14.【閑話】花の会 その1
その日、王都にあるギルマン侯爵邸では恒例の花の会が開かれていた。
ギルマン侯爵夫人は社交界では有名な女性で、自分の邸宅で数ヶ月に一度、季節の花を愛でる茶会を開く。
ギルマン侯爵邸は見事な庭園があることで知られており、その庭園で開かれる花の会は盛大で、王国の社交界の風物詩になっている。
今回は病気のため長らく社交界から遠ざかっていた国内有数の富豪ルパート・ガルファの娘、ミネルヴァ・ガルファが招待客に名を連ねていたため、噂の令嬢を一目見ようと会はいつもより多くの人で賑わっていた。
ミネルヴァは社交界デビュー前の十六歳。
そして平民であるため、病気の前からミネルヴァが出席するパーティーは限られており、ガルファ家の本宅がある迷宮都市ロアに住んで王都に来ることも滅多になかった。
豊かな商人は貴族と同じくらい血縁を尊ぶ。
そのため政略結婚はよくあることなのだが、ルパートは溺愛する娘の婚約者を決めていない。
結婚の際、莫大な持参金を持たされるはずのミネルヴァは貴族や富裕層の男性にとって、垂涎の的だった。
第三王子も婚約者候補のリストに彼女を加えているとのことだ。
しかしミネルヴァは一年前、病気になり、父親のルパートが誰のお見舞いも受け付けず、病名も明らかにしなかったため、命に関わる大病なのだと囁かれた。
このことでミネルヴァの縁談は減るかと思われたのだが、逆に増える一方だった。
多くの貴族は平民階級の商家を下に見ている。
病弱のミネルヴァをお飾りの妻にするには持ってこいの状況なのだ。
そんな下心が見え見えなので、ルパートは殺到する縁談をすべて断った。
渦中の令嬢ミネルヴァは兄のギルバートにエスコートされ、会に来ている。
病前のミネルヴァは栗色の髪と緑の瞳が印象的な美しい少女だった。
病気は快癒したが、花の会は屋外で行われる。
まだ強い日差しは避けた方が良いとかで、ミネルヴァは頭に厚手のベールをすっぽり被っているので顔は見えない。
一年間、彼女が患ったのは、たちの悪い皮膚病だったそうだ。
「ご病気が良くなり本当によろしゅうございますね」
「ありがとうございます、ご心配をおかけいたしました」
答える声は、一年前と変わりなく軽やかに澄んでいた。
隣には兄のギルバートがいて、にこやかに微笑んでいる。
病気は本当に治った様子で、濃いベールは外さないが、かなり元気そうだ。
濃いベールといっても服飾業界にも進出しているガルファ商会の娘が身につけているものだ。
レース生地を何枚も合わせた相当凝ったベールで、ミネルヴァには良く似合っている。
ほんの少し透け感があり、彼女の顔が見えそうで見えないのも人々の注目を集めた。
ベールの下にミネルヴァは狼耳カチューシャを付けていた。
これは最近社交界の流行の品で、さらに獣耳カチューシャはガルファ商会の商品なので彼女が身につけているのも当然といえる。
この獣耳カチューシャ、可愛らしいので一般にも大人気だが、社交界でも大きな流行になっている。
「ガルファ商会の獣耳カチューシャは、国王陛下もお気に入りとか」
その言葉にギルバートが頭を下げる。
「はい、ありがたいことでございます」
なんとカチューシャを推奨し、広めたのは、国王その人であった。
この国に獣人に対する差別が横行していることに国王は頭を悩ませてきた。
獣人は亜人種に分類され、ドワーフやエルフ達も亜人である。
彼らは獣人を拒絶する王国と付き合いを持ちたがらない。
彼らの優れた技術や亜人種国だけで採れる素材も王国では手に入りにくくなっていた。
国王はこれを深く憂いて、ガルファ商会が献上した狼耳カチューシャを愛用し始めたのだ。
そんな国王の姿に感銘を受け、高官達、そしてその妻達が獣耳カチューシャを付け……。
こうしてわずか数週間で獣耳カチューシャは王国を席巻した。
そして国王の狙い通り、亜人達に対する偏見は少しつづ収まりつつある。
ミネルヴァ達が花を愛でつつ和やかに談笑している時、急に会場がざわめき始めた。
何事かとミネルヴァ達は顔を上げる。
ギルバートは一瞬眉を寄せた後、ミネルヴァだけに聞こえるよう声を潜めて囁いた。
「第三王子だ。おいでなすったぞ」
「ええ、兄様」
ミネルヴァは緊張した声で、だがしっかりと頷く。
***
ギルバートの言葉通り、取り巻きを引き連れてやってきたのは第三王子のセレンディップだ。
侯爵邸の花の会は盛況なので、こうして王子がお忍びで足を運ぶことも珍しくない。
第三王子まで来るとよほどのことがない限り国王の椅子は巡ってこないが、現王妃の唯一の子であるのと、とある理由から彼は令嬢達から熱い注目を浴びている。
王子という身分を差し置いても、セレンディップは温厚で柔和な性格で知られ、容姿も優れている。
まさに絵に描いたような王子であるため、人気が高い。
「セレンディップ殿下よ」
「まあ、素敵」
「お美しい方ね」
若い娘が彼を囲んでキャアキャアとはしゃぐ一方で、年配の者達は、
「いやいや第二王子のベルン=ルヴァルド殿下はご幼少の頃、それはそれは美しく、天使と見まごうほどでしたよ」
「ええ、本当に」
と言い合う。
今のベルン=ルヴァルドは?
そう聞かれると皆、「ごっ、ご立派になられて」と誤魔化すが、若き日のベルン=ルヴァルドの方が断然に美少年だったのは事実だ。
ベルン=ルヴァルドは男性を中心にマニアックな支持を得ているが、あまり表舞台に立ちたがらず、公務の中でも日の当たらない地味な仕事を選んで引き受けている。
さらに彼はいまだに独身で、王位継承に興味がない王子だと囁かれていた。
兄の即位後は臣籍降下を望んでいるという。
第一王子のギャリットは今年で三十歳になるが、彼にもまた妃がいない。
第一王子の身分ではかなり異例なことだが、まだギャリットが十代の頃、婚約者を事故で失ったからだと言われている。
この痛ましい経験のため、国王も第一王子をおもんばかり、無理に結婚を勧めることがないようだ。
そのため第三王子の婚約者に皆の注目が集まっている。
彼の妻になれば、未来の国王の母になるかもしれないのだ。
「ミネルヴァ嬢」
セレンディップはまっすぐこちらにやってきて、ミネルヴァに声を掛けてきた。






