07.【閑話】エドとくまたろうの冒険その2
前話を読むと子供がいつの間にか消えてる(!)ような紛らわしい書き方をしててすみません。彼らは特待生候補の試験に落ちただけです。特に猟奇的事件は起こってません。
……今のところはね。
「おい、君と隣の子、こっちに来てくれ」
少し離れたところに立っていた特待生にエドとマークの二人が呼ばれる。
前回と前々回のロバートとは違う生徒だ。
班は特待生が候補達を集めて作るので、毎回メンバーが違う。二人セットで声が掛かったから今日はマークと一緒の班だ。エドはちょっと嬉しかった。
エドは素直に手招きする特待生に近づこうとしたが、「おい」とマークはエドの服の裾を引っ張って止めた。
「お前は行くな。僕だけ行く」
とマークはおかしなことを言い出した。
「えっ、なんで?」
マークは声をひそめて答えた。
「巻き込みたくないんだ。アイツは僕を嫌っているから。因縁をふっかけられるかもしれない」
その表情はとても真剣で冗談を言っている雰囲気ではない。
エドはこの前誕生日を迎えて九歳になった。
マークは誕生日はまだかもしれないから、八歳か九歳だ。エドは友達に比べると「子供らしくない」と自分でもそう思うが、マークはさらに大人びていた。
「あの人は知り合い?」
「親同士が知り合い。僕は貴族派でアイツはアカデミー派」
「え、なにそれ」
エドは驚いて聞き返すが、聞かれたマークの方がもっと驚いている。
「知らないのか? 迷宮都市ロアではいろんな派閥が入り乱れているんだ」
「へぇ」
「おい、そこの二人、さっさとこい」
と特待生は怒鳴る。
「だって。行こうよ」
エドはよく分からない派閥の事情より、マークと一緒にいたいと思う。
「やれやれどうなっても知らないぞ」
マークは呆れながらもちょっとだけ嬉しそうだ。
「僕はニール・ブラウンだ。よろしく」
とやや小柄で灰色の髪の特待生は班の候補生達に挨拶する。
ごくごく普通の少年に見えるが、ニールは一瞬だけマークの方を見ると、嫌な感じでニヤリと笑った。
前回、班に分かれても行き先は同じで、特待生候補達はまとまって学校を案内されたのだが、今回は様子が違う。
班ごとに向かう場所が異なるようで、エドが周りを見回すと、いつの間にか歩いているのは五人と特待生のニールだけになっていた。
おまけに道は学校内の裏道のような場所で閑散としている。
「あの、どこに行くんでしょう?」
エドはおそるおそるニールに聞いた。
「今日は君達特待生候補の皆に仕事をしてもらうつもりだ。君達には倉庫の中で『ある物』を取ってきてもらう」
とニールは言った。
「ある物?」
五人の特待生候補は首をかしげる。
「倉庫には授業で使うものが色々と入っている。特待生になると先生に言いつかって、ここから様々なものを搬出したり搬入したりする。だから倉庫の場所は覚えて置いた方がいいぞ」
しばらく行くと大きな石造りの頑丈そうな倉庫が見えてきて、倉庫の前には眼鏡を掛けてローブを着た先生らしい人が立っていた。
柔和そうな男性は、エド達を見ると笑顔で話しかけてくる。
「やあ、よく来たね。私はこの学校の教師、ビル・スワームだ」
とやはり彼は先生のようだ。
スワーム先生は倉庫を指さして言った。
「早速だが、君達にこの中に入って取ってきてほしいものがあるんだ。品物は君達が新学期に入って付けるバッチだ」
「バッチ?」
「そうだ、迷子防止の機能が付いていて、居場所が分かる。構内は安全だが、もし外やアカデミーに出てしまうと危険だからね。だから迷子になっても生徒の行方が分かるようになっている」
「ふうん」
エドは便利だなぁと思ったが、先生の話は続く。
「だが本校は自ら考え行動する力を持つ、そんな主体性と創造性のある生徒を育むのが教育の理念だ。だからバッチを付けるのは、初年度一年の間だけだ」
***
倉庫には鍵が掛けられていた。
スワーム先生はその鍵を開け、「さあ、入って」と皆を中に入るよう、促す。
特待生のニールは幾度も入ったことがあるのか、平然としている。エド達五人はおそるおそる彼の後に続く。
中は明かりが乏しく、外から急に中に入ると真っ暗闇に見える。
スワーム先生は倉庫の入り口からすぐの傘立てみたいなものに近づいた。何本も傘が差してあり、先生は無造作に中から一本を取り出す。
引き出されたそれは傘ではなく、ステッキだった。
「"目覚め、案内せよ"」
先生がステッキに手をかざし、魔法の言葉を唱えると、ステッキはぴょんと大きく跳ねた。
「まっ、魔法のステッキ?」
エドは思わず驚く。
ダンジョン探索をする魔法使い達には身近なものだが、一般人にとって魔法具はとても高価で、まずお目にかかれない珍しいものだ。
ただお金持ちは別らしく、他の生徒は驚いていない。
スワーム先生は頷いた。
