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 視界に、友の姿が見える。そのことをお互いに認識した瞬間、ふたりの心は今日の空にも負けないほど、まばゆく輝いた。

 神殿の出入り口に近付いた時。王女の唇が愛称の音を発しそうになって、そこで止まる。今は後ろに侍女、周りに護衛と人の目が多い。

 出入り口で待っていた女神が、やわらかに微笑んだ。ベールをひるがえし、神殿の中へと手招きする。

 前回のように、王女だけが神殿に入り、いつもの椅子にふたりは並んで座った。他の者はいないので、ふたりきりだ。

「えーちゃん。新王は、どうだった?」

 ひさしぶりの再会の挨拶を終え、最初に話題を振ってきたのは女神。

 王女は少し考えてから、答える。

「結婚することになるかも」

 優しそうだったとか、相手の印象ではなく、その一言だけ。

「悪くない王さまではあったわ。この神殿も知っていて、わたしとりーちゃんがおなじ名前で驚いてたのよ」

 へえ、と女神は意外そうな声を出した。

「気に食わない相手だったら逃げ出して、狩りで生計を立てて生きていこうかと覚悟してたけれど、必要ないかしら」

「そんなこと、考えてたの」

「ええ。嫌な人と一緒に歩む人生なんて、わたしは御免だもの。もし、逃げ出すのがかなわなければ、命を絶つ覚悟もしていたわ」

 淡々と言ってのける王女。冗談ではなく、本気だ。頭にかぶる外衣からのぞいた顔は、静かに遠くを見据えている。

「わたしにとって悪い結末だし、あくまでも最終手段だった。だから、今は安心してるの。死ぬって、おそろしいことでしょう。死んだら、どんな言葉を並べても、結局すべて終わりだもの」

 死んだら──すべて終わり。

 不老不死の女神には、なじみのない感覚だ。

 女神の瞳が、王女の姿を映し続ける。いや。正確には、王女の唇を映し続けている。

「やだ、りーちゃん。そんなにじっと見つめられると、困ってしまうわ」

 女神は一度、まばたきをした。それを区切りとして、視線は王女の唇から、双眸へと向きを変える。

「ごめんね。せっかく会えたのに、こんな話して。わたしは長生きするつもりだから、心配しないで」

「……うん」

 明るく笑ってみせる王女に、女神は頷く。

 その後。話題は、女神が王女と離れている間どう過ごしていたかとか、そういえばお互いの好きな食べ物はなにかとか、お酒は強いほうか弱いほうかとか。様々なものへ移っていった。

「……で、新王の宮殿で開かれた宴でも、壺に入ったワインを飲み干さないようにしてくださいって、侍女が注意してきてね。流石に時と場所くらいわきまえてるわよって、ちょっとすねちゃった」

 その光景を再現するように、王女は声に抑揚をつけ、頰をふくらませた。それを目にして、女神はくすくすと笑う。

「りーちゃんはどう? お酒は好き?」

「私は……お酒は嫌いじゃないけど、弱いのよ。知り合いがよく飲んでるから、ためしに私も飲んでみたら、一杯の半分で倒れてしまって。その知り合いに介抱してもらったの」

「そうなんだ。神さまにも、体質ってあるのね……ああ。もう暗くなってきたみたい」

 王女は残念な感情を含め、つぶやいた。

 夜は、オイルランプやたいまつなどのあかりで照らさないと、ほとんどなにも見えない。今は夕暮れ時なので薄暗い程度だが、王女の宿泊する宿までの距離を考慮すると、到着する頃にはまっ暗になっているだろう。

 椅子から立ち上がった王女が、女神へ挨拶をするため口を開く。

 しかしそこで、女神が引きとめるように片手を伸ばしてきた。

「りーちゃん?」

 不思議そうな顔をしながら、女神へ呼びかける。

 女神の片手は、王女の片手の近くで止まったまま、掴もうとはしない。掴めないのだ。力の弱い神と人間は、直接触れることはできない。女神もそれをわかっていたので、手を伸ばすだけにとどめている。

「明日は、時間、ある? よかったら……えーちゃんも一緒に、町へ行かない?」

 いつもと違って遠慮がちで、たどたどしい口調だった。

「無理にとは言わないけれど──」

「行くわ!」

 女神の言葉をさえぎって、王女は勢いよく返事をする。

 ふたりは同時に「あっ」とした表情を浮かべ、また侍女の耳へ声が届いてしまってはいないかと、出入り口に視線を向ける。

 しばらく様子をうかがっていても、今回は侍女が駆けつける足音はしない。それを確認して、ふたりはお互いのほうを向く。

 王女は、もう一度椅子に座る。大きい声を出してしまったことを謝ってから、話の続きを始める。

「つまり、一緒に町へ遊びに行こうって意味よね? 長旅で疲れたからとお願いして、滞在を一日延ばしてもらったから、時間はたっぷりあるの」

「……疲れているなら、その分はしっかり体を休めたほうがいいんじゃないかしら。私としては、えーちゃんに無理をさせるのは望ましくないわ」

「もう。にぶいのね。りーちゃんといっぱい過ごしたいから、延ばしてもらったに決まってるじゃない。だから、問題ないわ」

 女神は予想外の発言に、目を丸くした。

 しかし次の瞬間には、その目もとは緩められて、「よかった」と嬉しそうに笑みをたたえていた。

「あ、でも外だと、話す時は気をつけないと。怪しまれちゃう」

「それなんだけど……私に考えがあるの」

 外での会話は、簡単な受け答えなら、“はい”は“まばたきを連続で二回”、“いいえ”は“まばたきを連続で三回”で。それで足りない時は、王女には小声で話しかけてもらう。

 女神の提案に、王女はこころよく賛成した。

「えーちゃんにばかり負担をかけてしまうけれど、これぐらいしか思い浮かばなくて。ごめんなさい」

「そんな。良い案だと思う。考えてくれて、ありがとう。宿に帰ったら連続まばたきの練習をしておくわね」

 真面目な顔で意気込む王女。

 女神は、口に手をあてて噴き出した。

「ほどほどにしてね」

「ええ。まぶたが疲れない程度にやるわ」

 お互いの顔を見て、小さな声で笑い合う。

 最後に明日の予定を決めてから、ふたりは「またね」と言って別れた。

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