16.ミッション三十階!その1
その後は大忙しになった。
「こうしちゃいられないわ。クリフに話してくる!」
ジェシカはあわてて身支度を調え始める。
クリフは昨日会ったジェシカのチームリーダーの男性だ。
ちなみにジェシカ達のチーム名は『飛雪の豹団』。
「あ、いってらっしゃい」
カチュアはのんきに声を掛けたが、ジェシカはくるりと振り返ってカチュアに言った。
「何言ってるの!カチュアのチームにも全員招集掛けて!」
「えっ、今日はチームはお休みよ」
「いいから!二時間後にガルファ道具屋に集合よ!」
そう言うとジェシカは家を飛び出していく。
なんだか訳が分からないが、カチュアもチームの皆に連絡を取ることにした。
ローラは大抵休日は教会で回復魔法のボランティアをしている。
教会に行くと運良くローラがおり、付き添いでリックの姿もあった。
「あ、カチュアさん」
「どうしたの?」
「実は友達からチームの皆に集まって欲しいって言われたの」
とカチュアは二人に伝える。
「じゃあ俺、オーグとアンさんに伝えてきます」
「助かるわ、お願いします」
快く引き受けてくれたリックだが、首をひねった。
「でもなんで俺達招集されるんですかね」
「それが理由は分からないのよ~」
二時間後、ガンマチームはガルファ道具屋に集合した。
ガルファ道具屋は迷宮都市ロアでは最大の売り場面積を誇る巨大店舗だ。
道具はもとより、防具や武器、魔法具等、冒険者に必要なものはここでなんでも揃う。
道具屋の前ではジェシカのチームメイト、クリフが待っていた。
「お待ちしてました。どうぞ」
と彼は道具屋の中にカチュア達を案内する。
巨大な店舗なので、ガルファ道具屋にはエレベーターがついている。
そのエレベーターが止まったのはなんと最上階だった。
「ここってまさか、VIPフロア?」
「みたい」
Bランク以上の上顧客しか通されないという冒険者憧れのVIPフロアだ。
赤の絨毯が敷かれた廊下を通り、カチュア達はある部屋に通された。
「冒険者用の試着室です」
中は、ダンスでも踊れそうな大きな部屋になっていた。
真ん中が空いていて、壁には大きな鏡が何枚も掛かっている。
高級感漂う雰囲気の部屋だ。
カチュアは「高級ドレスショップの試着室ってこういう感じかしら」と思った。
もちろん行ったことはない。
ずらりと置かれたマネキンが着ているのは、冒険者用の防具で、反対側のテーブルには様々な武器が置かれていた。
「カチュア、待っていたわ」
部屋にはジェシカがいた。
「ジェシカ、皆を連れてきたわよ」
言われた通りにしたが、場違い感半端ない。
カチュアはちょっと小声でジェシカに声を掛けた。
「ありがとう、カチュア。初めまして、ガンマチームの皆。私は『飛雪の豹団』のジェシカ。カチュアの友人よ。こっちはうちのチームリーダーのクリフ」
ジェシカはカチュア達、ガンマチームに向かってそう挨拶する。
隣のクリフも「よろしく」と会釈した。
カチュアの友達と聞くと、アンをのぞいて緊張していたメンバーの緊張が少しだけほぐれる。
「カチュアさんの友達ですか」
「こんにちは」
「………ちわ」
と一同も挨拶を返した。
そんなガンマチームにジェシカはとんでもない要求を突きつけた。
「早速なんだけど、皆には一週間以内。出来れば三日でダンジョンの三十階に行って欲しいの」
***
「えっ、三十階!?」
「さんじ……」
リック達はどよめいた。
「無理」
とローラが言うのも無理はない。
カチュア達はようやく二十五階に到達したところなのだ。
「無理はもちろん承知。でも聞いて!今日からレアウィークが始まったの」
「ああ、そういうことなのね」
それを聞いてアンは即座に理解したようだ。
ジェシカはそんなアンに頷く。
「はい、先輩。この機会、逃すわけにはいきません」
「あの、どういうことですか?」
話が読めないリックがアンに尋ねる。
「彼らもレアレア茸(切り身)を探しているのよ」
「えっ、そうなんですか」
「レアレア茸を……」
