24.三十階到達おめでとう記念
「ええ、二ヶ月後にロバートさんのご両親にご挨拶に行く予定よ」
ロバートはリコリス村から少し離れた町の町長の息子だ。
ナージャとは愛し合っているが、ただの村娘であるナージャをロバートの両親はあまりよく思っていない。
しかしロバートは心優しく働き者のナージャと結婚したいと思っている。
彼は家を継ぐべく一帯を治める領主の館で文官として修行の身なのだが、忙しい最中も両親を必死で説得し、顔合わせが実現した。
そこで問題がなければ、婚約、結婚の運びになるのだが……。
ナージャの頭には今、狼の耳がついている。(大問題)
「あの、姉さん、ロバートさんのご両親は姉さんが人狼になったこと……」
ナージャは頭を振る。
「知らないわ。でも大丈夫よ。王都や大都市のロアで狼耳のカチューシャが流行っているって誤魔化すから」
誤魔化す?
「誤魔化せるの?それで?」と後ろで会話を聞いていた四人は思った。
「姉さん……」
オーグは何かを言いかけたが、その時、魔法の鏡の鏡面が歪む。
鏡の魔法が解けようとしていた。
「姉さん!」
オーグは鏡に向かって叫んだ。
「オーグ、体に気をつけ……」
ナージャが最後まで言う前に、魔法は切れてしまった。
鏡は普通の鏡に戻った。
「…………」
通信が途絶えた後、しばらくカチュア達は無言だった。
やがて、リックが呟く。
「ナージャさん、大丈夫かな?」
「うん……」
ローラも心配そうだ。
いくらなんでも本物の狼耳を狼耳のカチューシャだと言って誤魔化せるのか?
もちろん、実際にケモ耳カチューシャは流行っていない。
「でも、たった二ヶ月だとどうにもならないわね」
とアンが言う。
アンの言葉通り、後二ヶ月で残りの材料を手に入れて、最上級状態異常解除ポーションを作るのは、ほぼ無理といっていいだろう。
目指すアイテムはどれも遙か上階にあり、チームはまだ二十六階だ。
「うーん、どうしようもないよな」
どう考えてもそういう結論になってしまう。
「とにかく、先に進もう」
チームは昼食を終え、ダンジョン探索を続けることにした。
***
それから一ヶ月後。
ガンマチームはいつもの料理屋にて『三十階到達おめでとう記念』のお祝いパーティー中だった。
ガンマチームは五階到達ごとに一度、お祝いのパーティーを開くことに決めている。
ジェシカ達のおかげで一度は三十階に足を踏み入れたガンマチームだが、再び、今度はチームメンバーだけの力で三十階に来ることが出来た。
昨日、三十階に到達したガンマチームはその翌日の昼、食事会に集まった。
カチュアの都合もあり、ガンマチームの飲み会は大抵昼に催される。
前の日に予約しておいたので、ランチメニューよりちょっと豪華なパーティー料理がテーブルの上に並んでいる。
場所は個室だし、少しぐらいなら声が大きくなっても大丈夫だ。
「かんぱーい」
まずは皆で乾杯し、前菜のポテトサラダから食べ始める。
二十階から三十階は、一階上がるのに、最低十日掛かると言われている。
敵の強さに合わせてレベルアップしながらなので、どうしてもそのくらいの時間は必要なのだ。
だが。
「今回は割と」
「楽勝でしたね」
「うん」
カチュア達は、二十六階から三十階まで、一ヶ月で到達してしまった。
カチュア達がすごいのではなく、この前指名クエストでもらった装備がすごすぎるのだ。(カチュア以外)
「今回は、武器や防具に助けられましたね」
「そうね」
今ガンマチームが使用している武器や装備は、本来ならレベル60以上の上位冒険者が身につけるような装備だ。
上級装備とこの前倒したレアレア茸デラックスの経験値で、オーグ達のレベルはレベル40に達している。
ちなみにカチュアのレベルは22。
しかし、三十階に到達し、昨日一日でスムーズに三十階の女神像のほこらまで行けたのは、カチュアのおかげである。
ガンマチームは再びすごろく蛇に遭遇したが、カチュアの姿を見るとよほど怖かったのだろう、顔色を変えて、さっと逃げ出してしまった。
コンコンとノックがして、大皿を持ったウェイトレスが入ってくる。
「フライドチキン揚がりましたー」
「あ、フライドチキンだ」
フライドチキンが来たので、話は一時中断である。
「これ、美味しいわね」
と一口食べたアンが驚いている。
「ここのフライドチキン、美味しいって評判ですよね」
「秘密は下味にちょっとお酒を加えることらしいんだけど、この味は家では出ないのよー」
レシピを教えてもらったが、なかなか再現出来ないカチュアである。
さすがお店の味だ。
牛肉のグリル、きのこと海鮮のオイル煮、焼きたてピザにドリアなど、運ばれてくるパーティーメニューにメンバーは舌鼓を打つ。
食事会も後半にさしかかった頃、カチュアは皆に連絡事項があったことを思い出した。
「あ、私、五日後、お休みさせてください」
「そりゃいいけど、どうして?」
