は迷惑じゃないかって思ったけど。最後は提案を受け入れることにしたわ。本当はわたし、嬉しかったのよ」

 ぽつりぽつりと、老女は語る。

「でも、孫がうまれて、三年が過ぎた頃。孫の両親ふたりは、出かけた先の事故で亡くなってしまった。まだ小さい孫を、わたしは親がわりになるつもりで、たいせつに……大切に育てたわ。孫は大きな病気もなく、健やかに成長してくれた。それだけで、もう充分。わたしに、抱えきれないくらいたくさんの幸福を、あの子は与えてくれたわ」

 王女、そして女神も、老女の声へ静かに耳を傾けていた。

 老女は、家から、王女に視線を戻す。

「突然、ごめんなさいね。なんだか、あなたに会ったら、神殿に居る時みたいにあたたかい気持ちになって。わたしの話を、聞いてもらいたくなったの」

「いいえ。おばあさんの御家族の話が知れて、よかったです」

 王女は、老女の足の怪我を慮って、それ以上立ち話をせずに別れた。

 道の途中。住人の目がない所で、女神が歩きながら口を開く。

「怒ってない?」

 きょとんとした顔で、王女は隣の女神を見つめ返す。

「私、こっちの道にあの老女の家があることを知っていたの。最近急に神殿に来なくなったから、様子が知りたくて。こっちの道へ行くのを提案して。でも、せっかくのお出かけを、利用したみたいになっちゃった。だから、怒ってるかと……」

 王女は、ようやく合点がいった表情に変わり、あわてて首を左右に振る。そして、女神の頭へ自身の頭を寄せた。

「怒ってないわ。というか、りーちゃんに言われるまで、そんなこと考えもしなかった。りーちゃんは、おばあさんが心配だったのでしょう? 家の近くに来たんだから、様子を見に行きたいと思うのは当然よ。わたしもおばあさんにまた会いたかったし、なんの問題もないわ」

「そう? ……なら、よかった」

 ささやく王女の声に合わせ、女神も小さい声で返事をした。女神の強張っていた表情が、やわらぐ。

「あ。じゃあ、次はわたしの行きたい所に行ってもいい?」

「もちろんよ」

 王女が、目的地について軽く説明する。往路(おうろ)にこの町を通った際、散策していて偶然見つけた穴場がある、とのことだ。

 先を進む王女に、女神は歩幅を合わせてついていく。

 そこからは、無言の時間が続いた。しかし、ふたりにとって居心地の悪い時間ではなかった。

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