05.新月の裏切り
急遽ガンマチームは『新月の指輪』の材料集めをすることになった。
今回は、チームが分かれて三つのアイテムを手に入れる必要があるらしい。
まず最初は三手に別れるチームのメンバーを決める。
「暗闇大鎧魚の鱗を手に入るのは僕がやろう」
八十八階に行くのは何度も上層階に行っているベルンハルトになった。
「じゃあ百鉱の洞窟には俺が」
次にオーグが百鉱の洞窟行きを立候補したが、ネオロが反対した。
「いえ、そちらの獣人さんが百鉱の洞窟に行くのはやめた方がいいでしょう」
「えっ、どうして?」
「百鉱の洞窟には匂いを発するという鉱石があって、鼻がいい獣人さんのこの匂いが苦手な人が多い」
「そういうことなら洞窟にはアタシが行くわ」
とアンがかわって手を上げた。
「じゃあ私も行くー」
カチュアも百鉱の洞窟についていこうとしたら、またネオロが言った。
「百鉱の洞窟は道が狭い。短時間で確実に新月石を手に入れるなら、少人数で動いた方がいいでしょう。僕が案内しますから、そちらの女性一人で」
と言って、アンを指さした。
「じゃあそうしましょう」
次にネオロはローラに向かって言った。
「八十八階にはそちらの治療師さんも一緒に行かれた方がいいと思います。百鉱の洞窟はモンスターが入ってこれないように仕掛けがありますし、火モグラの方は暗闇が苦手で新月の晩は大人しいものです。な、クルト」
ネオロに声を掛けられたクルトは「そうだっけ?」と一瞬悩んだが、
「そうだったな。うん、新月の晩は危険じゃない」
思い出したのか、大きく頷く。
ベルンハルトとローラが、暗闇大鎧魚の鱗を採りに八十八階へ。
アンがドワーフのネオロと一緒に新月石を採りに百鉱の洞窟へ。
リックとオーグがクルトの案内で火モグラの屁を手に入れるため近くの林に。
翌日の夜、ガンマチームは三方に分かれてアイテム探しに出かけた。
一方、カチュアは。
「ふふんふんふん」
鼻歌を歌いながら、万が一の時の連絡係としてドワーフの里に待機していた。
ただ待っているだけだと暇なのでネオロの家の前の芝生で、帰ってきた皆が食べられるよう、肉と野菜を切ってバーベキューの準備をしている。
付け合わせはパンではなく、この前デトックス温泉郷で美味しさに目覚めた米だ。
サフランパウダーを入れて炊いたお米はバーベキューにすごく合う!
「まだかしらねぇ?」
あらかた準備が終わったカチュアはため息をつく。
八十八階に向かったベルンハルトとローラはともかく、近くの林に住んでいる火モグラのおならを手に入れるのはそれほど時間が掛からないと聞いていたが、まだ誰も帰っててこない。
「あ、あの人……」
そんなカチュアの前に、姿を現したのは、偏屈という噂の陰気なドワーフ、ボアドだ。
ボアドの足取りは酔っ払いのようにふらついていた。
小心者のカチュアはそんな怖い人と関わりたくない。
息を殺してなるべく気配を消していたのに、何故かこっちに近づいてくる……!
