08.【閑話】エドとくまたろうの冒険その3
「これが新入生のバッジかな?」
「そうじゃないか?」
五人の中で一番背が高いウィリアムが袋を取り出そうとしたら、「僕がやる」とスコットが割り込んできた。
スコットは少々手こずりながら、「うんしょ」と袋を引っ張り出す。
「よし、やったぞ」と袋を出して彼は歓声を上げる。
「一応、中身を確認した方がいい」
マークが冷静に忠告する。
「言われなくてもそうするさ」
スコットは怒ったように返事する。
スコットが袋の口を開けると、中にはここ、ロアアカデミーのジュニア校の校章入りバッジがたくさん詰まっている。
どうやらこれが新入生のバッジのようだ。
ふと見ると、棚には同じくらいの大きさの袋がもう一個、隠れていた。
「これもかな?」
「そうじゃないかな?」
「開けてみてみようぜ」
今度はウィリアムがそれを取り出し、中を開けようとする。
「…………!?」
ウィリアムが袋を思いっきり遠くに放り投げるのと、ピコーンという音を立てて、ステッキのランプが赤く輝いたのはほぼ同時だった。
「えっ、何?」
「どうしたの?」
後方にいたエドとイサークには何が何だか分からない。
ウィリアムは蒼白な顔で振り返り、二人に言った。
「な、中にムカデが、うじゃうじゃと……」
「ムカデ」
うじゃうじゃのムカデは怖い。
想像しただけで、エドは身震いした。
「そっちの袋だけ持って帰ろう」
とウィリアムは言いかけたのだが、
「えっ、ムカデ!? うわわっ」
ムカデと聞いて驚いたスコットは持っていた新入生のバッジの袋を投げ出してしまう。
運悪くそれはムカデ袋の方向だった。
「あっ」
と皆は声を上げた。
「しまった!」
スコットはあわてて新入生のバッジを取りに行こうとする。
「待て!」
そんな彼をマークが腕を強く掴んで止める。
「何だよ、あれを持って帰らないと減点なんだぞ」
「あれは拾うな。よく考えたら、あの中にだってムカデがいるかもしれない。ステッキの柄が赤く光っている。ここは危険だ。いったん帰ろう」
マークは落ち着いて、いい判断をしていると他の皆は納得したのだが、
「嫌だ! 僕は減点なんてごめんだ」
スコットはマークを振り放し、新入生のバッジの袋を取りに駆け出してしまう。
彼は袋を取り、急いで戻ろうとしたが、
「ビビー」
とステッキが大きな音を立てて鳴る。
「なっ、何?」
その音に、スコットはパニックになり、その場に立ちすくんでしまった。
奥に放り出された袋の口からカサカサという小さな音と共にムカデが這い出てくる。
しかも色はかなり毒々しい紫色だ。
「ひっ……」
スコットは気味の悪いムカデを見て腰を抜かす。
そんなスコット目がけ、ムカデが飛びかかろうとした。
その時、金色に光る何かが、スコットの横を高速で駆け抜けていく。
「へ」
「あ」
「何?」
「ぬいぐるみ?」
「くまたろう!」
カチュアの作ったクマのぬいぐるみ、くまたろうだ!
くまたろうは手にエドがギルバードからもらった金色の筆ペンを持っていた。それを槍のように構えると、ムカデに向かって突き刺した!
「キュルルル」
普通のムカデは声帯がないので鳴くことはないが、もしかしてただのムカデではなく、ムカデ型のモンスターなのかもしれない。
気味の悪い声を上げてムカデは倒れる。
くまたろう、ムカデ、撃破!
だが、息つく間もなく次のムカデがくまたろうに迫る。
くまたろうより大きなムカデだが、くまたろうは槍を構え、ムカデの急所を的確につらぬく。
アンがこの光景を目撃したら「ちゃんと真芯を捉えているね」と褒めただろう。見事な槍さばきだ。
「こっちだ」
くまたろうがムカデと戦っている隙にマークとウィリアムがスコットを立たせて、後退させる。
「くま、すげぇ」
とウィリアムがうなる。
「なんで動いてるの? あれ、魔法具?」
とイサークがエドに聞いた。
「ママが作ったぬいぐるみだけど、仕組みはよく分からない……」
「えっ、君のママ、すごくない?」
くまたろうはあっという間に計十匹のムカデを倒してしまった。
敵はいなくなったのか、ステッキは再び青色の光に戻った。
その途端、くまたろうもパタッと倒れた。
「くまたろう!」
エドはあわててくまたろうに駆け寄ったが、どこも破れてないし、くまたろうに怪我はなさそうだ。普通のぬいぐるみに戻っただけらしい。
紫色のムカデはムカデ型のモンスターだったようだ。ドロップ品『ムカデエキス』を残して消滅してしまった。
「これ、どうしよう?」
エドはドロップ品を拾い上げて、皆の意見を聞いた。
「エドのぬいぐるみが倒したんだから、エドの戦利品だよ。持っていきなよ」
とウィリアムが言った。
詳しいなと感心してエドが彼を見ると、ウィリアムは照れたように頭を掻く。
「俺の両親は冒険者なんだよ」
と彼は言った。
「戻ろう。時間が掛かったら減点かもしれない」
スコットが焦って言った。
