05.スライム帽子
「カチュアさん、もういいよ。気をつけてお帰り」
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうもありがとう。でも良かったの?」
「はい、私一人では四階なんて来られませんから」
リュックが満杯になったため、カチュアは冒険者達と別れて転移魔法の巻物で一階にワープした。
『マッスル草』は結局カチュアと冒険者で半分分けにした。
本来、アイテムは見つけた者の所有物になるが、カチュアは自力で四階まで行けない。
半分分けは妥当よねー、とカチュアは思っている。
今日も女神像にお祈りを捧げてから、ダンジョンから出たカチュアは道具屋でアイテムを換金する。冒険者達の分を換金し、自分で採取した『マッスル草』も換金する。
なんと半分でも『マッスル草』は5万ゴールドになった。
「これでエドに『スライム帽子』を買ってあげましょう」
スライム帽子は市場にある別の道具屋で取り扱っている。
足取りも軽く道具屋に向かうカチュアだったが、
「えっ」
店の前の張り紙には、こう書かれていた。
『スライム帽子』、一家につき一個まで。
大人気すぎて限定販売になったようだ。
「えっ、どうしよう?」
カチュアは道具屋の前で呆然と立ちすくんだ。
「お母さん? どうしたの?」
「あら、エド」
声を掛けてきたのは、息子のエドだ。
初級学校指定のスクールバッグを背負っている。
「学校の帰り? 早かったのね」
「うん、今日はテストだけなんだ」
「あら、そうなの?」
「それよりどうしたの? お母さん」
「実はね、お母さん、臨時ボーナスが出たから、エドに『スライム帽子』を買ってあげようと思ったんだけど…………」
「えっ! 『スライム帽子』?」
一瞬エドは嬉しそうな顔になる。
でも、道具屋の張り紙を見ると、いつもの淡々とした表情に戻った。
「いらない。一個だけなら、バーバラの分が可哀想だし、それに高いし」
「でもエド、欲しかったでしょう? エドの分だけでも買いましょう?」
エドは我が子ながら頭が良くて妹と母親思いだ。我慢しすぎなところがカチュアはとても心配だった。
エドは、きゅっと眉根を寄せたしかめ面でカチュアに言った。
「いらない」
「エド……」
その時、一人の男性がカチュアに声を掛けてきた。
「あの、エド君のお母さんですか?」
「はあ、そうですが……? あら、先生」
声を掛けてきたのは、エドの学校の担任の先生だ。
熱心で生徒からも慕われていると評判の教師だ。
「ちょうど良かった。実は……」
と先生はカチュアに何事か言いかけるが、エドがそれをさえぎる。
「先生、その話は母にしないで下さい」
エドはまだ八歳だ。なのに大人のようにキッパリとした口調だった。
「でもエドくん、せっかくのチャンスなんだよ」
エドは寂しげにうつむく。
「うちは……無理ですから」
「あの、先生。何でしょうか?」
「ああ、エドくんの進路ですが、彼はとても優秀なので僕としてはロアアカデミーのジュニア校に推薦したいと思ってるんですよ」
「えっ、ロアアカデミー? あの賢者様が通ったという大学ですよね」
ロアアカデミーは迷宮都市ロアにある名門大学だ。たくさんの秀才がここに通っている。
そこのジュニア校は卒業出来たら出世間違いなしと言われている。
「はい、ですが学園は全寮制でして、それに学費も高額になるからとエドくんは辞退したいと」
カチュアは初めて聞く話だ。とても驚くが、気持ちは決まっている。
「そんな……。エド、うちのことは心配しなくていいの。せっかくのチャンスじゃない。行ってきなさい」
「行けないよ。パパにママとバーバラを守るって約束したんだ」
「エド……」
「それにジュニア校は初級学校と違って無料じゃないんだ」
初級学校は騎士団の福利厚生の一環で騎士の子弟は学費無料で通えるのだ。
ロアアカデミーのジュニア校にはそうした補助がない。
カチュアが家計のことで頭を悩ませているのを、エドはよく分かっている。
「……ごめんね、エド」
「え?」
エドは反対されるとは思っていたが、謝られるとは思ってなかったので驚いてカチュアを見上げる。
「ママが何もしないではじめから『無理だなぁ』って諦めちゃったから、エドも諦めちゃったのね」
「ママ?」
エドは本来ママ呼びの子なのだ。
アランがいる頃はちょっと甘えっ子なところがあった長男だったのに、いつの間にか、カチュアを「お母さん」と呼ぶようになった。
「ママはエドにロアアカデミーに行って欲しいな」
「でも……」
カチュアはエドをぎゅっと抱きしめた。
「ママ、エドに甘えてたのね。でもママ、もっと強くなる。お金のことも心配要らないわ。だから」
カチュアはきっとアランがここにいたら、エドに言うだろう言葉を伝えた。
「『諦めないで、エド』」
***
「推薦はもう少し先でも間に合います。ご家族でよく話し合って下さい」
「はい、先生。どうもありがとうございます」
先生と別れたカチュアとエドは道具屋で『スライム帽子』を買った。
エドは『スライム帽子』を大事そうに抱えて、でもおずおずと不安そうな口調で言う。
「本当にいいの? バーバラの分は」
それを見て、カチュアは「随分とエドには我慢をさせてしまっていたな」と反省する。
「バーバラの分はママがなんとかするわ。確かにあの子、エドが被っているのを見たら欲しがるだろうから、その時はちょっとだけ貸してあげてね」
「…………」
エドは少し考えてからカチュアに尋ねた。
「バーバラの分の『スライム帽子』はあるの? これ、僕のでいいの?」
妹思いのエドはバーバラが『スライム帽子』を買って貰えないんじゃないかと心配している。
そんなエドにカチュアは力強く頷いて見せた。
「ええ、一週間以内にママがきっと手に入れるから、エドは心配しないで」
カチュアはモンスターポイントカードのポイント特典で『スライム帽子』をゲットする決意をした。
はじめから自分には戦うのなんて無理だと思っていた。
でも息子に悲しい思いをさせるぐらいなら、カチュアはモンスターとも戦う!
幸い、カチュアには武器がある。
お玉とお鍋のふただけど。
「はい」
エドはカチュアに『スライム帽子』を差し出した。
「?」
「じゃあ、それまでママ、預かっててよ」
「え? いいの?」
「うん、僕もバーバラと一緒に被りたいよ」
いい子に育ったわー。と感動するカチュアだった。
エドの『スライム帽子』はいったんカチュアが預かることにした。
カチュアは7の付く日、ポイント三倍デーにダンジョンに行き、モンスターを倒すつもりだ。
冒険者の新人研修で、カチュアは冒険者ギルドの魔法使いが作り上げたモンスターを倒した経験がある。
とはいってもダンジョンの中でも一番弱いと言われているスライムや、ジャイアントアントという巨大アリが相手で、きちんとした武器と防具さえあれば、そして一対一なら、大人なら倒せるモンスターだ。
「だから、きっと出来るはず! うん!」
……とカチュアは自分を鼓舞した。