13.指名クエストその1
「えっ!」
冒険者ギルドの一階にはクエストコーナーがあり、そこには冒険者に頼みたい依頼書が所狭しと張られている。
冒険者達はその依頼書から、クエストを選び、請け負う。
指名クエストというのは、その名の通り、チームを指定してのクエストだ。
指名クエストはクエストコーナーに張り出されず、受付嬢から直接チームに伝えられる。
何度か取引をして顔見知りになると「またお願いね」的に繋がるなど、指名クエストは決して珍しいことではないのだが、カチュア達が驚いたのは冒険者ギルドが依頼の仲介に入ったことだった。
クエストは依頼人と請負人の間での取引であり、冒険者ギルドはその場を提供するだけで、中立の立場である。
もちろん当事者同士で解決出来ない大きなトラブルになれば冒険者ギルドが介入することもあるのだが、あくまでそれは事後のことで、請け負うか請け負わないかはそのチームが決めることだ。
クエストはその性質上、危険が付きものであるため、判断はチームに一任されている。
中立性を保つ意味でも、冒険者ギルドが「請け負ってほしい」とお願いすることは滅多にない。
だが「滅多に」というのはたまにはあるということで。
「で、どんな依頼なの?」
アンが尋ねると、課長は決まり悪そうに咳払いをした。
「依頼人の名前も依頼内容も明かすことは出来ません。とにかく一度先方の代理人に会って頂けませんか?」
というめちゃくちゃうさんくさいものだった。
「内容はともかく、依頼人の名前も教えて貰えないんですか?」
とリックも驚いている。
指名クエストはチームに個別に依頼されるクエストだ。それなのに依頼人の名前すら明かせないというのは、相当……。
ローラが眉をひそめて言った。
「……その依頼、怪しいと思う」
「うん、怪しい」
「止めときたい」
と皆も同意した。
「じゃあ、そういうわけで断……」
メンバーを代表して断ろうとしたアンの声を、課長はあわてて押しとどめる。
「ごもっとも! ごもっともですが、依頼人は怪しいお方ではありません。ただ事情があり、お名前は明かせないのです。どうか! 一度だけ代理人に会って頂けませんか?」
クエスト課の課長はそう言ってテーブルに額が付きそうな勢いで頭を下げる。
ひらにー、ひらにー。
という感じだし、隣で立っている受付嬢の目も心配そうにうるうるしている。
クエスト課の課長は偉すぎて特にお世話になったことはないが、受付嬢にはいつもお世話になっている。
「……一回だけなら」
二人の必死な様子に、カチュア達は思わず了承してしまった。
***
その後、課長を通じて依頼人の代理人という人物と会うことになった。
指定された場所は迷宮都市ロアの中でも中心部から少し離れた静かなエリアで、ちょっとお高い隠れ家的なレストランだった。
カチュアとアンは指定された時間にレストランに入る。
「こちらにどうぞ」
二人はレストランのフロントにいた初老の男性に、中へと案内される。
代理人に会えるのは、二名だけ。
そうなると年長者であるアンとカチュアが適任だろうと二人が選ばれたのだ。
指定されたのは、ちょうど夕食時だった。
カチュアは官舎のママ友ナンシーに子供達を預けてきたので遅くなっても安心だ。
フロント係の男性はレストラン内を通るのではなく、横にある小さな通路を使い、カチュア達を個室に連れて行く。
他の客に会わないようにという、配慮だろう。
コンコンとドアを叩き、中に向かって声を掛ける。
「お客様をご案内しました」
「入って」
中から凜とした女性の声が帰ってくる。
その声を聞いて、カチュアは「あれ?」と思った。
この声、どこかで聞いたことあるような……?
考えている間に、フロント係は「失礼致します」とドアを開け、カチュア達も個室に入る。
入った先にいたのは。
「えっ、ジェシカ?」
「カチュア、なんでここに? それに、アンネリア先輩!」
驚いた様子で椅子から立ち上がったその女性は、カチュアの家の下宿人、冒険者ジェシカだったのだ。
***
「なんでカチュアがアンネリア先輩と一緒なの?」
ジェシカは興奮して大きな声を上げた。
「おいおい、静かにしろって」
と隣の男性にたしなめられたくらいだ。
年はジェシカと同じくらい。冒険者らしいがっしりした体つきの男性である。ジェシカのチームメイトなのだろう。
その男性は、カチュア達に向かって、頭を下げ丁重に声を掛ける。
「お越しいただきありがとうございます。どうぞ、おかけください」
「どうも」
「そうさせてもらうよ」
「あの、カチュア、アンネリア先輩」
ジェシカが何か言いかけるのを制止して、アンは男性をにらみつけながら言った。
「まずはアンタらの雇い主の名前を聞かせてくれ。話はそれからだよ」
「それは……」
話して良いと言われてないのだろう。男性はたじろいだ様子だ。
「……ルパート・ガルファ氏よ」
代わりに答えたのは、ジェシカだった。
「おい、ジェシカ!」
あわてて男性がジェシカをたしなめる。
「いいの、彼女達は信頼出来る。こっちの事情を誰かに漏らしたりしないわ」
「ルパート・ガルファ……この迷宮都市の大富豪って人だね」
ルパート・ガルファは迷宮都市ロアの住人なら、知らない人はいないというくらいの豪商だ。
ガルファ商会のオーナーで、この迷宮都市ロアでありとあらゆる業種の店を経営している。
大きな道具屋や武器屋や魔法屋も営んでいるので、冒険者ギルドにももちろん顔が利く。
「私達はガルファ氏に雇われた専属の冒険者チームなの」
専属というのは、他の人のクエストは受けないチームのことだ。
「ジェシカ、アンタ達、チームランクは?」
「Bです」
「そうなんだ、すごい」
長年の友達だが、カチュアが冒険者に縁がなかったので、ジェシカの所属するチームのランクなど、詳しいことは聞いたことがなかったのだ。
「そんなアンタらがCランクのアタシらに何の用なの?」
「それは……」
「とにかく食事にしませんか? こちらのおごりですから、遠慮なく頼んでください」
と男性は言った。
「あっそ。じゃあ、アタシ、最上級霜降りモーモの肉のコース、大盛りで」
「……本当、遠慮ないですね、先輩」






