14.【閑話】エド、ジュニア校に入学するその6
このところエドは放課後になると学校の図書室に通っている。
理由はもちろん、手首にはまった重力の鎖を外すためだ。
『初心者向けモンスター大全』、『危険生物図鑑:ダンジョンに生きる危険な生き物達の生態』などなど、冒険の役に立ちそうな本はいくつもあったが、肝心の悪戯マージの重力の鎖を外せそうにない。
いや、外す方法は書かれていたのだ。しかもエドは三つの方法を見つけた。
その一、教会に行き、呪いを祓ってもらう。
その二、呪い解呪の魔法の呪文(光属性魔法)を唱えるあるいは魔法を掛けてもらう。
だがそう簡単に教会には行けないし、光属性魔法も唱えられないエドはどちらの方法も使えない。
光属性魔法を使える先生は探せばいるかもしれないが、エドはまだ新入生だ。
担任の先生と授業を教えてくれる先生以外とは話したことがないので、知らない先生にお願いするのはなんとなく気が引けた。
クラスの友達にも聞いてみたが、あいにく解呪の魔法が使える子はいなかった。
解呪の方法その三は、強い力をかけて鎖を破壊する、だ。
その三は既に試した。
トンカチで重力の鎖を叩いてみたのだ。
しかし怪我しないように注意して叩いたのが良くなかったのか、破壊は出来なかった。
「うーん、どうしよう」
手詰まりになったエドは一人、図書館の一角で大いに悩んでいた。
その時、エドが開いていた本のページに書かれた文字がぐにゃりと歪んだ。
「あっ」
エドは思わず息を呑む。
真っ白になったページに新たに文字が浮かび上がる。
そこには、こう書かれていた。
『少年よ、久しぶりだな』
以前アカデミーの大図書館で出会った魔法の本がエドに語りかけてきた。
「本さん? えっ、これ魔法の本だったの?」
エドはあわてて読んでいた本をひっくり返して表紙を確かめる。
だが本は『冒険の手引き 初級編』と書かれている。
魔法の本ではなさそうだ。
『アカデミーの図書館は私の庭だ。制約はあるが、魔法の本は本から本に自由に移動することが出来る。たまたまジュニア校の図書室に来てみたところ、何やら悩んでいる様子の少年を見かけたというわけだ』
「すごい!」
エドは大興奮した。
『それで? 何を悩んでいたのかね」
ダンネス先生は『誰かに答えを聞くのも、誰かに解いてもらうのも自由』と言った。
ならば魔法の本に聞いてもいいはず。
「僕、この重力の鎖をはずしたいんです」
『ほほう』
「本さんは何か知ってます?」
『もちろん知っている。呪いを打ち消す力を持つアミュレットを作ることだ。右手にある棚の二段目、左から四冊目の本に作り方が載っている』
本のタイトルは『作れる!お守りクラフトブック』だ。魔除けやお守りとして使われるアイテム、アミュレットの作り方が書かれた初心者向けの本である。
だが――。
「えっと、その本は読みました。でもお守りは既にかかってしまった呪いには効かないと書いてありました」
エドは勇気を出して魔法の本に反論した。
『作れる!お守りクラフトブック』には「呪いに掛かってしまったらすぐに教会へ行ったり大人の人に相談し、まず解呪してもらった後、アミュレットを作ろう」と書かれていたのだ。
『ふむ、理論を語るには不向きな本のようだな。では代わって説明しよう。アミュレットは基本的には防具なのだ。その性質上、既に掛かった呪いを解く力は弱い。アミュレットは同ランクの呪いを解くことが出来ない。一段階以上上のアミュレットでないと解呪は不可能だ。効率の問題でアミュレットによる解呪は推奨されないが、効き目がない訳ではない』
魔法の本はそう解説した。
悪戯マージの作る呪いの魔法具『重力の鎖』の威力はランクF。
ランクFの呪いの魔法具なら教会に行けば簡単に解呪してもらえるし、レベルFの解呪魔法が使える魔法使いも大勢いる。
一方、アミュレットで呪いを解呪する場合、一つランクが上のランクEのアミュレットが必要なのだ。
また、解呪に失敗したらせっかく作ったアミュレットが力を失い、壊れてしまうこともあるらしい。
故に、あまり推奨されないやり方なのだ。
「分かりました。じゃあ」
エドは早速本棚に駆け寄り、『作れる!お守りクラフトブック』を手に取り、ページをめくる。
目指すはページの後ろの方、上級者編の『光のミサンガの作り方』を指さした。
「この本のこれなら重力の鎖を外せるってことですか?」
『その通りだ』
魔法の本にそう答えが書かれた時、
「エドくん」
「あ、セレネさん」
遠慮がちにエドに声を掛けてきたのは、セレネだった。
同じ特待生だが、別のクラスなので今まであまり話したことがない。
大人しくて真面目そうな女の子だ。
「何しているの?」
エドは魔法の本と話をしていたのだが、傍目には一生懸命本に話しかけているちょっと怪しい人にしか見えない。
「何って……あっ」
魔法の本が書いたメッセージは消えて、本は普通の本に戻ってしまった。
「……どうしたの?」
セレネは不思議そうに首をかしげる。
「ううん、何でもない。それよりセレネさんも重力の鎖のこと調べに来たの?」
「う、うん、そうなの」
「そっかぁ」
「あ、あのね、エドくん」
セレネはエドに意を決して何かを話しかけようとしたのだが、
「おーい、エド、セレネさん」
