11.ルナティック
ガンマチームは次第に疲れてきた。
辺りの景色は草原となり、森の中にいた時と比べて少し見通しは良くなったが、たいまつ型魔法具などの乏しい明かりだけを頼りに暗い夜道を進むことには変わりない。
「おい、金を出せ!」
「こいつの命が惜しくねぇのか?」
襲ってくる敵はさほど強くはないのだが、非戦闘員が人質に取られている場合があるので、気が抜けない。
神経を尖らせながらの探索だ。
ガサガサと草陰から音がし、
「また、変質者かしら?」
身構えるカチュアだが、「キャー」と悲鳴を上げて道に転がり出てきたのは妙齢の女性だ。
「助けてください! 私、変な人に襲われて」
女性は切羽詰まった様子で助けを求めてきた。
胸元のボタンが取れて、服の肩の部分が破られている。襲われそうになって逃げてきたらしい。
「ふへへ、待ってよ!」
現れたのは、痴漢男だ。
戦闘開始!
無事に痴漢男を倒し、助けた女性が「ありがとうございました……」とガンマチームにお礼を言うのと同時に、それまで雲に隠れて見えなかった月が辺りを照らす。
「月が出てたな」
「満月」
「あら、綺麗」
月に見とれ、ガンマチームがほんの一瞬女性から目を離した隙に、女性は忽然と姿を消していた。
カチュア達は非戦闘員を助けたボーナスをゲットした!
月は満月で、銀色の光は夜空を明るく照らす。
道も断然歩きやすくなり、カチュア達は安心して先へと進むことが出来るようになった。
だがオーグの様子が少し変だ。
「大丈夫か?」
とリックが心配してオーグに声を掛ける。
オーグは少し具合が悪そうに見えた。戦闘も精彩を欠いている。
「ああ、大丈夫だ。なんか……ちょっとだけ変な気分なんだ」
と彼は言った。
ガンマチームはサクサクと進んだ。
何度かモンスターに遭遇し、戦闘になったが、満月のおかげでモンスターの姿もよく見える。
最初に見た『飛び出し注意!』の看板の警告通り、人間やうさぎやたぬきやきつねの子供と女性が時折道に飛び出してくるが、うっかり攻撃せずに済んだ。
やがて夜道は緩やかな山に差し掛かった。
「前にもこの道を通った。ここまで来れば安心だ」
とベルンハルトが皆に言った。
ベルンハルトの話だと、この山そのものが次の階に上がる階段のようなもので、山頂まで登り切ると次の階に行けるそうだ。
それを聞いてカチュア達はホッとした。
「ようやくここを抜けられるのね」
だがその時、また藪の方から物音がして聞こえてきて、
「モンスターかしら?」と思うカチュアだが、飛び出してきたのは、羊の子供だった。
「めぇ」
「あら可愛い」
愛らしい姿にカチュア達は和んだが、次の瞬間カチュアは息を呑んだ。
「旨そうだ……」
そう呟いた後、オーグが弾丸のように駆けて子羊に向かっていく。
オーグは手に装着した爪武器を振りかぶる。
子羊を攻撃するつもりだ!
