03.美少年王子と人魚
詳しい話を聞く前にカチュアは子供達をお風呂に入れた。
スイートルームはお風呂場も広くて家族三人ゆうゆう入れる。
そのまま子供達を寝かしつけて、応接室に戻ると、皆待っていてくれたらしい。
「カチュアさん、話、続けましょう」
「えっ、ごめーん。待っててくれたの?」
「大丈夫ですよ、俺達、自己紹介とか、チームになった経緯とか話してました」
「あ、そうなんだ」
全員が席に着くと、ベルンハルトはアンに尋ねた。
「アン、僕らが会った時のこと、話していい?」
「ええ」
アンは短く素っ気ない口調で了承した。
アンの許可を得たベルンハルトはガンマチームのメンバー達に尋ねた。
「君達は、人魚の肝の話を知っているか?」
唐突にそう聞かれて、ガンマチームは驚くが、人魚の話は有名なのでみんな一度は聞いたことがある。
「確か、人魚の肉を食べると不老不死になれるっていう……?」
「そこまで荒唐無稽な力はないが、間違いとも言い切れない。人魚の肝はどんな病人をも癒やしてしまう妙薬なんだ」
「へぇ」
人魚の肉の伝説は一般に広く知られているが、人魚はとても珍しい生き物で、実際にはいるのかいないのかすら分からない存在だ。
そもそも人魚に出会うと、皆その美しさに我を忘れて海に飛び込んでしまうので、人魚に出会って生きている男性はいないとも言われる。
「僕は昔、本当に病弱で大人にはなれないと言われていた。だが陛下は手を尽くして、僕を健康にする方法を探してくれたんだ。そうして見つけ出されたのが、人魚の肝を食べることだった」
人魚は普段海の中で暮らしているという。
そんな人魚達が人前に現れるのは珍しく、世界でも数カ所しかない地上の人魚の住処の一つが、遙か彼方の孤島、レダ・エリス島だった。
父王から人魚の話を聞いたベルンハルトはこのまま死ぬよりはとレダ・エリス島に向かった。
病身の少年、ベルンハルトには過酷な旅だったが、なんとかベルンハルト一行はレダ・エリス島にたどり着いた。
しかし。
「人魚と取引するためにはまず、島を支配する女王の許可が必要だった」
「…………」
アンは過去を思い返しているのか、遠い目をしてベルンハルトの話を聞いていた。
「許可をもらうため僕は父王から与えられた貢ぎ物を女王に持って行ったが、目録の一部の宝石が偽物にすり替わっていたんだ」
「えっ、偽物に?」
「それでどうしたの?」
「女王は激怒し、協力はしないと申し渡された。途方にくれた僕を助けてくれたのがアンなんだ」
「へー」
「あ、じゃあアンはその島の出身なのね」
迷宮都市ロアには様々な国の人がやって来るのであまり目立たないが、確かにアンはこの辺では珍しいとても綺麗な金髪をしている。
「そうだ。アンは人魚の入り江に行き、人魚を倒して肝を手に入れてくれたんだ」
それを聞いてカチュアは思った。
「あのー、肝を取られた人魚の人は無事だったの?」
人魚はモンスターと扱われることもあるが、亜人、つまり人間であるとも言われている。
生死はちょっと気になる。
質問にはアンが答えてくれた。
「無事よ。アイツらは人間と取引するのが好きなのよ。肝の代わりに声や、美貌や髪を奪うの」
肝も人魚の秘薬という魔法の薬ですぐに元通りになるらしい。
痛いし、再生にも少し時間が掛かるので、よほど欲しいものがないと、人魚達は取引には乗ってこない。
人魚の肝を手に入れるには、人魚達の関心を引く『何か』が必要なのだ。
そして取引は男性には出来ない。
人魚達は男性に対して強い魅了の力を持っている。人魚を一目見た男性は取引など忘れてそのまま海に飛び込み、彼らの虜になってしまう。
だから人魚と取引が出来るのは女性だけなのだ。
アンの時は、入り江にいた人魚のうちで一番美しい人魚が、アンに戦いを持ちかけてきたという。
「アンが勝てば人魚の肝を渡し、アンが負ければアンの髪をもらう。そういう約束で戦い、アンは見事、人魚に勝利した。だが……」
「だが?」
「相手は人魚ではなかった。クイーンマーマンという男性の人魚だったんだ」
クイーンマーマンは一見女性にしか見えないが、実は男性。
男の娘さんの人魚だったのだ!
