02.ガルファホテル501号室
「アイツならそのくらいは容易いわ」
「すごーい。で、会いに行くの?」
アンは「うーん」と悩んでいる様子だ。
「まあ、どんぐり杯もらったわけだから、一回ぐらいは会わないとなんだけど。一人じゃ会いたくないのよねぇ。皆来てくれるなら行こうかしら」
「え、いいの? 殿下、恋人じゃないの?」とカチュア。
「別れたの?」と身を乗り出して聞くのはローラ。
女性陣は興味津々だ。
「まーねー」
とアンは質問をはぐらかす。
「あの、行っていいなら俺、もう一度、あの人……いえ、殿下に会いたいです。どんぐり杯をどうやって手に入れたのか聞きたいです」
オーグは冒険者としてのベルン=ルヴァルドに興味があるようだ。
「俺も行きたいです」
とリックも手を上げる。
「さっきのマント、もう一回見たい」
こちらはアイテムマニアの血が騒ぐようだ。
「私も行く」
とローラも言った。
「……美少年じゃない」
気になるのは本当、それ。
どうして今の姿になったのだろう?
もはや別人にしか見えないほど容姿は変貌している。彼が本当にあの美少年王子だったとはにわかに信じがたい。
カチュアも当然気になるが、
「私はいいわ。何か分かったら後で教えてね」
と皆に言った。
「えっ、カチュアさんも行きましょうよ」
「エドとバーバラのことがあるから夜遅くは無理よ」
「ああ、ならさ、子供達も一緒においで」
とアンが言った。
「え、いいの?」
「場所はホテルだもの。ガルファホテルの501号室は、スイートルームっていうの? 寝室とリビングが別れてるのよ。眠くなったら、ベッドで眠ればいいわ」
カチュアは躊躇した。
「本当にいいの? でんでん虫さんはアン一人で来ると思ってるわよ」
「いいわよ。一人で行くのはイヤ。皆が一緒に行ってくれるなら心強いわ。ところででんでん虫って何?」
***
結局ホテルにはチームメンバー全員で行くことになった。もちろんエドとバーバラも一緒だ。
ベルン=ルヴァルドが指定したホテルは、迷宮都市ロアでは、一流の下といったところだ。
王族や貴族が使うのは、ガルファホテルグループの中でも最高級のインペリアルガルファホテルだ。
ガルファホテルは上位ランクの冒険者達が常宿に選ぶ、リッチでありながら格式張ってはいない。
そんな雰囲気のホテルで、子供達も安心して泊まれる。
カチュアの家は迷宮都市ロア内にあるので、都市内のホテルに泊まる機会は滅多にない。
だから二人とも大きなホテルを見上げわくわくしている。
「本当に今日、ここに泊まるの?」
「すごーい」
「そうよ、食事はレストランじゃなくてルームサービスになっちゃうけど、美味しいわよ」
アンは泊まったことがあるのか、このホテルに詳しそうだ。
「ルームサービス?」
「わーい!」
アンのおごりで501号室の隣部屋を予約しているので、万一ベルン=ルヴァルドが部屋に入れてくれなくても安心だ。
カチュア達はホテルの五階に上がる。
五階はホテルの中層階にあたり、501号室はスイートルームの一つだが、ホテル内で最高級のスイートではなかった。
お忍びでここに来ているのか、ベルン=ルヴァルドは目立たないように気をつけているようだ。
「アタシよ、開けて」
アンが501号室のドアをノックする。
「アン!」
すぐにドアが開き、満面の笑みを浮かべたベルン=ルヴァルドが出迎えるが、アンが一人でないことに気づくと驚いたようだ。
「?」
「来たわよ、中に入れて頂戴」
501号室には全員が座れる大きなテーブルがあった。
そこに腰掛け、エドとバーバラ用に早速ルームサービスを頼む。
大人組は昼間散々食べたので、お茶だけだ。
頼んだのはお子様ランチ。
エビフライとハンバーグが両方乗った夢のプレートだ。
「うわー」
「すごーい」
やってきた食事を見て二人は歓声を上げる。
「「いただきまーす」」
と楽しそうに食事を始める。
「……アン、彼らは?」
ベルン=ルヴァルドは怪訝そうにアンに聞いた。
「アタシのチームメンバーの息子さんと娘さん」
「君が僕以外の人間とチームを組むとは思わなかったよ」
ベルン=ルヴァルドは寂しそうに微笑む。
「アタシもね、変わったのよ。それよりさ、聞かせて頂戴。あのどんぐり杯はどうやって手に入れたの?」
「無論、僕が手に入れた。九十九階は前に行ったよね、どんぐり山のことは覚えてる?」
「ええ」
(えっ、アンは九十九階に行ったことあるの?)
