03.デイリーミッション、発動!
ダンジョンから出たカチュアはまっすぐ道具屋に向かった。
冒険者パーティに「売れる物は全部売っておいて」と頼まれていたからだ。
冒険者ギルドと提携の道具屋は高く買ってくれることはないが、安く買いたたかれることもない。
ニコニコ安心のショップでアイテムを買い取ってもらい、受け取ったお金は冒険者ギルドにある指定口座に預ける。
幸い、預かっていたアイテムはすべて売ることが出来た。
アイテムの処理を終えて、支給されたポーター装備をギルドに返却すればポーターの日給を受け取れる。
これで今日の仕事は終わりである。
「お疲れ様でーす」
カチュアは冒険者ギルドを出ると急いで街の市場に行く。
「えーと、今日のメニューは豚肉にしようかな。でも野菜も食べて欲しいから……」
手早くお買い物を済ませ、次は向かうのはギルド提携の保育園。娘のバーバラのお迎えだ。
これもポーター職誘致の一環で、カチュアは冒険者ギルドが経営する保育園に子供を預けている。
娘のバーバラは三歳。
お兄ちゃんがいるせいか、かなり活発な子供なので、カチュアと家に閉じこもりきりよりは保育園に通う今の方が楽しそうだ。
「ママぁ」
いつもよりお迎えの時間がちょこっと遅れてしまったせいで、迎えに来たカチュアを見るとバーバラは駆け寄ってしがみついた。
「おそいよ!」
「ごめんねぇ、帰ろう?あ、飴食べる?」
「うん」
騎士団の官舎の前まで来ると、
「遅いよ」
と息子のエドが仁王立ちで待っている。
鍵はエドも持っているが、しっかり者だが案外繊細なところがあるエドはカチュアとバーバラが来るまで中に入らず家の前で待っているのだ。
「ごめんね、お待たせ。おうち入ろうか。あ、エド、飴食べる?」
「うん、食べる」
「バーバラも」
「バーバラはさっき食べたでしょう。夕食が入らなくなっちゃうから駄目よ」
三人一緒に家に戻る。
夕食が出来るまで、エドは居間で勉強。兄のことが好きなバーバラはその横で大人しく本を読んでいる。
居間といっても小さな官舎だ。キッチンダイニングと続いていて、食事の支度をしながら顔を上げてちょいちょい様子を見られる距離だった。
夕食を作って三人でご飯を食べる。
今日のメニューは野菜のサラダに、野菜の豚肉巻きハニーマスタードソース、付け合わせはマッシュルームとジャガイモの炒め物。それから豆のスープとパンだ。
一汁三菜。
ここ、迷宮都市ロアではまあまあバランスのとれた平均的な庶民の献立である。
夕食の後は、まずエドが一人でお風呂に入り、カチュアはバーバラと一緒に入る。
そして就寝。
夫のアランがいない今は家族三人、夫婦の部屋だったベッドで寝ている。
今は八歳のエドがもう少し大人になったら一人部屋で寝ることになるだろうが、アランが赴任してから二人の子供も少し不安定だ。
「ふう」
カチュアは二人の子供の寝顔を見ながら、小さくため息をついた。
今日一日、無事に過ごせた安堵のため息だ。
「お休みなさい、あなた」
と遠くで暮らすアランを思いながら、カチュアは眠りついた。
***
翌朝、カチュアは家で家事にいそしんでいた。
朝食後、エドを初級学校に送り出し、バーバラは冒険者ギルドの保育園に送り届ける。
騎士の家族は騎士学校の下部組織の保育園に三歳から子供を預けることが出来るのだが、そこは男児のみという条件がある。
女児は教会で刺繍や文字の勉強をさせてもらえるが、バーバラは外遊びが好きな子なので、カチュアは「あんまりバーバラには向いてないな」と思っていた。
冒険者ギルドの保育園に入れて本当に良かった。
冒険者ギルド運営の保育園は男女どちらも入園出来る保育園なので、バーバラものびのび遊べる。
昨日の洗濯物の他に家中のシーツやタオルケットも洗濯し、掃除をして、昼食作りがてら日持ちがする副菜を作る。
「ふふーんふーん」
鼻歌歌いながら、主婦のルーティンをこなすカチュアの眼前に突然、あのステータスボードが出現した!
「えっ、何!?」
『コングラチュレーション!
本日のデイリーミッションをクリアしました! おめでとうございます!』
「えっ、私、何かクリアした?」
カチュアは首をかしげた。
特別なことは何もしてないし、そもそも今日はダンジョンに入ってないのに。
そんな疑問だらけのカチュアをよそにステータスボードの記述は続く。
『デイリーミッション:
その一、掃除、洗濯、料理のうち、いずれか二つをこなす。
その二、「おはよう」「いただきます」「こんにちは」「ごちそうさま」のうち、いずれか一つを口に出して言う。※挨拶は人生の基本です。
その三、ゴミ出し、家の前の掃除、庭木の手入れのうち、いずれか一つを行う。※街の美化に努めましょう。』
デイリーミッションの全てに『済』のマークが付いている。
『デイリーミッションクリア!
クリアボーナスとして報酬「乳酸菌飲料」を差し上げます!』
ステータスボードにそんなメッセージが表示された瞬間、カチュアの頭上からポトッと何かが落ちてきた。
「きゃっ」
カチュアはあわててそれを受け止める。
「あらぁ」
乳酸菌飲料である。
街の市場で一個100ゴールドで売ってて、特売だと70ゴールドぐらいのアレ。
メッセージはさらに続く。
『デイリーミッション初回クリア特別ボーナス!
冒険にも家事にも役に立つアイテムを特別にプレゼント!』
「えっ」
何かしら?
と思う間もなく、目の前がピカーッと光る。
おそるおそる目を開けたカチュアがキッチンテーブルの上で見つけたものとは。
「えっ、お玉とお鍋のふた?」
「…………」
何度見てもそれはお玉とお鍋のふたであった。
「確かに新しいお玉とお鍋のふたは欲しいなと思っていたわ……」
そう思いながらもガッカリ感が拭えないカチュアだった。
なんか疲れたのでデイリーミッションクリアでもらった乳酸菌飲料をぐびくびっと飲む。
幾分か気持ちが落ち着いたところで、カチュアはまだステータスボードにメッセージが書かれているのに気づいた。
『スキル【主婦/主夫】専用装備お玉:
軽くて扱いやすいお玉。』
そこまでは「ふーん」て感じ。
だが、その後の説明文には、
『使用者の心に正義がある限り、決して折れることはないお玉』
……と書かれていた。
「えっ、なんか重いんですけど」
軽量なのに。
『スキル【主婦/主夫】専用装備お鍋のふた:
軽くて扱いやすいお鍋のふた。
使用者の心に愛がある限り、決して砕けることがないお鍋のふた』
「……よく分からないけど、スゴイものもらっちゃったわ」
カチュアは武器と防具を手に入れた!