07.冒険者ジェシカ
「ジェシカ、お帰り。バーバラのお迎えどうもありがとう」
「ううん、余計なお世話と思ったんだけどね。行き違いにならないで良かったわ」
「ありがとう、助かる。それに『スライム帽子』まで……。これ、道具屋で買ってくれたの?」
「まさか、シールドスライムを倒して手に入れたのよ」
シールドスライムは中層階で出現する中級スライムだ。スライムなのに非常に硬いらしい。
ジェシカはその道では有名な冒険者なのだ。
職業は魔法使いで魔法使い用の長いローブを着ている知的美人だ。
「さすがジェシカね。どうもありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。この帽子、今子供に大人気なんでしょう? 道具屋に売ろうとしたら、パーティの仲間に『子供にあげたら大喜びよ』って言われて貰ってきたの」
「そうなのよ、道具屋でも一家に一個って制限があって、うちも一個しか買えなくてどうしようかと思っていたの」
「あら、一個はあるの?」
ジェシカは声を潜めて、カチュアに耳打ちした。
「エドの分がないからどうしようかと思ってたのよ」
カチュアもひそひそ声でジェシカに言う。
「エドの分はもう買ってあるの」
「そう、じゃあちょうど良かったわね」
ついつい玄関先で話し込んでいる最中、ちょうどそのエドが学校から帰ってきた。
「あ、ジェシカちゃん! 帰ってきたの?」
エドは嬉しそうにジェシカに駆け寄る。
「エド、元気? いい子にしてた?」
ジェシカはエドの頭を撫でた。
「うん」
カチュアより一つ年上のジェシカだが、エドが生まれる前からの付き合いでまだ未婚のため、エドとバーバラは「ジェシカちゃん」と呼んでいる。
ジェシカはカチュアの古くからの友人でアランの又従姉に当たる。
ジェシカにアランを紹介されて……という訳ではなく、偶然、当時『お付き合いしている』アランにジェシカを会わせたら、実は親戚だったというパターン。
夫婦共通の友人で、半年前、アランの赴任が決まった時、「空いてるなら部屋貸して」と下宿人になったのだ。
アランは騎士なので、子供が触っては危険な武器や防具を保管する個室がある。
ジェシカはそこを自分の荷物置き兼寝室として使っているのだ。
アランの親戚なので、下宿人の申請もあっさり通った。
ジェシカは腕の良い冒険者だ。
倉庫でも家でももっと便利なところに借りられるはずなのに、わざわざカチュアの家に下宿しているのは、きっとアランがいなくなった後の一家を心配してのことだろう。
今日は四人でナタリーからお裾分けしてもらったロールキャベツをメインデッシュに、作っておいた副菜も出して賑やかに食卓を囲む。
冒険者であるジェシカはダンジョンに何日も寝泊まりして探索を行う。
ダンジョンから出た後も、戦利品の点検や次のダンジョン探索の計画と忙しい。
ジェシカがカチュア達と食事を取るのは珍しいので、エドもバーバラもテンションが高い。
ジェシカ達のパーティは今は全員ある豪商に雇われている。色々事情があるらしく、詳しくは教えてくれないが、ダンジョン内にある「とあるお宝」を探しているそうだ。
「はい、これはエドの分」
「ありがとう! ママ」
カチュアが子供達に見つからないよう、こっそり預かっていたエドの分の『スライム帽子』をエドに手渡した。二人は大喜びで帽子を被り、食事中も帽子を被ったままだ。
家の中で、しかも食事中に帽子を被るのはマナー違反だが、あんまり喜んでいるので、「今日だけはいいかな」と思うくらい二人は笑顔だった。
デザートにアップルパイを食べた後、楽しい夕食の時間が終わり、お風呂に入る。
もういつもなら就寝の時間だが、お風呂上がりにカチュアはジェシカにそっと声を掛けた。
「少し、時間はある?相談したいことがあるのよ」
ジェシカは小さく頷き返した。
「ええ」
ジェシカはカチュアが見たことがないお玉とお鍋のふたを持って帰ってきたのが気になっていた。それに夕食の準備をしながら、「ダンジョンの一階で双子を助けたのよー。ロールキャベツとアップルパイはそのお礼にもらったの」とさらっと言ったのも気になっていた。
カチュアの身に何があったのだろう?