カチュア達は衝撃を受けたが、二人の話の腰を折ってはいけない。黙って驚いた。
「あの時は先に進みたかったら、イベントを発生させたけど、クリアはしなかったのよね。やっぱりどんぐり杯は……?」
アンがそう尋ねるとベルン=ルヴァルドは首を縦に振る。
「ああ、どんぐり杯はどんぐり山であのイベントをクリアすると入手出来るイベントアイテムだった」
イベントアイテムは、とある条件を達成した時にゲット出来るアイテムのことだ。
二十五階の月下美人草もイベントアイテムの一つである。
「そう、やっぱり」
アンは呟いて、カチュア達に向き直った。
「ごめんね、アタシ、どんぐり杯に心当たりがあったの。でも確証は持てなくて、もう少し上階に進んで情報が集まってから話すつもりで黙っていたわ」
アンはそう謝ったが、カチュア達も今、九十九階の話をされてもどうしようもなかったので、
「それは、別に」
「謝らなくてもいいのに」
「気にしてませんから」
「うん」
と返事した。
どんぐり杯のイベントは、九十九階にあるどんぐり山で、素手もしくはナックルダスターのような打撃用小型武器のみを装備した状態で、出現する敵キラーグリズリーを三体倒すと発生する。
戦うのはチームでも個人でもいいが、必ず一人が三体を倒さねばならない。
このキラーグリズリーを三体倒すというのが、そもそも難易度が高いのだが、さらに。
「どんぐり杯は、その年どんぐり山で一番大きく実ったジャイアントどんぐりをくりぬいて作る優勝杯だ。僕はグリズリー達と相撲という外国の格闘技の試合をし、優勝したんだ」
ベルン=ルヴァルドの言葉に、カチュア達はドン引いた。
「キラーグリズリーと相撲?」
キラーグリズリーは、熊の魔物グリズリー種でも上位に入る種族だ。
カチュア達はこの前二十九階でノーマルのグリズリーと戦ったが、一体倒すのにとても苦労したのだ。
そのグリズリーより何倍も強い上位種と相撲で勝つとは……。
「この人、人間?」
常識を疑う強さである。
「あの、そんな貴重なものを俺達にどうしてくれたんですか?」
オーグがおずおずと声を質問する。
「アンがそれを欲していたからだ」
とベルン=ルヴァルドは言った。
今は風呂に入ったのか、ムキムキパツパツだけど、こざっぱりとしたシャツとスラックス姿だが、先ほどのベルン=ルヴァルドは血まみれだった。
どんぐり杯を手に入れたその足でアンを訪ねてきたのだろう。
何故血まみれが気にならなかったのか?
それはベルン=ルヴァルドにファッションかな?と思うくらい血しぶきが馴染んでいたからである。
「うわー、熱烈。アン、良かったわね」
カチュアが言うと、アンは「うへー」って感じの顔になった。
「良くないわよ。アタシらは、もう終わったの。まあ、どんぐり杯はもらっとくわ。ありがと。じゃ、帰るわ」
アンは早々に立ち上がりかけたが、ガンマチームのメンバーが必死で止めた。
「ち、ちょっと待ってください」
「そうですよ、まだ殿下に聞きたいことがあるんですから」
「うん」
ベルン=ルヴァルドは彼らに笑みを向ける。
「私に何か質問かい? ここには秘密裏に来ている。私のことはベルンハルトと呼んでほしい」
「はい。では、失礼してでん……じゃない、ベルンハルト様」
リックがドキドキしながら声を掛けるとアンが横から口出しした。
「『様』なんて要らないわよ。まあ、年上だからそうね、『ベルンハルトさん』ね」
「はい、じゃあベルンハルトさん……」
リックが何か質問しようとしたが、彼をずいっと押しのけて、ローラが言った。
「どうして美少年じゃないの?」
ローラの質問は直球過ぎだが、確かにそれは一番知りたい。
「あの、俺達ベルンハルトさんの絵姿を見たことがあるんです。今と随分姿が変わっているみたいなんですけど、何があったんですか?」
リックが常識的な言葉に直して聞いた。
「それは」
ベルンハルトはややうつむき、ふっさりとしたまつげを伏せた。
そうするとベルンハルトはあの肖像画の面影を残す、かなりの美青年である。
だがその絶世の美貌は二メートル近い長身や戦慄するような強者感や服の上からでも分かる膨らんだ大胸筋や丸太のような太もも、プリッとデカイ臀部などの「ベルンハルトさん、キレてる」という特徴と比べるといささかパンチが弱く、「そういえばカッコイイですね」程度の特徴としては十番目くらいの位置にあるのだ。
どうやら美少年王子と同一人物のようだが、だとすれば一体彼の身に何があったのだろうか?






