03.マンドラゴラの根狩りと五十四階の迷路エリア
『白銀の夜明け団』からの報告を受けた冒険者ギルドはただちに冒険者達に警告を発した。
最近ダンジョン内で多発していた女性行方不明事件の犯人は、邪神スレッドベインの召喚を企む魔界の蜘蛛ウェバー達だった。
この知らせに冒険者達は戦慄した。
ギルドでは行方不明事件の現場となった四十五階から五十五階の階層には可能な限り立ち入らないよう呼びかけている。特に女性は決して一人で行動しないよう、強く注意を促した。
その代わり、ギルドでは希望するチームには五十六階へ転移出来る魔法の巻物を無償で配布している。
邪神とは、かつて地上に災いをもたらした強大で恐ろしい魔物達のことだ。
スレッドベインもその一体で、ある時美しい女性に化けて王に近づき、国を影から操り、ついにその国を滅ぼしてしまったという。
ただ力が強いだけではなく、大変危険な存在なのだ。
「心配ねぇ」
「そうねぇ」
冒険者ギルド保育園の園庭でも最近の話題はスレッドベイン一色だった。
園児の保護者は多種多様で、低層階を中心に行動するママさんも多いが、現役バリバリで中層階以上の階を行くパパママもいる。
「そういえば、『紅蓮の翼団』のグレイスさんも行方不明らしいわ」
「えっ、グレイスさんが?」
グレイスはカチュアがまだガンマチームを結成する前、ポーター業をメインにしていた頃のお得意様だ。
最近見かけないが、お迎えのタイミングが合わないだけと思っていたのに。
「そんな、グレイスさんもなの?」
「それだけじゃないわ。マーガレットちゃんのお姉さん、知ってる?」
「ご挨拶したことはあるわ。何度かお迎えに来てたわよね」
「そう。あの子も行方不明らしいのよ」
「えっ……」
カチュアはショックを受けた。
知らないうちに、身近な人々が行方不明事件に巻き込まれていた。
「カチュアさんも気をつけてね」
と心配されてしまった。
事件発覚後、冒険者ギルドは注意を呼びかけるだけで、ダンジョンを閉鎖しなかった。
五十三階に用があるガンマチームにしてみればありがたいが、
「どうしてかしら」
とカチュアは疑問に思った。
「閉鎖はないわね」
とアンが言った。
「どうして?」
「危険を承知でダンジョンに挑む」
「それこそが俺達が冒険者と呼ばれる所以ッス」
キリッとかっこよく言い切ったのは、オーグとリックだ。
***
カチュア達は五十三階のマンドラゴラが群生する暗黒植物の丘に辿り着いた。
「静かね」
カチュアは小さな声で横にいるローラに囁いた。
「うん」
とローラもいつもより小さな声で返事する。
暗黒植物の丘周辺はいつも静からしいが、女性行方不明事件のせいだろう。
人っ子一人見当たらない。
マンドラゴラ達はその丘でぐっすりと眠っている。
マンドラゴラは普段ダンジョン内を自由に歩き回っているが、逃げ足が速く、活動中の彼らを捕まえるのは至難の業だ。
だがマンドラゴラは薄暗く、静かな、そしてちょっと生暖かい場所を好む。そうした場所では地中に潜り、眠る習性があった。
暗黒植物の丘周辺は、一日中で夜が続くエリアで、彼らが群生するには丁度良い条件が整っている。
「(行くわよ)」
「(分かった)」
『仲良しファミリー団』から譲り受けた強力イヤーマフを装備したカチュア達は合図を交わし、マンドラゴラの根狩りを始めた。
まず暗黒植物の丘でぐっすり眠っているマンドラゴラ達に『白銀の夜明け団』からもらった『よくねむれーる(暗黒植物用)』を撒く。
その後静かにマンドラゴラを引き抜く。
マンドラゴラは大きめのダイコンほどのサイズで、根は地中に埋まっており二股に分かれている。色は茶色で上部には目や鼻が付いているのが特徴だ。
引っこ抜いたマンドラゴラから根の部分をナイフで切り取る。
その後でそっとマンドラゴラを埋め直せば採取完了だ。
マンドラゴラの根は様々な薬の材料となるので、高く買い取ってもらえる。
ガンマチームは出来るだけたくさんのマンドラゴラの根を採取した。
マンドラゴラの根はしばらく経つと自然に生えてくるので、いくら切り取っても安心だ。
カチュア達はマンドラゴラの根を手に入れた!
