15.指名クエストその3
食事会が終わり、
「本日はありがとうございました。当店自慢の一品です。お持ち帰りください」
とお土産にお店のプリンまでもらった。
至れり尽くせりの接待ぶりだ。
「カチュア、私も一緒に帰るわ」
「あら、いいの?」
「うん、元々そのつもりだったの」
カチュアはジェシカと二人で官舎に帰ることにした。
ナンシー宅に着いた頃には、すっかり夜になっていた。
もうエドもバーバラも眠ってしまったというので、ナンシーのお宅に泊めてもらうことにして、カチュア達はお土産のプリンだけ置いて自宅に戻る。
「色々話したいことはあるんたけど」
とジェシカが言い、カチュアも頷いた。
「うん、私も」
「でもなんか疲れたから、明日にして寝ましょうか?」
「そうね、夜更かしはお肌の大敵だしね」
「じゃ、お風呂入って寝ましょう」
と二人はそのまま寝ることにした。
そして翌朝。
カチュアは起床し、まずエドとバーバラをナンシー宅に迎えに行く。
家で「おかえりー」とジェシカに迎えられた二人はおおはしゃぎだった。
「あっ、ジェシカちゃん」
「ジェシカちゃん、いるー」
それからは大忙しだ。
朝からテンション爆発の二人に朝食を食べさせて、エドは学校に送り出し、バーバラは保育園に連れて行く。
保育園から帰ったカチュアをジェシカは朝食で使った食器を洗いながら、「お疲れー」と少し眠そうな顔で迎えてくれた。
「ありがとう、でもジェシカは私に付き合わなくても良かったのに」
「ううん、このくらい。でも主婦って朝から大変ね」
「まあ慣れよ、慣れ」
カチュアは家の各部屋から洗濯物を回収し、洗濯機の側に持って行く。
田舎ではまだタライで洗濯するのが主流だが、迷宮都市ロアでは魔法式の洗濯機が普及し始めていた。
官舎はちょっと古めのタイプだが、洗濯機が一家に一台設置されているので、助かっている。
洗濯機は便利だが、しつこい汚れはちゃんと予洗いしないと落ちないから、ゴシゴシと石けんをこすりつけていると、「手伝うわ」とジェシカも手伝ってくれた。
「ね、ジェシカ、聞いていい?」
カチュアは作業をしながら、ジェシカに尋ねた。
「うん、何?」
「ジェシカとアンはどういうお知り合いなの?」
「先輩は、私の恩人なの。私がまだ右も左も分からない新人だった時に拾い上げてくれて、鍛えてくれた。そういう人」
「そうだったんだ」
「うん、本当、足向けて寝られないわ。アンネリア先輩とベルンハルトでん……」
「でん?」
「で、でんでん虫! そう、でんでん虫ってあだ名なの! ベルンハルトでん……でんでん虫は」
「ベルンハルトなんてかっこよさげな名前なのに?」
「うん、でんでん虫」
ジェシカはコホンと咳払いして言った。
「話戻すけど、先輩達は私の恩人よ」
「じゃあもしかして十年くらい前に言ってたすごい先輩ってアンとでんでん虫さんのこと?」
ジェシカは魔法学校を卒業してすぐの十代の頃、騙されてブラックなチームに所属してしまったことがある。
しばらくこき使われていたが、ある時ダンジョン内で魔力を使い果たしたジェシカは「使えない」となんとチームメイトに置き去りにされた。
絶体絶命のジェシカを助けてくれたのが、アン達だったらしい。
「うん、そう! その人達」
「そっか、世間は狭いわね」
そして、やっぱりアンは。
「アンは元凄腕の冒険者さんだったんだ」
実は新たに冒険者登録をし、Fランクから始める冒険者は少数だがいる。
長くブランクがあったり、職業を変えた人、理由はそれぞれだが、ランクの恩恵を捨てても、最初からやり直したい人々だ。
ただそういう人は、それまでいた場所を離れ、新天地で登録し直す人がほとんどだ。
何故なら……。
「アンはこのロアで活躍していた凄腕さんでしょう? どうしてバレないのかしら?」
