06.太ももで!?
「デカイ……」
息を呑むオーグの横で、ベルンハルトは冷静だった。
「少年、ここは頼む」
オーグとベルンハルトは四人の村人の盾となり、角ウサギの攻撃から彼らを守っている状態だ。
「えっ、ベルンハルトさん?」
「僕は、アイツをやる」
ベルンハルトはグレート角ウサギを睨んで言った。
「はっっ」
気合いもろとも駆け出すと、ベルンハルトは跳躍する。
高く舞い上がったベルンハルトは、空中で体をひねり、グレート角ウサギの首にキックを叩き込んだ。
ドオオッと大きな音を立てて、グレート角ウサギは崩れ落ちる。
「そんな、一撃で……」
さすがの角ウサギもそれを見て、劣勢を悟ったらしい。脇目も振らず逃げ出した。
「二人ともー、無事?」
カチュア達が乗った馬車が追いついたのはその時だ。
「少年よ」
ベルンハルトはゆっくりと振り返るとオーグを見つめた。
「はっ、はい」
「何故、君は包帯を身につけている?」
「それは……」
オーグは言いよどんだ。
オーグの包帯は、狼の毛で覆われた肌を隠すためのものだ。
包帯のせいでからかわれるのはしょっちゅうだ。
だが、そんなものはまだましだ。
本当に怖いのは、人狼を見た『ヒト』のさげすむような、怯えるような、そんな視線。
「あの、オーグ君は……」
とカチュアは代わって言いかけたが。
「その布のせいで、君の動きは制限されている」
ベルンハルトはそう、指摘した。
ベルンハルトはずんと片足を出す。
短めのスパッツは履いているが、それはベルンハルトのたくましい太ももの半分ほどしか覆えてない。
ショートブーツは履いているが、素肌が露出している。
生足を晒しながら、ベルンハルトは言った。
「太ももで風を感じろ。包帯を巻いていては動きが鈍くなるぞ」
「太ももで!?」
カチュアは驚愕した。
アンは呆然としているオーグに言う。
「太ももはともかくさ、確かに包帯は邪魔だよね」
「はい……」
それはオーグも感じていた。
だが包帯がないと人狼であることがばれてしまう。
「俺……どうすれば?」
アンはゆっくりと首を横に振る。
「アイツはオーグの弱点を教えただけよ。すぐに何か決めることも、一人で背負い込むこともしなくていいわ。アンタがどうしたいか、ゆっくり考えればいい。そのためにアタシ達、仲間がいるんだから」
「はい……」
***
村人達の怪我をローラが癒やし、ガンマチームは再び馬車に乗り、ガルファ邸に向かった。
村人は無事で、ドロップ品のグレート角ウサギの肉はお礼に、ガンマチームがもらうことになった。
予定より少し遅れてしまったが、人命救助が優先だ。
こうしてたどり着いたガルファ邸は予想通りすごい大邸宅だった。
なんと庭に噴水がある!
「ほわー」
「すげぇ」
と感心しながら、馬車を降りて、邸宅の中に入る。
そこもお城みたいな金ぴかのお宅だった。
「ようこそお越しくださいました」
ズラリと使用人が並んで出迎えてくれる。これは家を上げて歓迎してますよというお金持ち流の挨拶だ。
そして忙しいはずの主のルパート・ガルファ自らがカチュア達を出迎えた。
「早速ですが、娘に会っていただけますか?」
「は、はい」
ガルファに案内されてカチュア達は奥へと進み、通されたのはガルファ家の私的なダイニングルームである。
一般庶民は私的もなにもダイニングルームは一カ所だが、貴族や富裕層は広い邸宅の中に食事室もたくさんあり、その中でも「私的な」ダイニングルームは特別な意味を持つ。
私生活を明かしたがらない彼らにとって、プライベート空間に招き入れるのは、心を開いて語り合う大事な相手であるというメッセージなのだ。
それに昼食会でも、子供の同席はマナー違反になるのだが、私的な食事会ならそれも許される。
その食事室では、既に先客がカチュア達を待ちわびていた。
ガルファに似た二十代の男性が一人、室内なのに覆面にマント姿の男達、そして十名の女性達がいて、彼女達を見たカチュアは息を呑んだ。
十名の女性達の真ん中にはいかにもお嬢様然とした綺麗なドレスを着た女性。
彼女を囲むのはお揃いのドレス姿の女性で、彼女らはきっと侍女なのだろう。さらに騎士服を凜々しく着込んだ女性騎士。
彼女らの年齢や身分は様々だ。
だが――。
真ん中のドレスの女性は顔を濃いベールで隠しているので分からないが、九名の女性達は皆、耳や顔の形が狼のそれに変化していた。よくよく見ると尻尾が生えている女性もいる。
彼女達が狼獣人に襲われて人狼となったという女性十名だろう。
つい人狼の女性陣に注目してしまうが、ガルファがまず最初に紹介したのは、礼服を隙なく着込んだ二十代の男性だった。
「息子のギルバートです」
「ギルバートです」
と男性は頭を下げる。
如才ない、いかにもエリート商売人という雰囲気が父によく似た男性だ。
「娘のミネルヴァです」
そして次にガルファはドレスの女性を紹介した。
彼女はゆっくりとベールを外す。
露わになったのは狼の耳。そして顔。
オーグほどではないが、ナージャよりは狼と化した部分が大きい。
顔全体がうっすらと獣毛に覆われ、
「ミネルヴァです」
そう挨拶をしたミネルヴァの口には大きな犬歯が見えた。
「この者達が狼獣人に襲われた女性十名です。皆様のおかげで材料が揃い、ポーションを作ることが出来ます。皆様のご厚意に深く感謝申し上げます」
そう言うと、ガルファと息子のギルバート、十名の女性に護衛まで、カチュア達に向かい、深々と頭を下げたのだった。
本来なら王族をお迎えするとやたらめったら面倒くさいやりとりがあるらしいのだが、ベルンハルトはお忍びなので、挨拶はそれで済み、
「では食事に致しましょう。お子様もご一緒にどうぞ」
とガルファは二人にも声を掛けてくれる。
子供達が怯えたり、意図しなくても女性達を傷つけるような言動をしてしまうかもしれないとカチュアは万一に備えて二人の口を塞げるように厳重待機していたが、二人ともむしろカチュアより動じてない。
後から聞くとエドは魔法の本から様々な獣人の姿絵を見せてもらっていたのでミネルヴァ達を見ても驚くことはなかったという。
バーバラは、「きば! かっこいい」……だそうだ。
「ありがとうございます」
エドがどこで覚えたのか、さっと略式の騎士の礼を執り、お礼を言うと、バーバラも隣で、
「ます!」
と元気よく手を上げたので、場は一気に和んだ。
一同はそのまま、食事のためのテーブルに移動しようと仕掛けたのだが、
「その前によろしいでしようか?」
ミネルヴァが声を上げた。