「その肝を食べた僕はとても健康になって、今の体になった」
つまり必要以上に元気になり、ムキムキになったらしい。
「そんな過去が……」
「人魚って強ければ強いほど美しいの。取引をたくさん重ねて美しくなるから」
とアンが人魚の美しさの秘訣を教えてくれた。
ベルンハルトはぶっとい首を振って頷く。
「おかげで僕はこんな素晴らしい体を手に入れることが出来た。でもアンは……女王に背き、命令を破ったという理由で、国を追われてしまった。健康になった僕は王宮に戻る気になれず、アンと二人、この迷宮都市ロアで冒険者として暮らし始めたんだ」
「ふーん」
ジェシカに会ったのはその頃だそうだ。
その時、コンコンとドアが叩かれた。
「あの、俺、出ましょうか?」
リックが気を利かせて立ち上がる。
「ああ、頼む」
「はい、開けます」
リックがドアを開けるとそこには、身なりの良い片眼鏡の紳士が立っていた。
「あ、ルパート・ガルファ氏」
そこにいたのは、大富豪、ルパート・ガルファ、その人だった。
***
ガルファは深々とお辞儀をした後、一同に話しかけた。
「夜分に失礼いたします。是非ベルンハルト様にお目に掛かりたく、参上いたしました」
口調はとても丁寧だ。彼はベルンハルトが何者か、知っているらしい。
対するベルンハルトの態度は素っ気ない。
「来客中だ。話は明日、聞く。帰ってくれ」
と大富豪相手につれなく断った。
ガルファは怒りもせずに一礼する。
「ではここにおりますので、いつでもお声がけください」
「えっ、ここって廊下ですか?」
リックがうろたえる。
「左様です」
「おっ、俺達、失礼します?」
と思わずオーグがうろたえた。
「そうねぇ、そろそろ遅くなったし」
アンは帰る気満々だ。
それを聞いてベルンハルトが悲鳴を上げる。
「そんな! まだ話はすんでないよ。帰るなんて言わないでくれ。分かった、君達がいいなら、ガルファ、入りたまえ、ただし、君一人だ」
ガルファは恭しく礼をした。
「ありがたき幸せ」
「あの、いいんですか? 俺達、いて」
リックはベルンハルトに尋ねた。
「いいよ。ガルファの目的はどんぐり杯だ。君達にも関係あるだろう? そうだね、ガルファ」
「左様でございます。どうかどんぐり杯をお渡しください。金はいくらでも。殿下の王位継承のためにこのガルファ、あらゆる手段を尽くします故、どうか」
とガルファは深々頭を下げた。
「えっ、どうなってるの?」
王位継承といきなりハイレベルな話になり、ガンマチームは戸惑うしかない。
しかも街の噂ではガルファは違う王子に味方しているはずだが?
「お嬢さんが第三王子の王子妃候補ってことは、ガルファ氏は第三王子派閥じゃなかったの?」
ベルンハルトは第二王子。
同じ王子でも、派閥は違うはず……?
「さー」
「難しいことはわからないわねぇ」
ひそひそ話していると、ガルファがおもむろに言った。
「逆ですよ。娘と第三王子を結婚させないためにどんぐり杯がどうしても必要なのです」
「は?」
「えっ、どういうこと?」
ガルファはまっすぐオーグを見つめた。
「我が娘は狼の獣人に襲われ、人狼と化したのです」