「娘の保育園のお遊戯会なの」
「あ、そうなんですか?」
「お遊戯会って何をするの?」
興味あるのか、ローラが聞いて来た。
「うちの娘のクラスは『お姫様と七人の小人』の劇をするの。劇って言っても有名な、森の中のおうちでお姫様と小人達が歌うワンシーンだけなんだけど」
色々あって殺されそうになった小さなお姫様が森に行き、小人達と出会い、小人達と歌を歌いダンスを踊る楽しい一幕だ。
「へー」
「バーバラちゃん、何役?お姫様?小人?」
「ううん。うちの子は海賊」
「えっ、海賊?」
「『お姫様と七人の小人』に海賊って出てきました?」
「計八名だと役が足りないでしょう?だから、お歌の途中で、『私達も一緒に歌わせて』って楽しいお友達がやってくるのよ。うちの子はその一人」
「そうですか」
「でもなんで海賊?」
「そうよ。森の中に海賊なんていないでしょう?」
「そこは、皆好きなものを選んだのよ。モモンガとかお花とか。で、うちの子は海賊」
「海賊好きなんですか?カチュアさんの子供」
「昔から好きなのよー。強くて格好いいと思っているみたい」
どちらかというと騎士である父アランの敵対勢力だが、バーバラは大好きだ。
カチュアにはよく分からないセンスである。
おかげで衣装はエドのお古のボーターシャツとパンツをサイズ合わせしただけですんで楽なのだが。
「ああ、衣装作りがあるのね。お姫様役の子のお母さんは大変だ」
「それがそうでもないの。あのルパート・ガルファ氏のお嬢さんが自分が着ていたドレスを保育園に寄付してくれてね」
子供用とはいえ、絹で作られた豪華なドレスはカチュア達、大人が見ても「ほうっ」とため息が出るような素敵なドレスである。
十年ほど前に寄付されて、保育園では大事に手入れしながら毎年お遊戯会に使っている。
子供達も憧れのドレスだ。
まあ、バーバラは「やっぱり海賊ー」とドレスより海賊を選んだのだが。
お嬢さんは他にも教会や学校などに着られなくなったドレスを寄付しているんだそうだ。
「そういえば、ガルファ氏のお嬢様って、王子様の婚約者になるとかならないとか……」
とリックが言った。
ガルファ氏は迷宮都市ロアや近くの街では皆知っている有名な豪商なのだ。
「えっ、そうなんだ」
迷宮都市ロアとはかなり離れた小さな村に住んでいたオーグは初耳だったらしく驚いている。
お嬢さんが王子妃候補になったらしいという街の噂を聞いて、オーグは言った。
「そういう優しい人が王子妃様になるのはいいことですね」
「うん」
「そうね」
ローラもカチュアも同意する。
「王子様って何人かいましたよね。結婚するのはあのすごい美少年の人ですか?」
オーグは王室関係にはうとい。
そんなオーグでも知っているのは、たぐいまれな美しさで知られる美少年王子だ。
もう十年近く前になるが、オーグの村の近くの町に王様の在位なんとか記念で、国王、王妃、さらに三人の王子の肖像画が配られた。
それをまだ存命中の両親と一緒に家族揃って見に行ったことがある。
肖像画には儚げで華奢な金髪碧眼の絶世の美少年が描かれていて、それを見た姉のナージャが「王子様、素敵!」とはしゃいでいた。
「あ、それは第二王子殿下だと思うわ」
「そうなんですか」
「うん、第二王子殿下って確か二十六歳よ。お嬢さんは成人なさってないから、お相手は二十歳の第三王子殿下だと思うわ」
カチュアは一応夫が騎士なので最低限の知識はあるのだ。
「第二王子殿下ってそんな歳なんですか?」
「そうねぇ」
「名前、何でしたっけ」
と問われて、
「ベル……なんとか」
と答える位の最低限ぶりであるが。
王族の肖像画は大きな行事があった時に、十年に一度くらいの割合で配られる。
王様の在位記念で数年前にも配られる予定だったが、病気で生前退位した前国王の喪と重なり、記念の肖像画配布は取りやめたと聞いている。
だから第二王子の絵姿はものすごい美少年のままだが、彼も二十六歳。
どんな男性になっているのだろう。
一般庶民にはお目に掛かる機会がないので分からない。
しかしあれほどの美少年である。
「きっと素敵におなりでしょうね」
とカチュアはほーっとため息をつき、
「ですねー」
と皆同意した。
「…………」
一人沈黙を守るアン以外は。
次に肖像画が配布されるのは、王太子が決まる立太子の礼記念だろう。
王がお元気なせいか、この国にまだ王太子はいない。
こういう場合は年齢順に第一王子、第二王子、第三王子の順で王位に即くことになる。
第一王子は二十八歳で、第二王子は二十六歳。
そろそろ王太子のご指名があってもおかしくないが、既に第一王子は王の政務を手伝われているということなので、きっと彼に決まるのだろう。
そんな話をしていると、コンコンとノックされて、
「はーい。どうぞー」
料理かなと思って声を掛けたのだが、入ってきたのは、ジェシカである。
「アン先輩、カチュア」