「ど、どうしよう」
ボアドはカチュアが用意したバーベキューの串の前で立ち止まった。
「肉……」
ボアドはバーベキューの串を見つめながら、ゴクリと喉を鳴らす。
「え?」
「旨そうだなぁ」
ボアドはとっても肉を食べたそうだ。
カチュアは思い切ってボアドに声を掛けた。
「あのー、もしかしてお腹空いてるんですか?」
「ああ、つい鍛冶に夢中になっちまって今日は一日何も食べてない」
「えっ、一日? 今は夜よ! ちょっと待って」
驚いたカチュアはすぐに用意していたバーベキューの串を火に掛けた。
ジュウジュウと美味しそうな音がして肉と野菜が焼き上がる。
「はい、どうぞ」
肉と野菜串と付け合わせのサフランライスを差し出すと、ボアドはものすごい勢いで食らいつく。
カチュアはそっとおかわりの串を焼いた。
バーベキューの串をおかわりして人心地ついたらしいボアドはじろりとカチュアをにらみつける。
「おい、お前さん、まだドワーフの里にいるのか?」
なんだか偉そうな態度に戻ったが、さっきよりは怖くなくなったカチュアである。
「ええ、今日は新月でしょう? ネオロさんに『新月の指輪』を作ってもらう予定なの」
ボアドはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん、『新月の指輪』か、ネオロなら作れるだろう。ただ、今日は新月だろう? 暗闇大鎧魚の鱗を手に入れるのも大仕事だが、火モグラの屁を採りに行くのは難儀だな」
「……えっ、難儀? 火モグラは暗闇が苦手で新月の晩は大人しいって聞いたわよ」
カチュアの言葉を聞いた途端、ボアドは顔を上げ、真剣な表情でカチュアを問いただす。
「誰がそんなことを?」
「ネオロさんよ。クルトさんも『新月の晩は危険じゃない』って」
「違う! 火モグラはモグラモンスターの中では例外的に目がいい。その分暗闇が苦手で、新月の晩は凶暴化するんだ」
「えー!!」
「こうしちゃいられない、待ってろよ、クルト!」
ボアドはあわててドワーフの里の外に走って行く。
「私も行く」
カチュアもその背を追いかけた。
「足手まといだ。付いてくるなっ」
ボアドは振り返ってカチュアを怒鳴りつけたが、カチュアは一歩も引かない。
「仲間が心配なの! お願い!」
「どうなっても知らねぇぞ」
ブツブツ言いながらボアドは駆けていく。
「リックくん、オーグくん、それにクルトさん、皆、無事でいて……」
そう祈りながら、カチュアも走る。
***
その頃、八十八階で暗闇大鎧魚と戦うベルンハルトは苦戦していた。
(くそう! 見通しが甘かったか!)
地上では向かうところ敵なしのベルンハルトだが、水中を自在に泳ぐ暗闇大鎧魚との戦闘はいつもと勝手が過ぎた。
湖に入っての水中戦を余儀なくされたが、水で勢いを殺され、パンチもキックも効きが悪い。
新月で最大に高められているという暗闇大鎧魚の鱗の強度も思った以上だ。
空に月がなく、視界が悪いのもベルンハルトには不利だ。
水中を俊敏に動き回る暗闇大鎧魚を見失ってしまう。
ベルンハルトは暗闇大鎧魚の体当たりや背びれ攻撃の前に防戦一方だ。
(なんとかしないと……!)
「……なんとかしないと」
湖の外側で戦いを見守るローラだが、水中のベルンハルトを上手く支援出来ず、手をこまねいていた。
むやみに回復魔法を使うと、苦労してベルンハルトが削った暗闇大鎧魚の体力まで回復してしまう。
「こんなの、どうすれば……」
そして、火モグラの屁を手に入れようとドワーフの里の近くの林に来ていたリック達は。
「聞いてねぇ!」
――――大ピンチに陥っていた。
相手は火モグラというだけあって、口から火を吐くモグラ型のモンスターだ。
集団で襲ってくる火モグラの炎から逃れようと、リック、オーグ、そしてクルトの三人は森の中を逃げ回る。
「おい、クルトのおっさん、火モグラは新月の晩は大人しいんじゃなかったのか!?」
リックが走りながら、クルトに詰問する。
大人しいはずの火モグラは超好戦的で、特大の炎を吐きながら、三人を追いかけ回した。
ここから撤退すればいいのだが、それでは火モグラの屁が手に入れられない。
火モグラを捕まえ、腹を優しくくすぐると「ぶーっ」とおならをしてくれるという。その屁をすかさず空気が漏れない丈夫な袋に入れれば採取完了だ。
火モグラを捕まえてこちょこちょする隙を探るリックとオーグだが、狂乱状態で火を吐き続けており、まったく無理っぽい。
「だってネオロが言っただろう? ネオロが言うことに間違いはないさ」
クルトははあはあと息を切らしながら、リックに怒鳴り返した。
「根拠はそれだけかよ!」
「あの時クルトさんも同意してましたよね?」
オーグが聞くと、クルトは頭を掻いた。
「本当のことを言うとちょっぴり違うような気がしたんだが、ネオロが言うことは間違いがないしな」
「ネオロさんの勘違いってことか!?」