「あ、イサーク、ウィリアム」
イサークとウィリアムがやってきた。
「何か分かった?」
エドは声を潜めて皆に言う。
「それなんだけど、実は分かったんだ」
「えっ、分かったの?」
「すごい!」
「じゃあエドが俺達のリーダーってことか」
ウィリアムが言った。
「うーん、でも僕一人じゃ材料を集められそうにないんだ。だから皆で集めない?」
エドは皆に提案した。
「四人がリーダーってこと?」
「それってありなの?」
「僕らの国は王様が政治をする王政だけど、民衆から選ばれた人が物事を決める合議制で政治をする国もあるんだって」
エドは今日授業で習ったばかりの話を披露した。
「うん、俺も聞いてたから知ってる」
「僕もー」
「だからリーダーは一人じゃなくてもいいと思うんだ」
エドは皆に今まで調べたことを話して、アミュレットの作り方の本を見せた。
「ふうん、すごい。よくここまで調べられたね」
イサーク達は感心した。
「色々教えてくれた人がいたんだ」
エドはちょっと曖昧な答えを返した。
魔法の本のことはエドから話してはいけない気がした。
魔法の本に会い、語りかけられた人だけが、魔法の本の秘密を知るべきだとエドは思った。
「『強い力をかけて鎖を破壊する』かぁ……」
イサークは考え込んだ様子でそう呟いた。そして彼は、
「合議制には賛成だけど、僕、ちょっと一人でやってみたい」
と言った。
「えっ、何か思いついたの?」
「出来なかった時恥ずかしいから、今は内緒」
と誤魔化されてしまった。
「じゃあ光のミサンガの材料集めは三人でやろう」
エドはウィリアムとセレネに言った。
「そうしようぜー」
「わっ、私も入っていいの?」
セレネが目を丸くする。
「嫌じゃなければ一緒にやろうよ」
エドの言葉にセレネは勢いよく首を横に振る。
「嫌じゃない。一緒にやる」
***
「僕がリーダーだ!」と鼻息荒く頑張っているスコットには声を掛けづらかったが、エドはマークに「外す方法が見つかったかもしれないから一緒に試してみない?」と誘ってみた。
マークは、エドの話に興味を引かれたようだ。
「どんな方法?」
「アミュレットを作って解呪するって方法」
「ふうん、なるほど」
とマークは感心した。
「一緒にやる?」
「面白そうだけど、今回は一人でやってみる。僕も『強い力をかけて鎖を破壊する』っていうのを試しているんだ」
そう言ってマークはエドに自分の手首に巻かれた重力の鎖を見せてくれた。
マークの鎖には一カ所小さな穴が開いていた。
「あっ、穴だ!」
「まだ全然外れそうにはないけど、行けそうだろう?」
「うん、これどうしたの?」
「錐を使って少しずつ鎖に圧をかけてるんだ」
マークは危なくないように工夫しながら、鎖を破壊しようとしているようだ。
「分かった。じゃあこっちはこっちでやるね。頑張って」
「うん、健闘を祈る」
マークは大人みたいな挨拶をした。
光のミサンガの作りは、エド、ウィリアム、セレネの三人でやることになった。
まず材料集めからだ。
材料は、『日鉱石』。大きい日鉱石は魔石と呼ばれるが、今回使うごくごく小粒の日鉱石なら長い間の劣化で小石や砂となり、地面にある石の中に混じっていることがある。触るとほんのりと温かいのが特徴の石だ。
次に『祝福を受けた銀製品』。ミサンガの中心部分に編み込んで、魔法の力の核にする。
輪っかの部分になるのは『シロツメクサを編んだもの』。ミサンガサイズ。
最後は『クリスタルで出来たビーズ』だ。
『日鉱石』は道ばたに落ちているのを探せばいい。根気よく探すと見つかる。
『祝福を受けた銀製品』。これは手に入れるのが大変そうなアイテムだが、意外にもエド達はもう持っている。
学校の制服のボタンが銀製品なのだ。しかもボタンはその守護の力を増強するため教会で祝福を受けた銀製品を錆びないように加工したものだそうだ。
各々予備のボタンを一つずつ持っているので、それを使うことにした。
『シロツメクサ』は学校の芝生の端で調達する。
最後の『クリスタルで出来たビーズ』が一番の難問だったが、これは光の加護がある鳥の一部で代用出来ると書かれていた。「白フクロウの羽、銀翼カモメの羽毛や白カラスの尾羽」などだ。
白カラスなら特待生の見回りで見かけたことがある。
学校内で巣があるそうだ。
巣の中に抜けた尾羽があるかも知れない。
白カラスは学校で一番大きなナラの木のてっぺんに巣を作っている。
「ここかぁ」
三人は行動を開始した。
セレネが見張り、白カラスが巣から離れたのを確認すると二人に声を掛ける。
「行ったよ」
「やろう、エド」
「うん」
ウィリアムが先頭になり二人は木によじ登る。ウィリアムは巣の中をのぞき込んだ。
「あった!」
ウィリアムは白カラスの抜けた尾羽を三人分掴み、少し下で待機していたエドに渡す。
エドはそれを持っていたポシェットに入れた。
そして二人で慎重に木を下りる。
木登りは登りよりも降りの方が危ないと父アランも言っていた。
「どうだった?」
下ではセレネがハラハラしながら二人が来るのを待っていた。
二人が下りるのと、白カラスが巣に戻ったのは丁度同じタイミングだった。
エドは袋から白カラスの尾羽を取り出してセレネに見せた。
「上手くいったよ」
材料は揃った。光のミサンガを作ろう!







