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 長い道のりを終え、新王の宮殿に到着した王女は、新王に仕えているという侍従に案内されながら列柱廊を進む。

 荷物は故郷から連れてきた女中たちに任せた。今ごろ、滞在中に使わせてもらう宮殿内の一室へ運び込まれているだろう。侍女だけは、王女につき従っている。背後で目を光らせているので、言動には気を付けなければならない。

 王女は失礼にならない程度に、列柱廊の飾りを見つめた。柱は濃い青に塗られている。廊下の壁には絵が描かれていて、その題材は人物をはじめ、牛や羊、海の生き物、伝説の生き物など実にさまざまだ。

(こういう所は、うちの宮殿と変わらないのね)

 故郷の宮殿にも多彩な壁画があった。柱の色は青ではなく、赤なのだが。

 他に違いを挙げるなら、まずは構造だろう。故郷の宮殿は部屋数が非常に多く、しかも複雑な配置になっている。生まれてからずっと住み続けてきた王女でさえ、たびたび迷うのである。

 比べて、今居るこの宮殿は複雑すぎず、かと言って単純すぎる造りでもない。つまり、ちょうど良い。できればこんな家に住みたかった、と、王女はつい遠い目をしてしまった。まあ、新王と結婚することになるかもしれないので、全く可能性のない話でもない。

 廊下の角で曲がる。

 牡牛を模した像が視界に入った。ひとつひとつは片手に収まるほどの小さい像で、それが四つ、台の上に並んでいる。隣の台には同じ大きさの馬の像もあった。

 王女はあらかじめ叩き込まれたこの国の知識を、頭からひっぱり出す。

 牡牛は、故郷でもこの国でも聖なる存在として扱われている。先ほども述べたように壁画や像の題材として好まれるし、神への捧げものにもなる。

 実を言うと、王女が新王の婚約者候補としてやってきたのも、牡牛が関わっていた。王女自身は詳細をよく知らないが、どうやら父王がこの国の先代の王から、牡牛関連で怒りを買ったらしいのだ。戦争に発展するまではいかなかったものの、父王は報復として相当痛い目にあわされた。その傷が今でも忘れられないでいるのだろう。新王に代替わりしても御機嫌取りをしようと、こうして歳の近い王女を送り出したわけだ。

(ようやくわたしに縁談を持ってきたと思ったらこれだもの。まあ、婚姻が遅れてるのは姉さまや兄さまたちにいろいろあったから、仕方ないにしても……娘に過去の失敗の尻拭いをさせておいて、よく恥ずかしげもなく玉座に座ってられるわよね。おかげで、その尻の穴に、大根でも突き刺してやりたい気分だわ)

 王女は表情を崩さず、そんな王女らしさとは程遠い台詞を心中で語る。

 もとから父王への感情は、一言で表すなら“無”だった。今回の件で一段階、いや三段階くらい好感度が下がっただけの話だ。

 案内のため、王女の前を進んでいた侍従が、立ち止まり振り返った。

 どうやら王の間に到着したようだ。

 侍女には部屋の外で待機していてもらう。離れる直前、王女の黄色い服、その肩をとめるブローチが曲がっていたのを直してくれた。無言だったが、ふだんと変わらず世話を焼いてくれる姿で、自然と緊張がほぐれる。

 扉の横に立つ召使いたちが、ゆっくりと扉を開けた。

 王の間は広々としていた。部屋の奥、その中央には、背に華麗な彫刻が施された石製の玉座がある。玉座に腰かけるのは、王女と同年代の若い男。この者が、新王だ。

 奥へ進み、新王の前で、王女は膝を折って名を名乗った。紅玉髄(カーネリアン)のイヤリングが両耳で揺れる。一応、父王の名代という立場もあるので、故郷を想起させるような装飾品をと思い、柱の色にもよく使用される赤い石のイヤリングを選んだのだ。

 頭を上げると、新王の姿が目に入る。新王の後ろには壁画があり、黄金のたてがみをもつ馬が描かれていた。この国の王家の象徴は、牡牛ではなく、馬なのだ。聖なるものと王家の象徴は別ということらしい。