アンがかつての凄腕チームなら顔見知りもいるでしょうに、とカチュアは疑問に思う。
「ああ、先輩達はあの頃、人前に出る時は変装してたから」
ジェシカはあっさり答えてくれた。
「そうなんだ」
「うん、特にアンネリア先輩はちょっと太……ううん、容姿も変わったし」
「意外と気づかれないものなのね」
洗濯の後は、作り置きのおかずの作成である。
今日作るのは、皆大好きミートボールと、千切りしたにんじんをオリーブオイルやレモンで味付けしたにんじんのサラダ、鶏もも肉に野菜をまいたチキンロール。
迷宮都市ロアは冒険者の町だ。
保存食や携帯食の技術が進んでいて、日持ちがするパンやお菓子はもちろんのこと、肉や野菜、魚の酢漬けやオイル漬け。数種類のハーブ、塩やコショウがブレンドされた「これ一本で味が決まる」と評判の万能調味料など。
冒険者のみならず、一般の主婦も時短アイテムとして愛用している。
チキンロールの味付けはこの『万能調味料子供用』を使った。
お子様向けに食塩を大幅カット、代わりにダシを効かせた体に優しい商品である。
カチュアとジェシカはキッチンでおかずを作りながらおしゃべりを続けた。
「色々事情があって、二人は冒険者をやめなきゃいけなくなったんだ。だから再会出来てすごく嬉しい」
「うん、すごい偶然ね。私達も出来るだけ協力するからね」
「ありがとう。それは嬉しいけど無理だけはしないで。エド達のためにも」
「ありがとう」
「ここだけの話だけど」
とジェシカはカチュアに顔を近づける。
「ガンマチーム以外にも他の、幸運値が高い道化師とか商人とか賭博師のチームに依頼しているの」
「そんなチームもあるのね」
「狙った獲物は逃がさないお宝ハンターチームよ。彼らが先にクエストを達成するかもしれない。だから本当に無理しないでね」
「そうなんだ。いろんなチームが動いてるのね」
「うん、詳しくは言えないけど、上層階で必要な材料もあって、それはAランクチームが動いているわ」
「ふーん」
「でもそのチームもまだアイテムを手に入れられていないって」
「そうなの」
「聞いている話だと、かなり苦戦しているみたい」
そんな話の後、ジェシカは思い切ってカチュアに質問する。
「あのさ、私も聞いていい? ガンマチームの引きの良さってやっぱりカチュアのあのスキルと関係あるの?」
「うん、あるわ」
「やっぱりそうなんだ。……上には報告しないから安心して」
「ありがとう。スキル【主婦】は名前はアレなんだけど、支援スキルとしてはちょっとイイみたい。あんまりよその人に知られると良くないから秘密にすることにしているの。だから言わないでくれると助かるわ」
「『ちょっと』じゃないわよ」
とジェシカは呆れ顔だ。
「誰にも言わないから、どうするつもりか聞いていい?」
「まだ分かんないけど、ジェシカも知ってるでしょう。週一回貰えるチラシにレアウィークっていうのがあって」
「そんなのあるの?」
「そう、その週の間はずっとレア種がよく出現するのよ」
「面白ーい」
ケラケラとジェシカは笑った。
「ちょっとあり得ないくらいお得」
「笑い事じゃないわよ。この前はレアウィークでクイーンヒエヒエ鉄蟻を引いちゃって大変だったの」
「そっか。でもレアウィークってやつが来たらレアレア茸狙えるね」
「うん。でもね、アンとも話したんだけど、チラシで教えてもらうだけだから、レアウィークがいつ来るかは私にも分からないの」
「チラシ頼みかぁ」
「うん、来たら教えるからね」
「ありがとう。早いと嬉しいわ」
「そうね、ジェシカ達も大変ね」
……などと話していると、カチュアの目の前に一枚の紙がひらひらと舞い落ちる。
「あら?」
噂をすれば、ダンジョンチラシである。
それを見て、カチュアは当惑し、思わず声を上げた。
「えっ、どうしよう」
「どうしたの?」
「今週、レアウィークですって」






