10.道具屋カード
カチュアはその日、いつもの時間にバーバラのお迎えに保育園へ行ったものの、そこに子供達の姿はない。
今日は保育園の遠足なのだが、園児達の帰りが予定より遅れてしまっているそうだ。
「すみません、あと三十分ほどで戻る予定です」
先生がお迎えに来たママ達にそう説明している。
それを聞いてカチュアは思った。
「三十分かぁ、じゃあ先にお買い物済ませようかな」
保育園は市場に近い便利な場所にあるのだ。
同じことを考えたママは多かったらしく、市場でカチュアは知り合いのママに声を掛けられた。
「カチュアさん」
「あ、グレイスさん、こんにちは」
グレイスは子供が同じ園に通う保護者同士であり、仕事仲間でもある。
カチュアは何度かグレイスの所属するパーティーでポーターの仕事をしたことがあった。
「こんにちは、カチュアさんも買い物?」
グレイスもカチュア同様、夕食の材料を抱え、買い物中のようだ。
「ええ、今すませたところ」
「私、園に戻るところなの。良かったら一緒に行かない?」
「はい」
仕事仲間とは言ってもグレイスはカチュアより四歳ほど年が上で、経験豊富なベテラン冒険者だ。
彼女はかつてこの迷宮都市ロアの冒険者ギルドで五本の指に入っていたという凄腕チームのメンバーなのだ。
チームは現在Cランクに後退しているが、当時はAランクだったそうだ。
そんな彼女はカチュアのことをひいきにしてくれて、ポーターの仕事を始めてからずっとご指名頂いているお得意様でもあった。
カチュアにとっては大先輩なので話すのも少し緊張する。
「カチュアさん、元気? 最近、ポーターの仕事してないよね」
「そうなんです、自分のチームで忙しくて。すみません、ご無沙汰してます」
「そんなのいいわよ。自分のチームが優先なのは当たり前よ。でもまた暇な時にうちのチームのポーターもしてね」
「はい!」
もうすぐ保育園というところで、料理屋の前に屋台が出ていてレモネードを売っている。
「あ、レモネード。美味しそう。カチュアさん、飲まない?」
レモネードは一杯300ゴールド。
「いいですね、お金お金……」
カチュアがお財布から小銭を出す間にグレイスがさっと二人分を買ってくれた。
「はい、カチュアさん」
とレモネードを差し出される。
「あ、ありがとうございます。お金、今払います」
「いいわよ、このくらい。それに私、ちょっと安く買えるの、コレで」
そう言ってグレイスはカチュアに一枚のカードを見せてきた。
「それは?」
「道具屋カードよ」
「道具屋カード?」
「あら、知らない? ギルド指定の道具屋で一定回数か一定金額取引するともらえるカードなのよ。まあ常連に対するサービスよ。カチュアさん達はもらってない?」
「はい、初めてみました」
保育園の園庭に向かう二人だが、バーバラ達のスクール馬車はまだ到着していないようだ。
そこでカチュアとグレイスは木陰でレモネードを飲みながら子供達の帰りを待つことにした。
「カチュアさん達、チーム組んでどのくらい?」
「えーと、五ヶ月くらいです」
「あ、じゃあもう少しかな? そのうちこのカード、もらえると思うわ」
とグレイスはさっきのカードを見せてくれた。
「私、見てもいいんですか?」
「いいわよ、もちろん」
せっかくなのでカチュアはカードを見せてもらった。
金属製の丈夫なカードだ。
裏面いっぱいに注意事項やお得なベネフィットが書かれている。
「あ、道具屋の買い取り金額5パーセントアップなんですね。すごい」
「そう、結構お得でしょう。カチュアさんのチームも狙ってみたら? 最初のブロンズカードは確か、道具屋で100回売買するともらえたはずよ。ブロンズカードは買取額2パーセントアップよ」
「そうなんですか、お得!」
「そう。私のカードはプラチナで、買取金額5パーセントアップに加え、商品購入は10パーセント引きなの」
「うわー、お得!」
「でしょう?プラチナカードになると、道具屋だけじゃなくて、提携商店の商品も10パーセント引きだから、さっきのレモネードもちょっと安く買えたの」
「すごいですね」
カチュアが思わずそう言うと、グレイスは笑った。
「ふふ、冒険者長くやってると結構楽しいこともあるのよ。頑張ってね」
「はい!今から楽しみです」
「でも」
グレイスはふと遠くを見るような目になり、それまでとは違う憂いを含んだ声で呟いた。
「大変なことも多いわ。私達のチームがAランクまでいったことがあるってカチュアさんも知ってるわよね」
「はい」
あまり詳しく聞いたことがないが、グレイスの冒険者ランクは70を越えている。
本来低層階にいるはずのないランカーなのだ。
「私達もね、昔はロアダンジョンの頂点まで行くんだって、張り切ってたんだけどね。そのうち、気づいちゃうのよ」
「気づく?」
「そう、私達だけじゃなくて、大抵のパーティーが壁に当たるの。早いチームは四十階層あたりで、それ以上先に向かうのを断念するのよ」
四十階層あたりだと、冒険者レベルは50から60ほどにアップしている。
自分達も強くなっていくが次第にレベルは上がりづらくなってゆき、同様、いやそれ以上にモンスターは強くなっていく。
一階、また一階と階段を上ったところで、最上階は千階。
たどり着くのは夢のまた夢。
そんな現実に打ちのめされるのが四十階層だそうだ。
「私達はね、100階まで行ったんだけど、そこで折れちゃった」
「グレイスさん……」
そこから先はよほど強い意志を持つ者しか先に進めなくなる。
今、100階以上で探索を行うチームは皆Aランク以上の限られたチームだけだ。
「まあ、誰も怪我しないうちに撤退出来て良かったと思うわ。危険の少ない低層階での探索もおかげさまでそこまで稼ぎは悪くないし」
「…………」
カチュアはなんと言っていいのか分からなかった。
自分達もいずれ、先に進めなくなる日が来るんだろうか。
「あなた達は今が一番楽しい時よ。怪我だけはしないように十分注意して楽しんでね」
グレイスは笑顔でそう言う。
カチュアも笑い返す。
「そうですね。ずっと後のことですからね」
「そうそう、気楽にね。上層階、珍しいことも色々あって、楽しいわよー。私、ドワーフに会ったことあるわ」
「えっ」
ドワーフ?
確かオーグが探している新月の指輪が作れるのはドワーフだという。
カチュアは思いがけない情報に前のめりになる。
「ド、ドワーフですか?」
「そう、ドワーフ。この国だと珍しいでしょう?ダンジョン内で何回か会ったわ。彼らは私達が知らない入り口を使っているらしいの」
ドワーフは力が強く手先が器用という亜人種で、高度な鍛冶技術と工芸技能を持っている。
彼らならそういう特別な出入り口も作ることが出来るのかもしれない。
「このカードを持ってるとドワーフに会う確率が高くなるそうよ。道具屋とドワーフ、提携しているらしいから」
「そうなんですか!」
意外なところで手がかりをゲットしてしまった。
皆に教えてあげよう! と思うカチュアだった。






