01.祝五十階到達(遅!)
ガンマチームは五十階に到達した。
チームは五十階のボス、金塊ゴーレムを倒した直後、デトックス温泉郷かえるの湯に行くことになったため、すっかりそれどころではなくなっていたが、五十階に足を踏み入れることは、冒険者にとって悲願の一つだ。
五十階までたどり着けず冒険者をやめてしまう者は数多い。
五十階到達には、個人の力だけではなくチームとしての力が試される。
モンスターを倒す能力だけではなく、罠を見抜いたり、協力しあったりする力も必要になってくる。
それが出来ない者達は、ロアダンジョンの上層に進むのは難しい。
並外れた能力の持ち主なら、ソロで百階到達も可能で、現にベルンハルトはたった一人で九十九階のどんぐり山に到達した。
だが、そんなベルンハルトも、「一人で百階以上に進むのはまず不可能だ」という。
ロアダンジョンを攻略するにはチームで戦うことが重要になってくる。
そんな記念の五十階到達。
本来なら盛大にお祝いしたいところだが、アンはまだダイエット中だ。
デトックス温泉効果とかえる女子達のダイエットマッサージのおかげでアンはトータルで2.8キロも痩せた。
ミッション達成まであと二百グラム。
だがその二百グラムがなかなか減らない!
ご馳走などもってのほかである。
そこで冒険者ギルドの会議室でチームメンバーだけのささやかなお祝いになった。
「カンパーイ」
と乾杯して飲むのは、お酒ではなく、お茶だ。
料理も揚げ物禁止、サラダ多めのヘルシーメニューである。肉は赤身とささみ限定。
若干わびしい気がするがこれもダイエットのためである。
「いい機会だから皆で今のステータスを確認しましょう?」
アンの提案で自分のステータスをそれぞれ発表することになった。
オーグレベル46、リックはレベル47、ローラはレベル45になった。
レベルが少し違うのは、経験値が職業によって少しばらけるから。
そしてスキル【主婦】のせいで、経験値×1/10の効果がかかるカチュアは、レベル24になった!
「じゃあ私のレベルを言うわね」
アンの言葉に、カチュア、そしてオーグとリックとローラは少し戸惑って顔を見合わせる。
「……いいの?」
アンは今まで自分のステータスを明かすことがなかったからだ。
だがアンは力強く頷いた。
「ええ、アンタ達がここまで成長したなら、隠す理由もないわ」
ガンマチームはベルンハルトが加わるまでアンが新人のカチュア達を引っ張っていくチーム構成だったが、そういうチームは強いベテラン中心のチームになりがちだ。
悪い言い方をすれば、リーダーとその部下のチームになりかねない。
だが、アンは「一人一人が最善を尽くして協力し合うチームでないと、結局そのチームは駄目になる」というポリシーだった。
そのため、アンは皆がある程度成長するまでは、今まで自分のレベルを明かさないと決めていたらしい。
カチュア達もここまで来れば新人ではなく、もう中堅クラスだ。十分に成長した。
「だからそろそろいいでしょう。私のレベルは76よ」
「うわー、すごーい」
オーグ達も成長したとはいえ、まだ二十以上の差がある。
「さすがアンね」
とカチュアは感心したが、ベルンハルトの表情は暗い。
「どうしたんですか? ベルンハルトさん」
「いや、かつてのアンは僕よりレベルが高く、レベル124だったんだ」
「えっ、124!?」
カチュア達はどよめいた。
レベル100超えの冒険者はほとんどいないと聞いているが、まさかアンがその一人だったとは。
確かにアンはかつてベルンハルトとジェシカとともに百二十階のブラックドラゴンを倒す寸前まで追い詰めたのだと聞いた。
ダンジョン内の推奨レベルは上層階では、階と同じだけ必要と言われている。
だから百二十階に挑戦するなら120以上の冒険者レベルであることが望ましい。
しかしレベル100を超えるとレベルを一つあげるだけでもとんでもない経験値が必要だ。