***
カチュアとジェシカは居間で、まずは、
「お疲れー、かんぱーい」
とワインで祝杯をあげた。
「で、何があったの?」
とジェシカはカチュアに早速尋ねる。
「うーん、悪いことではないのよ。ただ、とっても不思議なことが起こったの。まず、これを見て」
カチュアはがま口からチラシを取り出して、居間のテーブルの上に置く。
ドキドキしなからカチュアはジェシカの様子を観察したが、彼女は不思議そうに首をかしげている。
「何も見えないけど?」
「やっぱり……」
エドと同じように、ジェシカにもチラシが見えないらしい。
しかし次の瞬間、カチュアは息を呑んだ。
見えないというジェシカだが、チラシを手に取ったのだ。
「!? 見えないんじゃないの?」
「見えないけど、そこに魔法具があるのは感じるわ。これでも魔法使いだから」
「魔法具?」
「ええ」
ジェシカはためつすがめつチラシを眺め、
「やっぱり読むのは無理ね」
ため息をついて、チラシをテーブルの上に置いた。
「エドも見えないって言っていたわ。もしかしてこれは私しか見えないのかしら」
「そうね、そういう魔法具は存在するわ」
「これは、見える? 一緒にもらった『オシャレながま口』なんだけど」
カチュアはジェシカにがま口を見せる。
「見えるわ」
「良かった! じゃあ、ポイントカードは?」
カチュアはがま口の中のモンスターポイントカードを取り出すが、ジェシカは確認出来ない。
お玉とお鍋のふたは見えるそうだ。
「法則が分からないわね」
「まあ、女神像様がくれたものだから法則なんてないのかもね……」
カチュアがそう言うと、ジェシカは驚いて目を見開く。
「女神像? 何があったの? カチュア」
「実は……」
……とカチュアはダンジョン入り口の女神像を拝んでいたら、スキル【主婦】を授かったことをジェシカに話した。
ジェシカは首をかしげる。
「聞いたことがないスキルね。レアスキルかも」
「大したことないスキルよね、【主婦】なんて」
世の中にはスキル【剣聖】とかスキル【賢者】とかよく知らないけど名前からしてすごいスキルが存在する。
それに比べると【主婦】なんてありふれていてつまらないスキルだ。
レアかもしれないけど。
だがジェシカは否定する。
「そんなことないわ。レアスキルというだけで意味があるの。まず神殿に行ってスキルの詳しい内容を知るべきよ。大体、そのお玉とお鍋のふたは何?」
「何って、武器と防具よ。デイリーミッション初回クリア特典でもらったの」
「そんなのもらったの?」
「それだけじゃないのよ、ポイントで『スライム帽子』ももらえたの」
「なにそれー」
モンスターポイントカードはジェシカに大受けだった。
「ねえねえ、そのポイントカードで次は何もらえるの?」
「えーとね、ちょっと待って」
カチュアはポイントカードをのぞき込むが、
「……読めない」
「読めないって何?」
「字がちっちゃくて読めないのよ! ほら見て!」
「見てって言われても見えないって」
「うー、二十の枠に何か書いてあるんだけど、字が細かくて読めないのよ」
カチュア、あんまりお酒に強くないのに、既にワイン、二杯飲んでます。
「二十って、今、十二ポイント貯めてるんでしょう? もうすぐね」
次の特典までモンスターを後八体倒せばいいのだ。7の日のポイント三倍デーなら、たった三体でいい。
ジェシカにとってはモンスター退治はお手の物。あっさりそう言った。
だがFランク冒険者のカチュアにとっては大仕事である。
「うー、八体もよ」
ジェシカは急に真面目な顔でカチュアを見る。
「ねえ、やっぱり神殿に行った方がいいわ。こんなスキル、聞いたことがないもの。くわしく調べてもらいましょう?」
「うーん、……今度のバザーの時にシスターに相談してみるわ」
「それって何時?」
「一ヶ月後」
「もう、カチュアってば。すぐに調べて貰いなさいよ」
ジェシカは呆れ顔で言う。
「スキルのことを調べるより、私、他にやりたいことがあるの」
「やりたいことって?」
「実はね、学校の先生からエドをロアアカデミーのジュニア校に推薦したいって言われて……」
カチュアはもう一つの悩み事をジェシカに打ち明けた。
「あら、スゴイじゃない」
「だからね、エドに安心して勉強してもらうためにも、私、お金、貯めたいの」
「そういうことなら、私が……」
「駄目よ、家のことだもの。うーん、本当に困ったらお願いしちゃうかもしれないけど、もうちょっとポーターのお仕事を頑張れば、大丈夫なはずなの。それにエドがアカデミーに行けない本当の理由は、私が頼りないからよ。エドとバーバラのためにも、私強くなりたいの」
それが、今のカチュアの目標なのだ。