「また、減点か」
マークはうんざり気味だが、
「まあ減点されるより、されない方がいいよ」
とイサークが言う。
「ステッキ、入り口まで道案内して」
エド達はステッキに先導されて入り口まで戻った。
***
ドアの向こうでは、スワーム先生とニールが彼らの帰りを待っていた。
ニールはエド達を見て、少し驚いたように目をまたたかせる。
「少し遅かったね」
とスワーム先生が言う。
「げ、減点ですか?」
とスコットがあわてて聞く。
「いや、そういうわけじゃない。ただ新入生のバッジは入り口に近いところにあったはずなんだがね」
マークは首を振って否定する。
「入り口って感じの所じゃなかったです。僕らが慣れてないだけかも知れませんけど」
「おや、誰かが置き場所を変更してしまったかな? まあいい、無事に持って帰ったようだし減点はなしだ」
「やったぁ!」
とスコットは大喜びだ。
「何か変わったことはあったかい?」
と先生は聞いた。
「それなんですけど……」
エドがそう言いかけた途端、ウィリアムにパッと口を塞がれる。
さっと前に出たイサークが「何もありませんでした」とにっこり笑って言った。
「そうかい、じゃあ今日はおしまいだ。昼食を食べてから帰りなさい」
その後、エド達は学校の食堂に連れて行ってもらった。
今日は授業がない休日で、お昼の時間より少し遅いせいか、広い食堂にエド達以外は、ほんの数人しかいない。
活動では昼食が出る。ジュニア校の学生達が食べる学食だ。
特待生のロバートは以前「ちょっと飽きた」と言っていたが、エド達は珍しさもあって毎回楽しみにしている。
一足先にジュニア校の生徒になった気分が味わえるのがいい感じだ。
休憩時間なので、先生も特待生もどこかに行ってしまった。
五人だけで昼食を取りながら、エドは彼らに聞いた。
「さっきはどうしてムカデが出たって言わなかったの?」
「何かあったって言ったら減点かもしれないだろう?」
とスコットが言う。
「でも……」
「気持ちは分かるけど、僕も言うのは反対だ」
とマークが言った。
マークはエドの鞄を指さす。
「エド、魔法物申請書は書いた?」
マークの質問にエドはキョトンとした。
「魔法物申請書?」
「やっぱり」とマークはため息をつき、言った。
「君のケロちゃんもくまたろうも厳密に言うと申請しないと校内に入れちゃ駄目な生き物や魔法具だ」
「えっ、そうだったの?」
エドはびっくりした。
「危険な生物や魔法具は当たり前だけど絶対駄目。あまり危険がない生き物や魔法具は、見つかってもまあ大事にはならないけど、規則は規則だ」
親が冒険者のウィリアムはモンスターや魔法具の扱いに詳しいようだ。理由を分かりやすく教えてくれた。
「最悪、没収されるかも」
とイサークも言う。
「そうかぁ、知らなかった。どうもありがとう」
エドの学校は騎士学校の下部組織で、あまり魔法に縁がない。騎士の中には魔法を使える魔法騎士もいるが、彼らはむしろ魔法使いを養成する学校に通う。
先生はエドが魔法具やモンスターを持ち込むなんて夢にも思わなかったんだろう。
「申請すればいいから今度学校の先生に聞いてみなよ」
「うん、そうするよ」
エドは早速今度学校に行った時、先生に聞いてみるつもりだ。
「でもどうして新入生のバッジの袋はあんなところにあったんだろう。危ないよね」
エドは疑問だ。
「確証はないんだけど」
ぼそりとマークが呟いた。
「けど?」
皆の視線がマークに集まる。マークは首をすくめた。
「僕は誰かの嫌がらせだと思うね」
「嫌がらせ?」
「でもムカデに噛まれたら怪我をしたかもしれないよ」
とイサークが言う。
「ムカデまで仕組んだかは分からないけど、多分、『そいつ』は僕……僕らを困らせたかったんだと思う。何故なら、袋は倉庫の中央部分で僕らの手に届くところにあった。僕らには遠く感じたけど、『そいつ』ならもっと奥に置くことも出来ただろうし、もっと上の方の棚に置くことだって出来ただろう」
「言われてみるとマークの言う通り、やり方が中途半端だ」
とウィリアムが言う。
「な、だから嫌がらせだ」
マークの口ぶりだと犯人は分かっているようだ。
多分、特待生のニール。
でも先生もあまり気にした様子はなかったから、特待生のよくある『悪戯』なんだろう。
そうだとするともう一つ、謎が残る。
「じゃあムカデは誰が?」
「分からないね。もしかしてジュニア校ではムカデ退治の授業があるのかも?」
さすがのマークもそっちは見当も付かないようだ。
「授業でモンスター退治があるって聞いたことがあるよ」
とイサークが言った。
「ふうん、そうなんだ」
「うぇぇ、もうムカデはやだなぁ」
スコットがテーブルに突っ伏してそうぼやくと、皆、「うんうん」と大きく頷いて同意した。
こうしてエド達のちょっと危険な特待生候補の一日は、くまたろうの活躍で無事に幕を閉じたのだった。






