09.冒険者ギルドFランクガンマチームその1
ポーターの仕事を終えてポーター装備を受付で返す時、カチュアは受付嬢に、
「あの、パーティマッチングして貰えますか?」
とお願いをした。
「はい、もちろんですよ」
パーティマッチングは、ソロやペアで行動する冒険者がギルドに斡旋され、一時的にパーティを組むシステムのことだ。
カチュアはもう少し強くなりたい。
とりあえず冒険者Eランクに昇格してみようと思った。
ダンジョン内では何が起こるか分からない。
そのため冒険者はパーティマッチングで即席のパーティを組むよう推奨されている。
同程度のレベルの冒険者をチームとして成立するようバランス良く組んでくれるため、利用する冒険者は多い。
FランクからEランクへの昇格は規定の条件をクリアすること。
条件を満たすには様々な方法があるが、一番簡単で安全と推奨されているのが、パーティマッチングで組んだパーティで50時間ダンジョン内で過ごすことだった。
「はい、マッチング完了しました。このパーティでよろしいでしょうか?」
名前と職業が並んだ紙を見せられる。
カチュアには結果がいいのか悪いのかちんぷんかんぷんだが、とりあえず「はい」と頷いた。
「ではパーティが成立しました。チーム名は『冒険者ギルドFランクガンマチーム』です。初回のダンジョン探査の日時集合場所は冒険者ギルドが設定します。明日の朝に冒険者ギルドまでお越し下さい」
***
そして翌日の朝、カチュアはお玉とお鍋のふたを装備して、約束の場所に向かった。
既に三人の先客がいた。
「お待たせしました」
近づいて挨拶すると、彼らは一人を除いて、ガッカリした様子だった。
「オバサンじゃん」
と女の子が小さく呟いた。
年齢は十七、八歳ほどに見える。女の子と同じくらいの年齢の少年が隣にいる。
合コンにタイプじゃない子が来ちゃった時の顔でぺこりとカチュアに頭を下げた。
そしてもう一人は顔を包帯でぐるぐる巻きにした男性らしい人物。
ぐるぐる巻きなので人相も年齢も分からない。男性にしては背は低めでひょろっとしている。
本当は彼もカチュアを見てガッカリしたのかもしれないが、包帯に覆われているのでその表情は分からなかった。
なんとなく気まずい雰囲気になったが、その時。
「ごめんなさーい」という大声と共にドスドスと大柄の女性がこっちに駆け寄ってくる。
さらに二人の少年少女が合流し、まずは挨拶しあうことになった。
「あたしはルーシーよ。職業は魔法使い」
さっきの勝ち気そうな女の子が最初に自己紹介を始める。
「俺はサザだ。職業は剣士」
その隣の少年が名乗る。
「俺はリック、こいつはローラで、職業は治療師。あ、俺の職業は盗賊だ」
遅れてきた方の少年が言った。隣の女の子は無言で頭を下げる。
彼らも十代半ばだ。
冒険者家業を始めるのは大抵十代なので、むしろカチュアのような年齢の方が珍しい。
治療師というのは、回復魔法に特化した魔法使いのことだ。他の魔法も使えるが、魔力は有限でいざ怪我を負った時回復してもらえない方が怖い。
そのため治療師は一部の補助魔法以外は使わず、回復に専念する役だ。
「は、初めまして、カチュアです。職業はポーターです」
次にカチュアが挨拶する。そしてその次は大柄な女性だった。ただでさえ大きいのに全身を覆うマントを着ているので小山のように見える。
年齢はカチュアより少し上くらいだ。
「アタシはアン。職業はそうねぇ、槍使いだよ」
その手には古ぼけた槍が握られている。
そして最後に残ったのは、顔を包帯でぐるぐる巻きにした男性。
「……オーグ。職業は言いたくない」
くぐもった声は案外に若く、まだ少年のように思えた。
***
挨拶もそこそこに即席パーティはダンジョンの中に入る。
前衛と後衛が決まり、剣士のサザと何故か盗賊のリック、そして槍使いのアンが前に立ち、カチュアとルーシーとローラが真ん中。しんがりがオーグだ。
ルーシーはダンジョンに入る時、
「あーあ、このチーム外れ。ポーターなんて何の役にも立たないじゃん」
隣にいたカチュアにしか聞き取れないくらいの小声で、ぼやいた。
ダンジョン内ではチームを組めば経験値を等分で分け合う。そのため人数が多ければ多いほど、経験値の取り分は減ってしまう。
ドロップアイテムとお金については貢献度によって分け前が変わるものの、人数が少ないパーティの方が個人の取り分が多くなる。
ダンジョン内では剣士のサザが大活躍だった。
「サザ、すごーい」
ルーシーの称賛にサザは気を良くしたようで得意げに笑う。
「ざっとこんなもんだぜ」
ルーシーは皮肉っぽい視線でパーティを見回した。
「さっきからサザ一人で倒してるじゃん」
ルーシーの言葉にカチュアは密かに「そうかしら?」と思う。
確かにサザは頑張っているが、サザが戦いやすいようにアンがさりげなく敵をサザの正面に追い立てている。
カチュアはサザよりもっと上級の冒険者達の戦いを見てきている。実は知らず知らずのうちに目が肥えているのだ。
それはともかく、サザの活躍で一行はサクサクと進んでいく。
一階から二階へ、そして三階に到達した。
初心者パーティとしてはかなりのハイペースだ。