***
冒険者ギルドの警告から二週間。
注意喚起が効いたのが、新たな行方不明者は出ていない。
『邪神スレッドベインの配下の蜘蛛ウェバーの掃討と行方不明者の捜索』が新たに特殊クエストに加わったが、今のところ誰もウェバーの討伐に成功していない。行方不明者も見つかっていないそうだ。
特殊クエストとはEランク以上の冒険者が全員強制で参加する非常に公共性の高いクエストのことだ。ただし今回はCランク以下のチームには情報提供のみで、交戦は推奨されていない。
既に行方不明になった女性達は十三人。
あと一人攫われたら、スレッドベイン召喚の儀式が整ってしまう。邪神スレッドベインと遭遇し戦うことになったら、低ランクチームではあっという間に全滅してしまうからだ。
冒険者ギルドでは、特殊クエストとは別に男性だけのA、Bランクの冒険者チームにウェバー退治と行方不明者の探索を呼びかけているが成果は上がっていない。
ウェバーらしき蜘蛛モンスターを発見、撃破したものの、それ以外のめぼしい手がかりは得られなかった。
ウェバーの行動範囲から考えると、スレッドベイン召喚の儀式は行方不明事件の現場である四十五階から五十五階のどこかだ。行方不明の女性達はそこに囚われていると思われる。
しかし儀式の場所は巨大なスレッドベインを召喚出来るだけのスペースが必要だ。
それほど大きな空間が未だに見つからないのは、不可解としか言いようがない。
行方不明者捜索の一方で、スレッドベインが召喚された場合、どう戦えば良いのか?
冒険者達は寄ると触ると邪神スレッドベインの考察で持ちきりだ。
ロアアカデミーも全面的に協力して、スレッドベインに対する研究結果を冒険者ギルドに提供している。
それによると、スレッドベインは古くから魔界に住む邪悪な神の一柱に数えられる強力な魔物だ。
その姿は巨大な蜘蛛で、蜘蛛の性質を持ち合わせているらしい。
蜘蛛が苦手なものは、スレッドベインも苦手ということだ。
スレッドベインとウェバーの弱点は火と水。
特に水は上手く使えば、スレッドベインを行動不能に出来るが、使い方が難しい。
まず水でスレッドベインを弱らせ、炎で叩きのめす。
これがスレッドベイン戦の必勝法らしいが、やはり男性ではスレッドベインに対し力が1/10に減衰してしまうというのがネックだ。
女性だけのチームを組んで倒すというのが古来より伝わるスレッドベイン退治の鉄則だった。
冒険者ギルドは、既にこの邪神との戦いを想定しているらしい。
内々にだが、アンの元にもギルドの招集状が来ていた。
本来ならCランクチームであるガンマチームは四十五階から五十五階までの立ち入りを推奨されていないが、カチュア達の次の目的地は五十三階のマンドラゴラの根に続いて、五十四階の迷路エリアの攻略。
迷路をクリアするともらえるというメビウスの紐を手に入れないといけないため、ガンマチームは出来るだけ気をつけて探索を続けた。
冒険者ギルドから無償配布されている五十六階行きの転移魔法の巻物を使い、五十六階の攻略を進めるという方法もあるが、まだチームは五十六階を安全に探索出来るだけのレベルに達していない。
用心しながら先に進むことを選んだ。
出来るだけ危険を避けようと、ガンマチームは一回で迷路エリアを攻略する計画を立てた。
いつもならカチュアはバーバラのお迎えがあるため、夕方には探索を終わらせないといけないが、今日は特別に保育園でお泊まり保育を頼んでいる。
エドは既にロアアカデミーのジュニア校に入学し、寄宿舎生活だ。
これで翌日の夕方までの一日半、ダンジョン内を探索出来る。
カチュアは生け贄の条件を満たしているようだし、アンやローラも危険でないとは言い切れない。
女性陣が一人にならないよう、ガードしながらのダンジョン探索はいつもと勝手が違う。
「着いたー」
「はぁー」
五十四階の迷路エリアに辿り着いた時には全員の口からため息が漏れた。
「ここが迷路エリアの入り口ね」
カチュア達の目の前には、石で組まれたアーチがそびえていた。ここが迷路エリアの入口だ。