オーグはしみじみと呟いた。
「レアレア茸は三十階にいるきのこ型のモンスターよ。でも出現率が低すぎてうちのチームではドロップさせられなかったの。だからガンマチームさん、お願いします。私達と一緒に三十階まで行ってください」
ジェシカはそう言ってガンマチームに頭を下げた。
ジェシカのとんでもない申し出にガンマチームはあわあわした。
「ですが、ジェシカさん、ですか?うちのチームはまだ二十五階までしか到達出来てませんよ。一週間で五階進むのはさすがに無理です」
リックが言うのはもっともなのだ。
「それは心配しないでください。私とクリフが、皆さんを三十階までご案内します」
ジェシカの話によるとすでに三十階まで到達しているジェシカ達は転移魔法で三十階に行けるのだそうだ。
それにしても常識破りと言ってもいい話だ。
依頼されて非戦闘員の学者などを護衛しダンジョンの上層階に連れて行くクエストもあるが、その場合は護衛する冒険者の方が数が多いのがセオリーだ。
対するガンマチームは五人、護衛役になるのはジェシカとクリフだけ……。
「ジェシカ、アンタのチーム、まさか二人ってことはないでしょう。全員で行かないのはどうして?」
とアンが聞く。
「万が一ですが」
とジェシカは前置きして言った。
スキル【主婦】はジェシカも初めて聞くスキルでよく分からないことが多すぎるのだ。
「レアウィークの発動条件にカチュアに同行する『人数』があれば、大勢で行くと発動しない可能性が出てきます。それとカチュアの秘密を守るためです」
ジェシカはチームメンバーを信用しているが、ガルファ氏に雇われている以上、チームには報告の義務がある。
友達として、カチュアのスキルの秘密をなるべく知られたくないジェシカだった。
「可能な限り安全な方法でご案内します。ですが、皆さんはまだ三十階に挑戦出来るレベルに達していない。今回は危険なミッションになるでしょう」
推奨レベル以上の階に向かうのは命がけの行為だ。
何が起こるか分からない。
「それでも、引き受けて頂きたいんです。どうかお願いします」
とジェシカとクリフは頭を下げる。
「……どうする?」
とアンがメンバーに聞く。
「どうするって言われても、急ですね」
「あのもしかして、昨日の呼び出しってこの人達ですか?」
オーグがそう質問し、アンは頭を掻いた。
「ごめん、ごめん、その話はまだしてなかったね。その通り、彼らが指名クエストの依頼人の代理人だ。アンタ達に相談せずに決めて悪かったけど、彼らの依頼、『レアレア茸の採取』を引き受けたんだ。アタシらならこなせそうだったからね。ただし――」
アンは真剣な表情で、全員の顔を順繰りに見回す。
「三十階は今のアタシらの実力以上の場所だ。そんな危険な場所に行くことは約束していない。だから断ることも出来る」
リックとローラは少し考えてから言った。
「……でもカチュアさんのチラシのレアウィークが始まったなら、確かに今がレアレア茸にエンカウント出来るチャンスですよね」
「うん、チャンス」
「もしレアレア茸(切り身)が複数手に入れられたら、うちのチームにも一つもらうっていうのはありなんですか?」
基本的にアイテム採取依頼は一回の探索で得られたアイテムを全て渡す条件になっている。
しかしもし、レアレア茸(切り身)を一つわけてもらえるなら、最上級状態異常解除ポーション作成に一歩近づくことになる。
ガンマチームにとっても悪い話ではない。
「こちらとしてはすべて買い取りたいが、要望があるなら受け入れる。こちらは一つだけでも構わない」
とクリフは約束した。
「あの、彼らはレアレア茸を探しているんですか」
オーグの問いかけに、カチュア達ではなく、ジェシカが答えた。
「そうよ」
「どうしてですか?」
オーグの問いにジェシカは首を横に振る。
「ごめんなさい。理由は言えないわ。でも」
ジェシカは顔を上げて、オーグを見つめる。
「どうしてもそれを必要としている人がいるの。それも、出来るだけ早く、手に入れないといけないの」






