25.どんぐり杯入手!?
「あ、ジェシカさん、こんにちは」
顔なじみになったジェシカにガンマチームが挨拶する。
「こんにちは。この前はどうもありがとう。あの、パーティー中に申し訳ないんだけど、ちょっとアン先輩に用があってお邪魔したの。いいかな」
料理屋ではパーティーの予約をした時、パーティーに集まる人が分かりやすいように、「○○様貸し切り」と看板を出す。
たまたま表の道を通ったジェシカはその「歓迎 リスの間 ガンマチーム様」の看板を見たのだ。
「アタシに何か用?」
「はい、実は……」
ジェシカはアンの側に行き、耳打ちをする。
カチュアはアンの隣だったので、少し聞こえてしまった。
「ベル……がこのロアに来ているようなんです」
「あー、そう?まあ、来るんじゃないの?普通に視察とかあるでしょう」
「いえ、それがそうではなく。認識阻害魔法付きの装備を使っててはっきりしなかったんですが、もう半年近く都市内のホテルを常宿にして暮らしているそうです。それも冒険者として」
興味なさげな空気を隠さないアンだったが、それを聞いてハッとジェシカを見る。
「そりゃ、おかしいね」
「はい。王宮で事件があったようです。箝口令が敷かれてますが、どうも非常に貴重な宝物がなくなったようです」
「ふうん……」
アンは少し考え込む。
「だったらなおさらどうしてロアに?そのすごいお宝ってやつが、この都市にあるのかしら」
「それは、分かりません。ただ、お耳に入れとかないとと思って」
「そう、ありがとう。あ、ピザ食べる?美味しいわよ」
「ありがとうございます。ですが、仕事の途中でして。これで失礼します」
「そうなの?」
カチュアはジェシカに聞いた。
「ええ、別のアイテムを探しているAランクチームのサポートなの」
ちょっとげんなりした様子だ。
前にちらっと「上手くいってない」と聞いたが、彼らが探す『別のアイテム』とやらは、あれから一ヶ月以上経ってもまだ見つかっていないようだ。
「大変ねぇ」
とカチュアは同情した。
「ではこれで失礼します」
ジェシカはそう言うと足早に部屋を出て行こうとする。
その時。
「アン!」
大きな声と共に、バーンと壊れそうな勢いでドアが開け放たれた。
ドアの向こうには、「あっ……」と焦り顔をした冒険者風の巨大な男性が一人立っていた。
きっと本人的には普通に開けたつもりだろうが、思わず力が入りすぎたのだろう。
たまに夫もやるヤツだ。とカチュアは思った。
それにしても、見たことがない男性だ。
百九十センチを超える長身で、実用重視の軽装甲の装備を身につけている。
装備越しにも全身の筋肉が力強く盛り上がっているのが分かる。
こういう格好の人は戦士職によくいるのだが、彼は一回り身長も身幅も大きい。
ガチムチ君である。
年齢は、二十代半ばくらいだろうか?
男は「アン」と嬉しそうにアンに呼びかける。
アンは、面倒くさそうな表情で、
「何しに来たの?」
と男性に尋ねた。
「君に会いに」
塩対応に関わらず、男性は嬉しそうだ。
ムッキムキの荒くれ者風なのに、ニコニコと微笑んでいる。彼が犬ならアンに尻尾をぶんぶん振っているだろう。
アンはしっしっと片手を振る。
「帰りなさいよ、忙しいんでしょう?」
男性はシュンと悲しそうになる。
「怒っているんだね、アン。僕がふがいないばかりに」
アンは一度ため息をついた。
それからまっすぐにその男性を見つめると、それまでとは違う、真剣な声で話しかけた。
「帰りなさい、アンタの世界に。ここで油を売ってる場合じゃないでしょう?もうアタシはアンタに必要ない存在だ」
アンは取り付く島もないくらい、はっきりそう言い切った。
だが、男性は大きく首を横に振る。
「君がいない世界で、僕が生きる意味はない」
「よくわからんが格好いい」
「うん」
目の前でいきなり始まったやりとりを呆然と見ているガンマチームとジェシカ。
カチュアは男を見て、「あれ?」と思った。
知らないと思っていた男性だが、カチュアは一度だけ彼を見たことがある。
そう、数ヶ月前に開催された冒険者ギルド保育園のバザーで、あの幻獣「ろあちゃん」の刺繍を刺して欲しいと頼んできた男性だ。
そして次の瞬間、野次馬していた彼らは息を呑んだ。
「これがお詫びになるか分からないけど。どうか受け取ってくれないか」
と彼は背負っていた袋から茶色のどんぶり鉢のようなものを取り出した。
「あっ……!それは!」
ジェシカが声を上げる。
男性は片足を跪き、どんぶり鉢を恭しく掲げると、アンを見つめて言った。
「どんぐり杯だ、君のために取ってきたよ、アン」