アーチをくぐり、中に入ると、薄暗い石造りの回廊が続いている。
天井も床も壁も、すべて同じ石材で統一されており、無機質な空間は見ているだけで目が回りそうだった。
それでも先へ進まなければ、目的のアイテム、メビウスの紐は手に入らない。
「行きましょう」
「そうだな、皆、分かっているだろうが、ここでは魔法は使えない。注意してくれ」
迷路エリアの入り口には『一切の魔法を禁ず』と記されている。
この先は一切の魔法が使えない区域に突入する。
カチュアがもらったあの防御の腕輪も効果を失うのだ。
先頭がベルンハルト、その後でリック、アン、ローラ、カチュアと続き、しんがりはオーグだ。
迷路エリアはウェバーの行方不明事件があった場所だ。
念のために、女性陣を真ん中にしてウェバーの急襲に備える。
迷路はどこまでも同じような道が続いていた。
曲がり角を抜けても、また同じ狭い通路が待ち構えている。灯りは乏しいが、真っ暗でもない。
だが暗がりに何が潜んでいるのか分からない。
もしかして、ウェバーがこちらを窺っているかもしれない。
そんなことを考えながら進む道中は、ひどく神経をすり減らす。
ガンマチームが疲弊し始めた頃、それまでと景色が変わる。
目の前には壁。道はそこで途切れていた。
「えっ、行き止まり?」
戸惑うガンマチームの前で、空中に幻影が浮かび上がる。
迷路エリアには敵モンスターは出てこない。
出現するのは迷路エリアの主人、人間の顔にライオンの四肢を持つモンスター、スフィンクスの幻影で、このモンスターは挑戦者になぞなぞを出してくる。
「挑戦者か。先に進みたいなら、答えよ」
カチュア達は「ゴクッ」と息を飲み込んだ。
「鹿の胃袋はいくつある?」
「えーと」
カチュアは狼狽えたが、
「牛と同じだから、四つです!」
農村部出身のオーグが素早く答えた。
「正解だ」
その声とともに、壁が消え、道が開ける。スフィンクスの幻影も消えていた。
「行きましょう」
そしてまた行き止まりで、質問される。
「いちごの赤い部分は果実ではない。これは真か否か?」
ガンマチームは困惑した。
「えっ、果実よね」
「……多分」
だが、スフィンクスの答えは。
「不正解だ。赤い部分は果実ではなく、花托である」
その声とともにガンマチームは入り口に強制転移された。
不正解だと、入り口に戻されてしまう。最初からやり直しだ!
「イカの心臓はいくつある?」
「心臓は大体一個じゃないの?」と思うカチュアだが、アンが声を上げた。
「三つよ」
「正解だ」
なんと正解だったらしい。
「アン、よく知ってたわね」
「アタシの出身地は島だからね」
「イチョウは雄と雌に分かれている」
「えっ、木なのに!?」
「本当ッス。雄株と雌株があって雌株しか実を付けません」
「課外教室で習ったの」
とリックとローラが答える。
「正解だ」
「フラミンゴの体はどうして赤い?」
皆は顔を見合わせた。
「フラミンゴって何?」
「知らない」
遠い外国に住む鳥なのでまず「そこから」なのだ。
もう駄目かと思った時、カチュアが声を上げた。
「えーと、えーと、思い出したわ! 元々は白いんだけど、藻類や甲殻類を食べることで赤くなるのよ」
「正解だ」
「カチュアさん、よくやったな」
とベルンハルトがカチュアを褒めた。
「エドが小さい時、『動物!不思議図鑑』って本が好きで毎日読み聞かせしてたのよー」
毎日同じ本を読むのは苦行だったが、思わぬところで役に立った。
いくつかのなぞなぞを解いた後、ガンマチームはそれまでとは少し違う、大きな部屋に入った。
部屋の奥には幻影ではなく、本物のスフィンクスがいた。
台座に座るスフィンクスはニヤニヤとねずみをいたぶる猫のように笑っている。
スフィンクスは質問に答えられないパーティを食べてしまうのだという。
「では最後の質問だ。朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足で歩くものは何か?」
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