自分では「あんまり役に立てないわね」と思うカチュアだが、実は意外と活躍していた。
「あ、ここ、まっすぐです」
「その角右です」
「次、左」
「ここ、採取ポイントで有名です。寄っていきましょう」
「そこ、トラップありまーす」
とカチュアは的確にパーティを誘導していたのだ。
ポーター職としてパーティに参加するカチュアはいつものポーター装備を支給されている。
たくさん積み込めるリュックも借りているので、ドロップアイテムや採取アイテムを取りこぼすことなく効率よく手に入れている。
熟練の冒険者ならマジックバッグの一つや二つ、私物で持っているものだが、初心者パーティにはそんなものはなく、ドロップアイテムをより多く持ち帰れることはその日の稼ぎに直結する。
地味なので気づかれにくいが、ポーターが一人いると収支はかなり安定するのだ。
***
もう少しで四階というところでカチュアはチラリと時計を見る。
ダンジョンに入って五時間が経過していた。
「今日はもう帰りましょう」
カチュアは皆に帰投を提案した。
ルーシーは唇を尖らせる。
「えー、これからじゃないの。この先に上に上がる階段があるんでしょう?」
「そうだよ。もう少し行こうぜ」
とサザも言う。
だが戦闘に夢中なサザは気づいていないだろうが、彼がモンスターの攻撃を受ける回数が多くなっている。
フォローに入るアンが的確に敵にとどめを刺し、オーグがカチュア達後衛を上手く守ってくれているおかげで他のメンバーに怪我はないが、パーティの陣形は崩れる寸前だ。
そしてサザの負った傷を癒やしている治療師のローラの顔色がどんどん悪くなっていく。
魔力を使い過ぎて気分が悪くなっているのだろう。
見習い治療師にはよくあることだ。
「お腹空いたわ、帰りましょう?」
とアンがのんきな声で撤収を促す。
ローラが青い顔で頷き、オーグもカチュアに賛成した。
「俺もそうした方がいいと思う」
リックはまだ先に進みたそうだが、ローラの様子が気になるようでカチュアの意見に同意する。
「……その方がいいかもな」
賛成多数で撤収が決まり、転移魔法の巻物を使い、パーティは一階まで戻る。
転移魔法の巻物は道具屋で買うと結構お高いのだが、マッチングパーティで参加する特典として冒険者ギルドが用意してくれるのだ。
サザとルーシーは渋々同意したものの納得出来ない様子だ。
「あーあ、もうちょっとで四階だったのに」
と不満そうにぶつくさ言っている。
「ごめんなさい、五分だけいい?」
カチュアはダンジョンの外に出る前にいつもの女神像にお祈りしに行く。
さっと行ってさっと帰ってこようと思ったら、「何するのー?」とアンが付いてくる。
「この先に女神像があってね、お祈りしてから帰ることにしてるの」
「あはは、いいね。じゃアタシも」
とカチュアとアンは並んでお祈りした。
ふと横を見ると側にオーグもいて、お祈りしている。
***
ダンジョンを出た後に冒険者達がまずするのは、ドロップアイテムとお金を貢献度順に分ける作業だ。
敵を一番多く倒したサザがボーナスを受け取り、その次がアン。次がローラだった。
カチュアの取り分は一番低いが、それでもいつもの日給の七倍とかなり高額になった。
全員Fランクの初パーティで三階まで行けたのは快挙と言ってもいいくらい幸運なことだ。大抵は二階にもたどり着けず、撤退することになる。
ドロップアイテムや採取アイテムも多く持ち帰ったため、道具屋で換金する間、パーティは注目を浴びた。
「兄ちゃん達、初めてにしちゃあ筋がいいな」
「俺らのパーティに入ってもいいぜ」
特に声を掛けられたのはサザで、別のパーティに連絡先まで教えられている。
サザもまんざらではなさそうな様子だ。
さて解散という前に、ルーシーが言った。
「じゃあ、明日。同じ時間でいい?」
「明日はちょっと……」
カチュア、二十七歳。毎日ダンジョンはきつい年頃だ。
アンは多分カチュアよりさらにもう少し年上。
「年取ると毎日はきついのよ。明後日じゃ駄目?」
とアンも申し出たのだが、ルーシーは譲らなかった。
「明後日なんて遅すぎるわよ。Fランクなんてダサくてかっこ悪い。さっさとEランクになりたいじゃん」
「そうだよ、俺達、ダンジョンロア踏破を目指しているんだ。こんなところでちんたらやってる場合じゃないんだ」
とサザ。
同じ若者のリックは同意見らしい。
「俺達はいいぜ」
とリックが言えば、ローラも。
「リックが言うなら」
「じゃあ決まり!明日同じ時間に集合ね」
ルーシーが強引に話をまとめる。
「ちょっと待って。四人だけで行く気?じゃあ私も……」
あわてて口を挟むカチュアにルーシーはぴしゃりと言った。
「いいって、オバサンが来たら取り分減るじゃん。明日はあたし達だけで行くから」
「じゃあ計画立てようぜー」
とサザはリック達を追い立てて行ってしまった。
「……大丈夫かしら?」
「低層階だから大丈夫。死にゃぁしないわよ」
とアンが軽く言い、「アンタ行かないの?」と若者のはずなのに残ったオーグに聞いた。
「行かない」
「じゃあアタシらは明後日の同じ時間に集合だね」
その場はアンの一言で解散になった。