レベル100を超えるのはかなり難易度が高い。
ベルンハルトは苦しげに顔を歪める。
「アンのレベルが下がってしまったのは、僕のせいだ」
「えっ、そうなの?」
ベルンハルトはアンに尋ねた。
「アン、彼らにあの時のこと、話してもいいかな?」
アンは肩をすくめて言った。
「構わないわ。でも『あれ』はアタシが勝手にやったことよ。アンタが気に病む必要はないわ」
ベルンハルトは苦々しい表情で首を横に振る。
「そうは思えないよ。僕のせいで君は死んでしまうところだった」
『あれ』がなんだか分からないが、ベルンハルトは深く後悔しているようだ。ベルンハルトは少しの間悲しげにアンを見つめた後、カチュア達に言った。
「かつて僕らがこのロアダンジョンで冒険者をしていたのは話したね」
「あ、はい」
「聞きました」
「ジェシカとチームを組んでたのよね」
「ああ、そうだ。アンは掟に背いて僕を助けたため、故郷のレダ・エリス島を追放された。そんなアンに僕は無理を言って、ついていったんだ」
その後、二人はしばらく気ままに旅をしていたが、ある時ある目的のため、この王国に来たのだという。
「ある目的?」
「数年かかってアンは僕の想いを受け入れてくれて、僕らは晴れて恋人同士になった」
「…………」
カチュアはそーっとアンの方を見た。
アンはそっぽを向いて誰とも目を合わせようとしない。その横顔はちょっと赤く、
「照れてる!」とカチュアは思った。
「僕は王子であるため、命の恩人とはいえ故郷を追放されてしまったアンと結婚するには、父をはじめ、周囲を納得させるだけの功績が必要だった。僕らが思いついた『周囲を納得させうる功績』は、このロアダンジョンの百二十階に住むブラックドラゴンを倒すことだった」
なんと二人は結婚の許しをもらうためにこの国に来たらしい。
「僕らは身分を隠し変装して、このロアダンジョンに潜った。だが、あと一歩というところで、僕らはブラックドラゴン討伐に失敗し、さらに間が悪いことに父王に見つかってしまった」
正体不明のチームとして活動するベルンハルトとアン、そしてジェシカだったが、その強さが噂となり、ついに発見されてしまったのだ。
ベルンハルトは定期的に手紙は出していたが、一度も王宮に戻らなかったので、対外的には長期病気療養中ということなっていた。
所在不明になっている間、父の国王はずっとベルンハルトの行方を捜させていたのだ。
「父から帰還せよと命を受け、僕らは仕方なく王都に向かった」
王からの帰還命令は王命なので、逆らうことは出来ない。
「それでそれで?」
ベルンハルト達は王宮に向かったそうなのだが、ベルンハルトは当時を思い出したのか、憂鬱そうに語る。
「残念だが、父は僕達の関係を認めては下さらなかった」
「えっ、そうなの?」
国王は国で一番偉い人だが、カチュア達庶民にとって偉すぎて逆にまったく馴染みがないお方でもある。
ただ近年国境周辺は不穏だが、比較的平和で庶民の生活水準も低くはない。
全体的にいい王様と言えそうな人だが、そう聞くとなんだか急に「頑固親父」なイメージになった。
「えー」
「ひどいですね……」
「そりゃまあ、そうでしょう? 一応、コイツ王子なんだし」
とむしろアンの方が現実分かっていて冷静である。
王は二人の仲は認めなかったが、ベルンハルトの命を救ったアンはその功績により、客分としてベルンハルトの私邸に逗留することが許された。
ただ、恋人として正式に認められた訳ではない。
二人の仲を認めて貰えないなら王都にいる理由もない。
アン達はすぐにでもロアダンジョンに戻るつもりだったが、ベルンハルトには王子としての役目がある。
病気療養が終わり、全快したという名目で、ベルンハルトはいくつかの夜会への出席が課せられた。
ベルンハルトはアンと結婚したい一心で父王の命令通り、夜会に出席したのだった。
「そこで、あの事件が起こってしまったんだ」