「その通り、これは魔法のステッキだ。ステッキはこの倉庫のどこに何があるのか把握している。君達はステッキに着いていけばいい。今から大事なことを教えるから、私の周囲に集まってくれ。ここにランプが付いているのが見えるかい」
と先生はステッキの柄の上部を指さした。
そこには魔石らしい石が埋め込まれていた。
「これは状態を示している。危険は赤、注意は黄色、正常は青だ。今は青く光っているだろう?」
五人の特待生候補達は杖をのぞき込み、青色に光っているのを見た。
「まあ、赤や黄色に光ることは滅多にない。万一注意のマークが付いたとしても倉庫内に虫がまぎれ込んだ程度だ。でも色が代わったらすぐその場を離れ、先生や上級生に報告すること。いいね?」
「は、はい」
何せ初めての作業だ。全員、緊張しながら返事する。
スワーム先生は満足そうに頷き、子供達に言った。
「さあ、ステッキに向かって目的の品物を言うんだ」
先生に促され、一人が進み出て、ステッキに話しかける。
「バッチ」
だが、ステッキは動かない。バッチだけでは反応しないようだ。
「えっと……」
「新入生のバッジだ」
後ろから声を上げたのはマークだ。
その瞬間、ステッキは反応した。
持ち手の先端がぱっと白く輝き出し、ステッキはぴよんぴよんと一本足でジャンプしながら奥に進んでいく。
ライトは案外明るく、前方を照らした。
光に照らされた倉庫の内部は天井まで届きそうな棚が一杯あって、棚にはみっしりと物品が詰まっている。いかにも倉庫らしい。
そして中はとんでもなく広いようだ。
「新入生のものは倉庫の比較的手前に置かれている。バッジも近くにあるはずだよ」
スワーム先生に続いていて、「しっかりな」とニールが声を掛けてきた。
「私達は外で待っているよ」
スワーム先生がそう言った。彼らは着いてこないようだ。
心細いが、仕方がない。
五人の特待生候補達はステッキの後を追った。
狭い通路は一人か二人が並んで通るのが精一杯だ。
一番先頭はエドが知らない子で、一番端っこにいたため、意図せず先頭になってしまった。
身長はエドより少し大きいのだが、それでもまだ九歳の少年だ。恐ろしそうに周囲を警戒しながら、そろりそろりとステッキの後を着いていく。
彼の後ろにマークとエドが続くのだが、先生達が見えなくなると、先ほどステッキに話しかけた子が割り込んできて、マークを小突いた。
「おい、お前、ずるいぞ」
金髪で青灰色の目のその子は不満げに唇を尖らせた。
「何がずるいんだ?」
マークは淡々と言い返す。
「お前が横から口出すから僕が間違えたみたいじゃないか」
「別に誰が言ってもいいだろう、あのくらい」
マークは呆れて言うが、金髪の子の方は気持ちが収まらない様子だ。
「これは特待生になれるかどうかの試験なんだぞ」
「はっ」とマークは鼻を鳴らす。
「あの程度のことを答えられないなら、この先だって危ういぞ。さっさと落ちた方がいいんじゃないか?」
「なんだと!?」
彼は怒り出す寸前だ。
たまらず、エドは彼をなだめた。
「こんな狭いところで喧嘩しないでよ。言い争いなんかしているとステッキを見失うよ」
エドのすぐ後ろを歩いてる子もエドに続いて言った。
「そうだよ。無事にバッチを手に入れないとそれこそ本当に大減点だ」
「…………」
そう言われると弱いらしく、マークに喧嘩をふっかけた子は黙った。
「あの、僕はエド、彼はマーク。それからこれはランタンかえるのケロちゃん。君達の名前は?」
エドは遅まきながら自己紹介を始めた。ついでにマークとリュックから出したケロちゃんも紹介する。
暗いところでは光るケロちゃんは大活躍だ。今日もかえるは勝手にエドのリュックに紛れ込んだのだが、とても助かる。
他の子はランタンかえるを見るのは初めてみたいだ。
「えっ、これ何?」
「光ってる」
「かえるなのに」
と驚いている。
「ダンジョンにいるモンスターだけど大人しいんだよ」
「ふうん、便利だね」
とマークも関心している。
ケロちゃんは皆に挨拶するように「ケロロ」と鳴いた。
なんとなく雰囲気が和んで、
「僕はイサーク。イサーク・ウェイン」
エドに同意してくれた子が名乗る。
「ウィリアム・アンダーソンだ」
先頭の子がそれに続き、最後にさっきの金髪の子が、そっぽを向きながら言った。
「……スコット・リー」
先生からは入り口近くと聞いていたが、随分歩いた気がする。
「どこまで行くんだろう」
少年達が少々不安に思い始めた頃、ステッキは歩みを止めた。
倉庫はまだ奥があるようなので、これでも先生達にとっては「手前」なのかも知れない。
ステッキは棚の真ん中くらいに柄のライトを向けるとそのまま動かない。
下から三段目で少年達の顔くらいの高さだ。
棚には丈夫そうな布の袋に入った何かがあった。