 しかし。やけに新王から、じっと見つめられている。

 無言が続く。

 流石にそろそろ、なにか反応を返してほしい。居た堪れなくなった王女は、先に口を開いた。

「あの……王さま?」

 新王が我に返る。

「す、すまない。ようこそ、王女どの。心から歓迎する」

 やっと聞けた新王の声は、さわやかな風のようだった。男性の低音ではあるのに、相手を威圧することがない。

 新王からただよう雰囲気も同様だ。

 父王へ手痛い仕返しをした先代の血を受け継ぐ者だから、もっと大海原のように貫禄があって、おそろしいひとなのかと王女は想像していた。しかし、こうして目の前にすると──

(なんだか……弱そうね)

 体つきは適度に筋肉も付いているであろう一般的な成人男性だが、顔の線が細いからか、それとも肌が白いから(故郷の男は焼けた肌の者が多いのだ)か、弱々しい印象が先に出てくる。もしも父王と戦ったら一撃で負けてしまう気がした。

「事前に知らされてはいたが、本当におなじ名なのだな」

「名前、ですか?」

 一瞬なんのことかと思った。

 王女はすぐ、新王の言葉、その意味に気付く。

「もしかして、わたしとおなじ名前のりーちゃ……女神さまの、おはなしでしょうか?」

「……ああ、そうなんだ。どこかで耳にしただろうか?」

「宮殿への道中で、泊まった町の住人に聞いたのです。神殿も、案内をお願いして、実際に行きました」

 新王は、王女が知っているとは予想していなかったのだろう。驚きに目を見張っていた。

 その目に含まれる感情は、次に興奮へと変わってゆく。

「そうなのか! 神殿は手入れが行き届いていただろうか? 神官を定期的に向かわせてはいるのだが……町のほうの、様子はどうだった? 民は不便なく生活していたか?」

 立て続けに質問される王女は、ぽかんとしてなにも返せなくなっていた。ただ、新王の一途な視線を受けていた。

 咳払いが、王の間に響く。

 壁際で控えている、侍従のものだった。

 再び我に返った新王は、乗り出していたその身を、ゆっくりと玉座へ戻す。さっきまでとは違い、気まずそうに王女から視線を逸らす。よくよく見てみると、白い百合に似た色の頰が、今は赤いアネモネのように染まっているではないか。照れているのだ。

 王女は、なんて可愛らしい王さまなのかしら、と、笑みをこぼさずにはいられなかった。

「その、端のほうまではなかなか視察に行けないのでな。町の様子が気になって、取り乱してしまった」

「いいえ。わたしの主観でよろしければ、おはなしいたしますわ」

 そう答えれば、新王の視線はもう一度王女へとそそがれた。その喜びに満ちた表情を見て、王女はより一層笑みを深める。

 急な即位であったのに、国の端、しかも友である女神の神殿まで頭に入れている姿勢は、とても好感が持てた。

 父王は、王女の父親としてはともかく、一国の王としてはよい王だ。今も善政を施している。だがそこに、人のあたたかみはあまりないと王女は感じた。

 故郷の宮殿で働く者たちの話では、母が存命の頃は違ったらしい。よく町に出ては、民の声を聞きに行ったりしていたと。親としても、子が少しでも傷付けられれば激怒していたのだと。

 薄情かもしれないが。いくら以前の父王の話を聞いても、そうなのか、という感想しか王女は持てなかった。王女の生まれる前の父王がどんなに思いやりのある王で、よい父親だったとしても、王女が直接見て感じた父王がそうでなければあまり意味がない。おそらく今後も、王女にとっての父王はあたたかみのない王で、末娘に無関心な父親なのだ。

 目の前の新王を見据える。王女の話を熱心に聞く新王の頰には赤みがさしているが、それは照れからだけではなく、神殿や町の様子を知れた興奮からでもあった。血の通った新王は、とても人間味がある。

 触れたら、あたたかそうだ。たとえつめたくても、不快な温度ではないのだろう。なんとなく、王女は確信できた。

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