「オーグ! 駄目だ!」
リックが慌ててオーグを追いかけ、羽交い締めにする。
「……っ」
オーグはリックを振り払い、再度攻撃しようとするが、
「よし! よく止めた、リック!」
ベルンハルトが二人に追いつき、オーグの首筋に手刀を入れる。
「峰打ち拳!」
綺麗に手刀が決まり、オーグは気を失った。
「オーグ君!」
カチュアは驚いて声を掛ける。
「彼は気を失っているだけだ。心配は要らない。しばらく彼には寝ていてもらおう」
ベルンハルトは持っていたマイマジックバッグから毛布を取り出し、オーグを簀巻きにした。
そしてベルンハルトはオーグを肩に担ぐ。
「行こう」
いつの間にか子羊は姿を消していた。
オーグが子羊を襲いそうになったが、間一髪でリックがそれを阻止した。
そのため、非戦闘員への攻撃のペナルティは発生しなかったようだ。
満月がこうこうと夜空を照らす中、カチュア達は無事に四十六階を抜け、上階へと上がった。
***
四十七階に上がると、ベルンハルトは安全な場所を探し、オーグの拘束を解いた。
「おい、起きろ」
気絶しているオーグの頬を軽く叩くと、「う……」とうめいて、オーグはすぐに目を覚ました。
オーグははっと我に返ると、ガンマチームの皆に「あの子羊は?」と聞く。
「大丈夫、無事よ」
とカチュアが教えると、オーグは「ほうっ」と大きくため息をついた。
「良かった……」
「でも一体どうしたんだよ。急に子羊に襲いかかるなんて……」
リックの質問にオーグは力なく頭を振る。
「俺にもよく分からないんだ」
四十六階に入った時から、オーグはなんとなく気分がおかしかったそうだ。
「気分がざわつくというのか、なんか上手く言えないんですけど、気持ちが高揚しているような、ささくれ立っているような、変な気分でした」
最初は『なんとなく』程度だったその違和感は先に進むにつれて、次第に強くなり、そして雲に隠れていた満月が姿を現した頃にピークに達した。
「なんか、飛び出てくる動物を食いたくてたまらない気になったんです……」
確かに道に飛び出てくるのは人間より動物の子供が多かった。
それでもずっと我慢していたオーグだったが、子羊を見た時にとうとう我を失い襲いかかってしまったようだ。
「どうしてそんなことをしてしまったのか、俺にもよく分からないです……」
オーグはそう言って頭を抱えた。
そんなオーグにベルンハルトは言った。
「ルナティックだな」
「えっ、あのオーグ君が襲った狼獣人の人と同じアレ?」
ルナティックは、狼獣人が必ず持つという満月の夜の破壊衝動のことだ。
シリウスという狼獣人は満月の夜に血に狂い、オーグの村を襲った。
「そんな……」
オーグは肩を落として、ひどく落ち込んた。
自分達を傷つけたシリウスと同じ行動をしてしまったのがショックのようだ。
「俺……もうどうしていいのか……」
途方に暮れたオーグの呟きを聞いて、アンが言った。
「そりゃアンタ、『新月の指輪』を探すしかないでしょう?」
「『新月の指輪』……」
以前に魔法の書、最上級ポーション大全(下巻)が教えてくれたドワーフが作るという魔法の指輪だ。
「『情報屋を呼ぶ秘密の笛』で呼べるダンジョンの情報屋ならきっとドワーフの居場所を知っているはずだ!」
リックがオーグを勇気づける。
「うん、きっと」とローラも頷く。
「そうね。後ほんのちょっとでモンスターも貯まるから情報屋さんを呼び出して聞いてみましょう?」
とカチュアも言った。
「皆……」
オーグはチームの皆に思い切って聞いた。
「俺のこと、怖かったり、気持ち悪いと思わないんですか?」
「そんなこと、思わないよ」
「うん」
「アンタは、よくやっているわよ」
リックとローラとアンがそう言い、ベルンハルトも頷いた。
「ルナティックは狼獣人の本能だ。ある程度は仕方がないと思った方がいい」
「でも、俺、一歩間違えれば子羊を殺してしまったかもしれません……」
「でもオーグ君は殺さなかったわ」
とカチュアが言った。
「それはリックやベルンハルトさんが止めてくれたから」
オーグの返事にカチュアは頷く。
「そうよ、オーグ君には仲間がいるんだから、一人で抱え込まないで。あ、私、あんまり役に立ってないけど」
「そんなことないです!」
「カチュアが言う通り、アタシらチームなんだから仲間のフォローはするわよ」
とアンが言った。その後で、
「うん、アタシ……ダイエット、頑張るわ……」
アンはちょっと暗い顔で決意した。
情報屋にはドワーフに会う方法を聞くことになった。
つまりアンは自力で痩せないといけなくなったのだ。
「協力するわ、アン」
「うん」
豆乳クッキーちょっと飽きてきたけど、目標体重まではカチュアもローラもヘルシー系おやつに付き合うつもりだ。
「ありがとう……」
「アンの言う通りだ、オーグ」
ベルンハルトも言った。
「僕らはそれぞれ一人では叶えることが出来ない目標がある。チーム全員、協力し合っていこう。そうすれば、きっと、僕達の願いは叶うはずだ」
「ベルンハルトさん……」
最後、ベルンハルトがいい感じに締めた。
そしてついに。
「やったわ! 200ポイント達成よ!」
ぬいぐるみ傀儡達の頑張りでカチュアはモンスターポイント200ポイントを達成!
これで情報屋を呼ぶことが出来る。