昼間はドワーフ達が鍛冶の素材を探して賑やかな百鉱の洞窟だが、夜はそんな彼らも家に戻り、辺りはシンと静まりかえっていた。
アンとネオロはたいまつを掲げて洞窟の中へと入っていく。
「こっちです」
ネオロの案内で向かった先に、ひときわ輝く石があった。
石は少しクリームがかった淡く白い光を放っており、さながら月のようだ。
あれが新月石のようだ。
石は天井近くの岩に埋まっている。
「アンさん、僕では手が届きません。新月石を取り出してもらえませんか?」
「分かったわ」
ドワーフのネオロはアンより背が低い。
アンは女性にしてはかなり長身だ。
「よっと」
アンはたいまつを置いて壁をよじ登ると新月石に近づく。
石は半ば岩の中に埋まっていた。
「これは手で取り出すのは無理ね」
アンは背中に背負っていた槍を短めに握り、槍先を使って、周囲の岩を削り、新月石を少しずつ掘り出していく。
新月石を採石したアンに下からネオロが声を掛ける。
「アンさん、受け止めますから新月石を放って下さい」
「じゃあ落とすわよ」
アンは出来るだけそっと下に向かって新月石を投げた。
ネオロが無事に石をキャッチしたのを確認し、アンも岩を下りかけたその時。
「重力の鎖」
「!?」
不意に黒い何かがアンの手足に絡みつく。四肢が急に重たくなり、アンはそのまま岩から転げ落ちた。
「痛ったぁ」
とっさに受け身は取ったが、二メートルの高さから落ちた上、四肢が重くて体が持ち上がらない。
見るとアンの両腕と両足に黒い鎖のようなものが巻き付いている。
これがとてつもなく重い。
這いつくばって立てないアンの側に、誰かが近づく。
ネオロだ。
「あっ」
ネオロはアンが持っていた槍を強引に奪い取った。
ネオロは熱に浮かされたような目で槍をじっと観察した後、満足げに呟いた。
「やはり、この槍、レダ・エリス島だけで産出されるという超レア鉱石、アストラルストーン製ですね」
「……ネオロ、アンタ、どういうつもり?」
アンは詰問したが、ネオロはゾッとするような冷ややかな目でアンを見下ろす。
「動かない方がいいですよ。その鎖はそれぞれ百キロの重りです。腕も足も壊れてしまう」
「どういうつもりかって聞いてるのよ!」
「面倒になったんですよ。二級から一級に上がるために毎日毎日同じことの繰り返し。僕のこの鍛冶の腕はもっと素晴らしい仕事をするためのものなのに。このアストラルストーンさえあれば、誰もをうならせる素晴らしい逸品が作れます。一級どころか、特級だって夢じゃない」
アンの槍を見つめるネオロの目が禍々しく光る。
「やはりヴォラスィティ様のお告げ通りだ。これでボアドより先に僕が一級鍛冶師になれる!」
「誘い蛇ヴォラスィティ……! アンタ、悪魔に魂を売ったの?」
「仕方ないでしょう。こうでもしないければあのボアドに負けてしまう。あいつが僕より先に一級鍛冶師になるなんて許せませんよ。ヴォラスィティ様は僕の願いを叶えてくれるんです。あの方に魂を捧げるぐらいはなんてことない」
ネオロは服をまくり、肘にある奇妙な痣を撫でた。
痣は、蛇の形をしていた。
ヴォラスィティに魂を売った証だ。
「馬鹿なことをっ」
「お話はここまでです。あなたはここで猛毒の蛇に噛まれて死んでしまいます。あなたの最後の願いはこの槍を材料にネオロに素晴らしい武器を作って貰うこと。遺言ですからね、しっかり叶えてあげますよ、アンさん」
「そんなこと! うちのチームの連中が黙ってないわよ」
「そうですかね、パーティーが全滅したら、黙るも何もないでしょう」
ネオロの言葉にアンは息を呑んだ。
「何をしたの? アンタ」
「大したことじゃありません。八十八階への巻物は二枚ありましてね。あの人達が行く直前に僕がモンスターの力を増幅するというエキスを湖に撒いておいたんです。これで暗闇大鎧魚の力は通常の二倍以上に増幅されます。あの強そうな人でも一人で暗闇大鎧魚に勝つのは難しいでしょう」
「ベルンハルト……」
「あの人がいなければ、同行した女性の治療師さんはどうなりますかね、八十八階から一人で無事に帰れるといいんですが」
ネオロはまるで人ごとのように呟いた。
「……ローラ」
「盗賊と獣人も火モグラにやられて黒焦げになってる頃ですよ。クルトも一緒だから寂しくないですね」
「アンタ! 同じ里のクルトまで道連れにしたの!?」
「騙される方が悪いんですよ」
ネオロは冷酷に吐き捨てた。
「里で待機しているあのぼんやりした感じのママさんは無事でしょうが、彼女に何か出来ます?」
ネオロは馬鹿にしたように笑うと懐から袋を取り出し、口を開けてアンの側に置いた。
「この袋の中には眠り薬で眠らされていた猛毒の蛇が入ってます。袋を開けて三分後に蛇は目を覚まします。じゃあ、永久に、さようなら、アンさん」
ネオロはそう言い捨てると、槍を手に去って行った。






