23.素敵な手鏡プレゼント!
本人以外、ステータスボードは鑑定の魔法を使える者や特殊な魔法具でしか見ることは出来ない。
ガンマチームの皆から見れば、突如上から振ってきた変な柄の手鏡を握りしめ、何もないところを見つめて驚くカチュア、だった。
彼らは不思議そうに尋ねた。
「どうしたんですか、カチュアさん」
「あのね、この手鏡……」
モンスターポイントカード100ポイント達成でカチュアがもらった手鏡には一年に一度だけ、会いたい人に会える特殊な魔法が掛かっているそうだ。
「良かったですね」
「これで旦那さんに会えますね」
「うん」
チームの皆はお祝いの言葉を口にするが、カチュアは、あっさり手鏡をオーグに差し出した。
「はい、オーグ君、使って」
先ほどの優柔不断加減とは大違いである。
リックとローラの家は、迷宮都市ロア近くの町で、休日に戻ることが出来る距離だ。
アンは自分のことは話したがらないので、家族のことは分からないが、大人だから自分でなんとかするだろう。
とすれば、今、これを一番必要としているのはオーグなのだ。
オーグは驚いて琥珀色の瞳を丸くする。
「つ、使えませんよ」
とあわてて言った。
「でもお姉さんや故郷のこと、心配でしょう?」
「それはそうですけど……」
オーグは十六歳だ。
両親は既に亡くなっていて、三つ年上のお姉さんが育ててくれたらしい。
二十七歳のカチュアから見れば、十六歳はまだまだ子供で、本当なら大人に守られている年齢だ。
なのに今、オーグは故郷を離れて孤独な生活をしている。
そんなオーグにせめて家族の顔を見せてあげたいとカチュアは思った。
「でもカチュアさん、旦那さんのことはいいんですか?旦那さんと話せるせっかくのチャンスですよ」
固まってしまったオーグの代わりにリックがカチュアに尋ねた。
「そうよ、カチュア。子供達のことも考えなさい」
とアンも言う。
カチュアは皆にほくほく顔で報告した。
「あのね、実は私、目標金額を達成したの!」
カチュアは単身赴任中の夫のアランの元に行くための旅費を貯めていたのだ。
目標金額は100万ゴールド。
「あ、そうなんですか?」
これまで貯めていたお金とジェシカから受けた指名クエストの報酬をあわせるとカチュアの貯金は100万ゴールドを超えた。
「これで夫に会いに行けるわ。だから、いいのよ」
「おめでとうございます」
「ありがとう!息子の学校があるから、すぐは無理なんだけど、近いうちに行ってくるわ。奮発して民間用の転移魔法陣を使おうと思っているの。だから一週間、どこかでお休みもらうと思うー」
久しぶりに夫に会えそうなカチュア、今からウキウキだ。
アランの赴任地である国境はかなり遠く不便な場所なので、寄り合い馬車では往復で一ヶ月以上掛かってしまう。
馬車より早いのが竜車で、もっと早いのが転移魔法陣。
転移魔法陣は早い分、高価で、馬車のなんと十倍。
しかし、移動中の食事や宿代を考えるとトータルでは二倍くらいのお値段ですむ。
予算オーバーだが、臨時収入もあったことだし、と今回カチュアは転移魔法陣で行くことに決めた。
「だから、はい。使って」
カチュアはオーグにもう一度手鏡を差し出した。
「あ、の、えっと、ほっ、本当にいいんですか?」
オーグはつっかえつっかえ、聞く。
「うん、使って」
「あ、ありがとうございます」
オーグは大事そうに包帯に包まれた腕を伸ばし、カチュアから手鏡を受け取った。
***
手鏡はいつでも使用可能だが、向こう側に鏡があると、鏡越しにお互いを見ながら話すことが出来るらしい。
それを聞いて、オーグは言った。
「あの、カチュアさん、この鏡、今、使っていいですか?」
「今?」
「はい、今はお昼休みで姉さんも家に戻っている時間なんで」
オーグの村は大半の人が農業に従事している。
畑仕事からお昼の食事がてら、一度家に戻るのが、今頃の時間だそうだ。
「もちろんいいわよ」
カチュアの許しを得て、オーグは鏡を使った。
「鏡よ、リコリス村のナージャの姿を見せてくれ」
オーグが魔法の手鏡に願うと、鏡面がぐにゃりと歪む。
鏡の中で小さな渦が巻き起こり、それが収まった時、オーグが見たのは故郷リコリス村の自分の家の中だった。
カチュア達もオーグの邪魔をしないようにそっと後ろからのぞき込む。
田舎らしい素朴な家の、居間だろうか、テーブルではオレンジ色の髪をした二十歳くらいの綺麗な女性が一人で食事をしている最中だ。
女性の頭の上に犬系の耳が付いている。
オーグはその女性に夢中で呼びかけた。
「姉さん!」
ナージャは昼食の最中、ふと、弟のオーグの声を聞いた気がした。
周りを見回すが、誰もいない。
「気のせいね」
と食事に戻るが、また、声がする。
「姉さん!」
「?」
「俺だよ、オーグだよ」
「オーグ?」
声は居間に掛けてある鏡から聞こえてきた。
あわてて駆け寄り、鏡をのぞき込むと、そこには包帯で顔をぐるぐる巻きにした少年の姿。
「オーグ!?オーグなの?」
数ヶ月前、あの事件の後、「元の姿に戻る方法を探す」と村から出て行った弟のオーグだ。
「うん、姉さん、会いたかった」
オーグの目には涙がにじんでいる。
姿はあの時から見慣れない狼の顔になってしまったが、優しく穏やかな瞳や声は変わらない。
「私もよ。大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫だよ。今、俺、迷宮都市ロアにいるんだ。仲間も出来て、親切にしてもらっている」
「まあ」
オーグは手鏡を引いて、後ろにいるカチュア達を姉に見せた。
「あ、オーグ君のお姉さんですか?初めまして」
チームを代表して何故かカチュアが姉に挨拶した。
ナージャは「冒険者というとムキムキの男性(半裸)」と思い込んでいたので、女性メンバー多めなチームに驚いた。
特にカチュアは街にいる普通の女性のようで、全然強そうには見えない。
ナージャはカチュアに挨拶されてあわてて頭を下げる。
「初めまして、姉のナージャです。オーグがいつもお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。オーグ君には色々助けてもらっているんですよー」
「良かった!オーグ、元気なのね?」
突然でとても驚いたが、弟の無事な姿に深く安堵するナージャだった。
「うん、姉さんこそ、大丈夫?村の皆は?」
「こっちは大丈夫よ。村もなんとかやっているわ」
リコリス村は村のほぼ全員が狼の獣人に襲われ、人狼と化してしまった。
かなり重症を負った者もいたが、今は皆無事に傷は癒えている。
皮肉にも、人間よりずっと体が丈夫な人狼になったので、助かったのだ。
「そっちはどう?治る方法は見つかりそう?」
姉に問われてオーグはこれまで分かったことを説明する。
「それが……。獣人化を解除する薬があることまでは分かったんだけど、まだ材料が揃ってないんだ」
「そう、分かったわ。あまり無理しないで」
「でも……姉さん、近いうちにロバートさんのご両親に会うんだろう?」
心配そうにオーグはナージャに尋ねた。
「…………」
ナージャの頭の上の狼耳がシュンとたれた。
(誰?ロバートさんて)
こっそり聞きながらドキドキが止まらないカチュアだった。






